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「太初の鯨」
アイリは「太初の鯨」から次のような文字列を発見した。
「ねえ」
ソクラテスは、死ななきゃいけないって言ったんでしょ。いや、自殺の時に。えっソクラテスが自殺した事知らないの。ほら、四千五百年ぐらい前にあったじゃない。結構古いログから、見直してるのよ私。とにかくっ、肉体に囚われていたら、真理にたどり着けないじゃない。
ってか、そんな事言われても困るのよね。現に私たちは生きているわけだし。あ、生きている事も含めて死ぬ事っていてるのかな。まあ、人が死ぬ事がなくなった時代に、この哲学は響かないよね。でも、私、ソクラテスが負け惜しみでも死んでもいいって言った時の気持ち、わかる。死ねって言われたわけじゃない。殺されたわけじゃない。でも、体から離れたところに真理があるっていう考えは一理あると思っているのよ。
ほら、真理ってさ、誰にとっても真理なんだから。私にとっても、あなたにとっても真理なわけ。これって絶対公平じゃん。とてつもないぐらい公平でしょ。本当に本当に、厳密な意味で言葉の限り、公平じゃん。だからさ、真理って自分が誰であるかとか関係ないのよ。だからさ、そういう公平な、絶対的な何かを信じちゃったらさ、それでもう死んでもいいって言えるの。その信仰をちゃんと体で示したソクラテスは、やっぱりすごいよ。
「ところでさ」
真理が、絶対公平なら、ソクラテスは死ぬ必要さえなかったんだと思うけど。自分だけが、お前らと違うみたいな死に方したからさ。あれは、真理の公平性に背いている。と私は思う。こうして、勝手に生きている私たちにとっても真理はあるんだから。ソクラテスがあれだけ嫌ってたただの偽哲学者にも、真理はある。そうじゃないといけないとは思わないかい。真理が、何かは知らないけど。もし、真理というものがあって、それが本物だとしたらそれが放つ光も本物だ。私たちは、その光にしかさわれない。その光さえ私たちに届いていればそれでいいんだと。じゃあ、生きているうちは、その本体にさわれないんだから、どうやってその光を触るかを考えるのが必要じゃない。信じる根拠を示してから自殺するのが筋じゃない。でも、ソクラの爺さんはさ、「あるんじゃっ」て言ったっきり根拠を示してないのよね。真理って言われても人によって真理の内容は全然違うし、想像しがたいものだと思うよ。真理というものが誰にとっても公平という事がわかってるとしても、その内容までは知らないよね。
あとさ、信じる根拠が大事なのは、個人個人に真理が現れででいないと、真理の公平性を証明できないでからでしょ。あのさ、真理のボトムアップ的証明のことね。一人一人にとって、真理が真理なのか。一人一人があって、真理があるんだから。じゃあ、死んだとしても実験はおわってないよね。その死んだ先にある世界に、まだ真理が輝いているか。それがないとダメだよね。ソク爺は、誰とも話せない場所に、いや、高みに行っちゃったんだ。
信じるってことは、議論にならないのかな。
「あのさ」
数学の話、しようよ。ほら、数学、知らないの。一足す一が二になるあれ。そうそう、あのクジラに半端ないデータ量とってるやつ。あれ、どう思う。私、結構好きだなぁ。だって、あれをみているだけでなんだか、切ないような、あ、宇宙の果てをみているような気持ちになる。昔の人はあれをね、一生かけて理解したんだって。今では、私たちアクセスすれば一瞬で使えるようになるけど。昔の人が一生かけてもわからなかったものが、今の私たちの手元にあるの。でね、今でも数学は進んでいるの。人工知能が光より速いスピードで考えててさ。新しい数学が、今でも無限に作り出されているの。私たちがアグセスしようとしても無理。宇宙とおんなじように、全部を知ることはできないの。
昔はね、人間の知能に限界はないって言われてた。だから、どれだけ複雑で具体的な事象にも抽象的な理論をかぶせれば説明できた。でも、次々に生まれ出てくるあの数学の理論は、具体的なものじゃなくてもうすでに抽象的なものなの。だから、もう一段抽象的な理論を考えなくてはいけないんだけど、それがもう人間には抽象的に思えなくてね。でも、初めをシンプルにしちゃうと数学は、つまらなくなっちゃうの。一しかない数学なんてあったりもするけど。人間は、豊かな数学を選んでるの。ねえ、これってソクラテスの話と、矛盾しないかな。だって、真理はどこにだってあるんだから。
「そうだ! 」
最後にとっておきの話があるよ。何かって。ねえ、「愛」の話。だよ。愛って不思議よね。私、もったいぶらずに言うとね、愛が真理だと思ってる。いや、愛を真理だとするのが哲学の体系なんだって。愛ってさ、何を愛しても構わないわけ。そして、誰が何を愛そうと構わないわけ。じゃあこれって、めちゃくちゃ、絶対最強電撃的に公平じゃん。で、私たちは愛って何かちゃんとわかってる。わかってるわけじゃなくても、ちゃんと気づいている。この、自由さが成り立たなかったら、何も成り立たないよね。じゃあ思考の自由とか、尊厳とかは全部愛にかかってるんだ。ソクラテスは、信じる根拠に哲学をあげたよね。あれ、やっぱり知ることへの愛だよ。
なに、私たちは思っているほど自由じゃないって。いやいや、自由だよ。人間は間違えるけど自由だから間違うの。間違えない、っていうことはもう既に自由を逃している。一人の人間は自由なのか、そんなことはわからないけど。この宇宙の全存在と全可能性をかき集めたらきっと自由が出来上がる。猫も杓子もカタツムリのツノも全部集めてさ。それって、自由で真理。主語のない自由がこの宇宙にはあるんじゃないか。いや、この宇宙じゃなくてさ、宇宙があるこの空間にあるんじゃないか。
ごめん、眠くなっちゃったかな。実はもう、この話するの九兆回目ぐらいよ。




