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7.エピローグ


 それからの私たちのことに関して、詳しくは書き並べない。

 ただ私はあの後、恥も外聞もかなぐり捨てて、彼女の楽屋の扉を叩いた。


 驚きと笑顔、涙で、彼女は私を迎えてくれた。そこには先生の他にも、気の強そうな、澄み渡った美を持つ、彼女の姉もいた。


「じゃあね、美園。頑張んなさい」


 意地を張った話し方の背後にある繊細さが、人となりを表しているように感じた。またその一言には、姉妹の様々な歴史が刻みこまれた重さがあった。


「うん、私……私っ! プロのピアニストになってみせるから!」


 彼女は姉に向かい、はっきりと答えた。その後、別室で注意を受けることになるのだが、折れぬ強さを見せて笑う。そうして夢に向かい、歩み続ける。


 そして私はあの日以来、悲劇の主人公に、孤独に甘えることを止めた。勉強の遅れを取り戻すようにシャープペンシルを走らせ、参考書を捲る。


 その日々の中で気付く。彼女が言ったように、私は私自身の新しい一歩を、新しい言葉を恐れていたことに。自分が臆病だったことに。


 自己の平安を守る、ある完成した方法がある。それは、自分の中の確固としたものを才能と信じながら、それを磨く為の努力をしないことだ。


 祖父母が亡くなると、これ幸いとでも言うように、学力に伸び悩んでいた私は無気力に言い訳を付け、もう頑張らなくていいさと安堵した。


 あたかも虎となった人が、自分が珠でないことを恐れるが故に、敢えて刻苦して磨こうとしないように……夢を持ちながらも夢を諦めた。


 呑気な大学生になっている自分が想像できなかった? いや、違う。本心は半端な努力をして、そこそこの大学に行くことを恥じていた。


 悲劇の主人公として、そう見られることを欲し、高卒で公務員になればいいさと納得をつけた。卑屈な癖に、どこまでも自尊心だけは高く、臆病で。


 才能があると信じても、その才能を伸ばす努力をしなければ、あらゆる言い訳がつく。そうして自尊心は、完璧に、無傷なままだ。


 私はとことん、臆病だったのだ。


 だが翻って考えると、恐らく、臆病でない人間など存在しない。問題は、その臆病と如何に向き合うかなのだ。どのようにその臆病と折り合いをつけていくか。


 そのことを彼女は私に教えてくれた。

 彼女自身が、真摯に臆病に向き合うという方法で。


 私は高校卒業時には、志望した県内の国立大学には進学出来なかった。だが二年の浪人生活を経た後、何とか希望通りの大学に進むことが出来た。


 また彼女もコンクールに以前より情熱的に参加し、卒業時には留学を――ハンガリーの首都ブタペストにある、リストが創立した音楽学校に旅立っていた。


 私たちはあのコンサート以来、以前の関係性を取り戻していた。高校三年の忙しい時期、会える時間は短かったが、その分だけ時間は濃密になった。


 二人で笑い、泣き、喧嘩もした。お互いが、かけがえのない存在になった。

 そして彼女が空港から、ハンガリーへと旅立って行く日。

 

 私たちは空港で、それぞれに別れを告げた。

 私は彼女を縛りたくなかったし、また彼女も私を縛りたくないと言った。


 色んな経験が出来ると良い。色んな経験をすると良い。そういうことを言い合った。二人で随分と前から、決めていたことでもあった。


 私たちの関係性を維持するのは、困難だ。しかし困難であるが故に、成功した場合、依存した関係になってしまう。どこかで二人はそのことを感じていた。


 それは私たちのこれからの生活や、人生に発展性をなくしてしまう。

 だから決めたんだ、私たちは……。

 

「それじゃあね……ノゾムくん」

「あぁ、美園……元気でな」


 私たちは泣きながら、笑顔で別れた。そうして思春期の一切は、笑いながら失われ、泣きながら得られていった。


 その後、彼女は音楽学校で頭角を現し、ヨーロッパのライバルたちと腕を競い合う日々を送る。失敗もあり、自らの才能の限界を痛感し、一度は音楽を止めようと思ったこともあるようだ。


