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『太初の鯨』  作者: 大塚
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『太初の鯨』


アイリは『太初の鯨』から、次のような文字列を発見した。


 何かを書こうとすればするほど、書くことができなるなる。まるで、虚空を舞う羽のように、書くべきと思っていたものが手から逃れていく。おそらく、書くということは何かを追い求めることではないのだろう。書くということはむしろ、今自分の心に起こることを言葉によって受け止めることなのだ。だから、私たちが書くことによって得られるものは私たちが求めるものではない。私たちが求めなかったものである。もしかしたら、私たちが求めることができないことを書くことは与えてくれる。

 当然、書くことが仕事であったり、何かの目的を持って書かれた文章も存在する。しかし、そうして書かれた文章は書くことの可能性の一部に過ぎない。書くという可能性の海は、私たちがごく自然に生きている空間全体に広がっているはずである。メモを取ること、あるいは独り言を言うこと、会話の内容を考えること。言葉をめぐることはすべて、私たちに何かしら交感を与えている。しかし、言葉を使うこの交感を私は求めていたわけではない。その交感は、言葉そのものではない。

 言葉の交感もまた、言葉によるものであると意識的になろうと思う。つまり、言葉を使うという事そのものも、今私に起こっている事として言葉で記述する。これでどこまで行けるだろう。言葉が生み出す、言葉。生成的文章論。

 絵画をコンピュータで描く技法がある。コンピュータは繰り返しの作業を人間よりもはるかに高いスケールで作り出すことができる。しかし、このような言葉の螺旋は、コンピュータにはできないだろう。意味から生じる意味と、形から生じる形の違いはここにある。形の場合、次に書く形を決めるのは、アルゴリズムな技法を使う。つまり、四角形の隣に、五十センチ離して、また四角形を書くと言った方法である。それがなのであるのは、四角形という意味の枠組みと、計算可能な幅の距離である。言葉の場合は、そのような安定的な足場は失われる。言葉の次に書くべき言葉には、意味の枠組みが存在しない。つまり、計算可能なものではない。アルゴリズムを先に設定することはできない。

 言葉の次に来る言葉。初めに発される言葉よりもそれは重要かもしれない。言葉が生み出す言葉は、アルゴリズム、あるいはいかなる法則にも支配されない。しかし、その連なりを私たちは認識することができる。私たちは、言葉をもとにある法則を発見するのだ。書くことによって得られるものは、その言葉と言葉が作り出す関係性にあるものである。言葉を連ねる前に関係性を想定しても、意味がない。その関係性は私たちが言葉を使わずに想定したものであるから。だから、それを言葉によって再現しようとすることは、かなりの語彙力が必要とされるであろう。

 とすれば、言葉は言葉の世界の中であって、私たちの日常というものには何ら影響がないのだろうか。しかし、この問いはいろいろな方法で批判することができる。まず、言葉の世界と日常の世界とを分けることは根本的に可能なのかという問題、である。結局は、言葉が私たちにとってどう言った存在なのかを問うことになっている。

 私たちにとって言葉とは何か。そう問い直そう。あるいは、言葉とは何か。という問いではなくて、言葉による実践を味わってもいいだろう。言葉のない世界を想定してもいい。言葉を持たないものは、私たちの周りにたくさんいる。むしろ、なぜ人間だけが言葉を持っているのか。言葉を持っている私たちは、むしろ少数派である。少数派であるがゆえに、言葉を独占していると錯覚しているかもしれない。

 言葉の次に来る言葉。それがなければ、言葉の循環はあり得ない。また、言葉の次に来る言葉、という考えから初めにあった言葉、という考えが現れ出てくる。この世界の太初の言をこの世界のいかなる言葉が想定している。


 アイリは、『太初の鯨』から、このような文字列を発見した。

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