43話 禁句に触れるとどうなるか
「……まったく」
「いや悪い悪い、景君の反応があまりにも楽しくなっちゃって、ね」
肩からタオルをかけてくれたおかげで、ようやく黒咲に視線を向けることが出来るようになった。
(いや、いくら黒咲の胸が残念なボリュームだったとしても、オレにゃ刺激が強すぎるんだよなぁ……)
そう、真由と比較するのもかわいそうだが。
成績優秀、運動神経も抜群、オレ以外の人間への態度も非の打ち所がない黒咲ではあったが。そんな彼女の唯一の欠点……それは、胸がまったく成長しなかったことだ。
黒咲とは小学四年からの付き合いになるが、オレの見立てではその頃から今、高校二年生になるまで。黒咲の胸のサイズが成長しているようには見えなかった。
当然、こんなことを面と向かって言えるハズもないが。
普段からオレに、真由と一緒になってつきまとってくるためか、どうしても圧倒的なサイズを誇る一年後輩の真由と見比べてしまうことの多いオレは。
タオルで透けたブラを隠してくれたのが災いしたのか、黒咲の胸へと視線を落とした後。
はぁ……と一声、無自覚にため息を吐いてしまった。
「──あ」
やってしまって初めて、自分の失態に気づいたオレは慌てて口を両手で覆い隠し、漏らしたため息をなかった事にしようとしたが。
時、すでに遅く。
「おやどうしたんだい景君そんなに慌てた顔をして」
やたらと早口な黒咲の言葉にギョッとしながらも、オレはゆっくりと視線を胸から顔へと上げていくと。
うすら笑いを浮かべていた黒咲だったが、眉間にシワが寄り、目は笑ってはいなかった。
何だろう……漫画ならきっと、身体の表面から湯気のようなオーラが立ちのぼり、ゴゴゴゴ、と効果音が入っているような、鬼気迫る雰囲気だった。
(お、怒ってるっ……コレ、完全に怒ってるじゃないかっっっ!)
すると、怖い笑顔を浮かべたままの黒咲が、ずいっ、とオレに迫ってきた。
「いや別に怒ってなんかないから安心してくれないかな景君」
「嘘だろっ? こ、心の内が読まれてるっっ?」
変わらずの早口言葉で、心の中だけでつぶやいたセリフを言い当ててくる黒咲に、オレの足は勝手に一歩、二歩とジリジリ後ずさりしてしまいながら。
何時ぞやも、オレがやり忘れていた宿題をやってくれていたりという出来事があったが。
現実ではそんな事など絶対にない、と知ってはいるものの。
もしかしたら……ホントに黒咲には人の心の中を読む超能力があるのか、とついつい思ってしまう。
「わ、悪かったっ! 黒咲と真由の胸を比べたのは確かにオレが悪かったっ! だから──」
どうせ心が読まれているのなら、と。先に謝れば許して貰えるという考えまでは正しかったのだ……きっと。
「……ふぅん」
「あ」
だが、ここでオレは致命的な間違いを犯す。
ここで真由の名前を出してしまった事だ。
オレの口から「真由」という名前が出た瞬間に、黒咲の怒りのオーラが二倍、いや三倍にも膨れ上がった気がして。
「ひっ!」
ただならぬ迫力に気圧されてしまったオレは、小さく悲鳴をあげると足がもつれ、ホテルのロビーで尻餅をついてしまった。
それでも黒咲は容赦なく迫ってくる。
「なあ……景君」
「は、はいぃっっ!」
先程より、もう一段声のトーンが下がって迫力が増した黒咲の言葉に。
オレは壊れたオモチャのように、ただ首を何度も縦に振ることしかせず、全面的に黒咲の主張を肯定しまくっていた。
「いくら何でも、真由を比較対象にするのは、私でなくても……許されないことだと思うんだ」
「は、はいっっ! も、もうそ、それはっ……黒咲さんのい、言う通りだとお、思いますっっ!」
確かに黒咲の言い分も最もだ。
黒咲の胸のサイズが貧そ……ゲフンゲフン、かなり控えめなのは事実だが。
それでも真由と比較されて怒る気持ちは痛いほど理解できる。何しろ、この旅行中に真由本人の自白により判明した胸のサイズは……Hカップだからだ。
日本の女子高生の平均サイズはBからCと言えば、真由のHカップがどれほど規格外の巨乳なのか、推して知るべきだろう。
「じゃあ……景君」
寒気がする笑顔だった黒咲の目がうっすらと開き、まだ尻餅をついたままのオレの顔をジッと覗き込んでくる。
こうなったら今のオレはもう、蛇ににらまれたカエル、という状況だ。
白、と言われたらシロ。
黒、と問われたらクロ、と答えるだろう。
「は、はいっっ……な、なんでしょう?」
そんな状態のオレに、黒咲は一体どんな要求を突きつけてくるのやら。
何を要求されるのかという怖さがある一方で、まさかの黒咲の地雷を踏み抜いてしまった失態を要求一つで許してもらえる、という安堵感のほうが強かったかもしれない。
そんな黒咲は身を屈めて、オレの耳元に顔を近づけてくると。
「今日は真由と一緒だから無理だけど、帰ったら今度は私と二人っきりで出掛けてもらうよ、景君」
「そ、それって、デー……」
デート、と言おうとしたオレの唇に人差し指を置いて口を塞ぎ、それ以上喋らせてくれなかった。
「……ふふ、どうかな?」
その時に見せた黒咲の笑顔は、いつも気を張った雰囲気の凛々しいがどこか固い大人びた表情ではなく。
あまり見ることはない高校二年生としての年齢相応な、無邪気な笑顔だった。
(な、何だよっ……さっきまであれだけ怒ってたのに、その無防備な笑顔は……っ……)
黒咲の笑顔を見た途端、胸をズキンと貫かれたような衝撃が襲い。
呆然と座り込んだままのオレの目の前に手を伸ばしてきた黒咲。
「ほら、立った立った。今日は余計な邪魔がいるとはいえ、景君と一日中一緒にいる予定なんだからな」
オレは差し出された黒咲の手を掴んで、よっこらせと立ち上がる。
ホコリを払うために尻をパンパンと手で叩きながら、オレは一瞬でも黒咲の笑顔に見惚れたという照れ隠しに。
朝からこちらの不意を突いてまで、ホテルに突撃してきた黒咲の行動に文句をつけるのだったが。
「ちょ……だ、だったら昨日のうちに言っておけ、っての」
「はは。昨日、電話で私がそちらに行くと教えたら、真由のヤツが黙ってなかっただろうからな」
確かに、それは黒咲の言う通りだ。
昨晩のうちに「明日の朝、黒咲が来る」とオレたちが知っていたとしたら。
オレは別にまあ、何の対策もする気はないが。
真由はきっと、黒咲にゆったりとしたホテルでの一日を邪魔されないよう、何らかの対策を取ったに違いない。
(だが真由よ、さすがにホテルまで来ちまったら、諦めるしかないんだよなぁ……)
フロントから外の様子を覗くと、雨風も朝目覚めた時よりもさらに強くなっており。降り続く雨でホテル前の道路はすっかり水に浸っていた。
こんな天候では「帰れ」とも言いにくい……いや、オレは言えない。
「それじゃ景君、泊まってる部屋に案内して欲しいかな」
「……はいはい、了解です」
すっかり諦めモードのオレは、得意げな顔の黒咲を最上階のオレたちが宿泊する部屋直行のエレベーターまで案内する。
起き抜けに突然の来訪者がいたら、真由も驚くだろうと思うが。