 しかし夢に向かうとは、そういうことだ。彼女は諦めずに、挑戦し続けた。彼女の隣には友人や、新しい恋人。そういった、彼女を支える人がいたんだと思う。


 また私も六年間を大学と院で過ごし、二十六歳の春から、新米の精神科医として、愛知県内の病院で研修医として働き始めた。


 恋人を作り、色んな経験と失敗をして、人生経験を積んだ。


 その頃には、山岸美園の名前はクラシック音楽に鈍感な日本にも伝わってきていた。それこそ専門雑誌を覗けば、彼女の活躍を伺い知るが出来た。



 ――そうやって時は過ぎた。



 何も無かったと言えば無かったような、しかし、多くのことがあったと言えばあった……そんな日々だった。


 その間に、私は実の母とも再会する機会があった。彼女は新しい生活を始め、家庭を持っていた。特別に幸せではないが、それなりにやっていると話した。


「わ、私のこと……」


 またその際に、母は怯えるように、あることを私に問いかけようとした。その言葉を遮り、重い感慨に抗って口角を上げながら、ゆっくりと私は首を横に振った。


『どうか、娘のことを許して欲しい』


 祖父の遺言を守った訳ではない。ただ私はどこかで、母を一人の人間として認め、許す為に、精神科医を目指していたのかもしれないと、その時に思った。


 そうして気付けば、私は三十二歳になり、結婚もせずに仕事に明け暮れていた。理想と現実は違い、精神科医の仕事は心身ともに消耗する激しい仕事だ。


 熱心な医師ほど、次々に鬱病に罹患していく。鬱病を投薬で誤魔化しながら、鬱病患者に向き合う医師が、世の中には多く存在している。


 内科医や外科医の友人からは、一種異様な、鬼気迫る職場と映るようだ。


 私も御多分に漏れず、一度、そういった失敗を経験した。患者さんや同僚に迷惑をかけたことが悔やまれるが、今は回復し、失敗から多くのことを学んだ。


 そんなある日、インターネット上で、私は気になる記事を見つけた。

 近年、活動拠点をヨーロッパから日本に移す予定の彼女。


 山岸美園のコンサートが東京で行われることが決まり、その一ヶ月後には、愛知県が催すコンサートゲストの一人として、彼女が遣って来るのだという。


 私は震える手でマウスを操り、県公演のチケットを予約した。ホールこそ違えど、奇しくも会場は、ガラコンサートが開催された場所と同じであった。


『フランツ・リストの再来。情熱的なリストの夕べ。女流ピアニスト 山岸 美園』


 そのフレーズに苦笑する。専用サイトの写真に映る彼女は美しく洗練され、目に眩しい程だった。素人には分からない受賞歴も、風格を醸し出している。

 

 私はじっと、彼女の写真を眺めながら考える。

 

 彼女の夢が叶ったことを、私は知っていた。

 だが私の夢が叶ったことを……彼女は恐らく、知らないでいる。


 その考えが私を捕えると、急きたてるようにして、身を昂らせた。


 ――ひょっとしたら、これが最後のチャンスなのかもしれない。


 三十を過ぎた男の、物悲しいセンチメンタリズムだ。そう言われると、返す言葉もない。滑稽で、格好悪い考えだが……しかし、悪くない。 



 当日、私は朝から奇妙に落ち着かない気持ちで診察の準備をしていた。


 彼女のプライベートに関する情報を、私はその日まで、積極的に調べないようにしていた。だがそう言いながらも、男と言う奴は女々しくも調べてしまう。


 そこで判明したことがあるのだが、どうやら彼女は未婚であるようだった。現在、付き合っている男性がいるのかどうか、そこまでは分からなかったが。


 久しぶりに、身の内から響いてくる、心臓の高い音を聞いた。思春期のように、運命に怯える感覚。甘いような切ないような思いに打たれ、当惑する。


 私と彼女が再開することで、何かが始まるのかもしれない。いや、とんだ幻想だ。何も始まることなく、そもそも、楽屋に訪れることすら……。



『ノゾムくん。人が一番恐れてるものって、なんだか分かる?』



 そんなことを考えていると、私の脳裏に彼女の言葉が甦った。苦笑する。本当に、いつまでたっても臆病は治らない。気の緩みを戒め、準備に専念する。


 そうして、午前中最後の患者さんが診療室から退出すると、私は再び一人になった。カルテを纏めた後、パソコンを操作し、ある音楽を室内に絞った音で流す。


 祖父がかつて、世界の全てが含まれていると言った曲。

 山岸美園がかつて、夢を諦めた私に、夢を取り戻させてくれた曲。


 そして――今晩、彼女が……。 


 どういう意図が、そこに込められているのか。或いは、意図なんてものは存在しないのか。この際、どちらでも構わない。


 ただ一つの事実として、山岸美園はその曲を弾くのだ。

 私は再び、見ることが出来るだろうか。あの日見た、希望の光景を。


 ウクライナの英雄を題材とした、ヴィクトル・ユーゴーの叙事詩。その詩に感銘を受け、ピアノ曲として、交響詩として、練習曲としてリストが作曲したその曲。


 ある罪から馬に縛り付けられ、祖国ポーランドから追放された、若き日の英雄。ウクライナでコサック兵となった彼は、失敗と成功を積み重ね、最後には――。 

















 超絶技巧練習曲 第四番 二短調――マゼッパ。

 その夜、マゼッパの見た希望の光が、私を静かに包んだ。

















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