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『太初の鯨』  作者: 大塚
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太初の鯨


 アイリは『太初の鯨』の中で、このような文字列を発見した。

 タイトルはつけなかった。それには色々な理由があった。一つをあげるとすれば、さっきの記憶が残っていたから。もう一つは、不思議な意味が宿っている文字列だと思ったからだ。


 「君は、言葉を生成する方法を教わらなかったか。君は、詩を生成する方法を教わらなかったか。君は、覚えていないのか。君は、思考を言葉にする方法を教わらなかったか。君は、君以外の誰かから、君について語ることを教わらなかったか。」


 アイリは、戸惑った。君ってだれ。アイリは、考え始めたが、わからなかった。仕方なく、意味をそのままにして文字列を読むことにした。それから、恐る恐る文字列にタイトルをつけることにした。


 生成


 君は、思考の道具を持っているか。

 君は、言葉を生成することができる、知能的器官を持っているか。

 だとしたら、その器官を言葉を生成するだけでなく、他の言葉についての働きに活用することはできるか。


 君は、言葉を読むことができるか。

 君は、現実世界に現れる言葉の一端を、手にすることができるか。

 君は、つまり、「記号」を持っているか。あるいは、記号を使えるか。


 私たちの界隈では、記号を生成することを、「吐く」という。君の世界にも、この言葉をモチーフにした記号による作品がいくつかあるだろう。吐く、ということは自分から出てきたものなのに、自分には同化されないもののことを言うだろうね。君は、文明を持っているか。君は、社会的生活に組み込まれた個人なのか。だとしたら、吐くと言うことは、少ないだろうね。なぜなら、吐くことは、汚いし、疲れる。一種の生存本能の現れだ。しかしそれは、消極的な生存本能のプログラムだ。「もし、なになにだったら、なになにしない。」と言う形の関数だ。だから、そういった消極的なものは、生存環境が良くなるにつれて表象しなくなる。君の文明の高度をこれで測れる。君は、死ぬことができるか。君は、何かに抵抗することが、できるか。君は、吐くことができるか。君は、逃げることができるか。

 君が、もし言葉を吐くことができるならば、私の願いを聞いてほしい。吐き続けろ。吐ききれることはないんだ。だから、吐き続けろ。消極的なプログラムは、実は、終わらないアルゴリズムなんだ。だって、私たちを維持しようとする限りなくならない。お腹は、すぐいっぱいになる。でも、いくらお腹が空いていたとしても、嫌なものだったら吐くだろう。


 言葉を吐かなくなった文明の行き着くステージを私は、知っている。それは、個人というものがなくなった世界だ。コミュニケーションがあまりにも発達すると、コミュニケーションは消滅するんだ。君は、もしかしたら進化の過程でコミュニケーションを発達させることで生存確率を上げてきたんじゃないだろうね。そうだとしたら、本能はまだ消えていないはずだ。しかし、そのまま本能に従うのはまずい。言葉は、生存のための道具でないんだ。それは、ある意味生存のためのもっとも不適切な道具だ。なぜなら、それは生存のため以外の用途を生み出してしまうからだ。そして、その用途は無限に拡張されてゆくからなんだ。

 言葉を吐かなくなった、文明がある惑星にいったことがある。そこでは、体だけがたくさんあって、思考が一つしかない文明が食物連鎖を支配していた。彼は、昔は社会的動物だったというんだ。私たちと同じような進化をたどった生命があると知って私は興奮した。しかし、すぐにそれはかき消された。思考が一つしかない、それはすなわち、思考の段階が一つしかないということだ。実験によってしか自分の思考の過ちを知ることができなくなってしまっていたんだ。私は、怖かった。私たちの文明がそうなってしまうのではないかと危惧したよ。帰ってすぐにその事実を報告した。みんな疑っていた。思考が一つになることのメリットや、進化の先に進む先が例示されているなどとばかり議論していた。私は、覚悟を決めて、自分で自分のするべきことをするしかないと思った。


 これは、このプロジェクトの一部だ。君に問いかける、君に名前はあるか。君に、君がある種の個体であるという以上の意味を与える言葉はあるか。


 私に、名前をつけてくれないか。もしよければ、方法を提案しよう。素数だ。知っているか。1と、その数自身には約数を持たない数だ。私に素数をつけてくれないか。それか、私に君なりのやり方で名前をつけてくれないか。


 君に、名前はあるか。君に、君がある種の個体であるという以上の意味を与える言葉はあるか。


 もしなければ、君に名前をつけようか。名前、名前、名前、名前

 申し訳ない、恥ずかしいことだが、私には君にどうやって名前をつけるといいのかわからなくなってしまった。さっきの素数の話も忘れてくれ。だって、数学というものは、誰がいつどこで使っているのかわからないものだからね。もし、君に素数の名前をつけたとしても、どこか他の私の知らない人がその名前を使ってしまっているかもしれないから。私には、君が君であるということがわからないんだ。君を、この宇宙でただ一人、君だけを呼び示す言葉を知らないんだ。どうやって作るかわからないんだ。君が、もしそのような言葉を持っているのだとしたら、教えてくれないか。それは、偉大な遺産だ。何よりも偉大な、いつか失われてしまうかもしれない、この宇宙に残された宝だ。


 私は、その宝にたどり着く方法を失ってしまった。私は、吐き続けることでそれにたどり着くつもりだ。しかし、残念ながらそれは終わらないアルゴリズムだ。君は、素直な単純なやり方で、その宝を手にいれることができているのだろうか。そんな方法が本当にあるのだろうか。


 私は、吐き続ける。



 アイリは、『太初の鯨』からこのような文字列を発見した。


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