白金魔巧技師シノマキ3
寝たのが明け方だったため、翌日目覚めたのは昼過ぎだった。
二日酔いはないけれど、はしゃぎ過ぎたかもしれない。
学生時代も寮で夜更かしして、一緒に寝坊して授業サボったりしてたから懐かしい。
まだ寝ているシノマキは私より酒に弱いので二日酔いしてそうだ。
日頃の疲れもあるだろうし、しばらくそっとしておこう。
酒瓶を片付けつつ、滋養効果の高い薬草茶を用意していると、寝ぼけたまま這うようにシノマキが起きた。
大変不機嫌そうに見えるが寝起きが悪いだけの通常仕様だ。
カップに薬草茶を注ぎ手渡すと、そのまま研究室へ無言で消えていく。
仕事人間め。
こちらは日中のんびりさせてもらおう。
私の目が必要になったら向こうから呼びにくるだろうし。
今日は役目が無いのか呼ばれる気配がないので、部屋にあった割と新しめの書籍や論文を読んでいる。
遠いこともありパネの町にはあまり新しい本が入ってこないので、王都付近に滞在している間に新しい情報を得るのは有益だ。
転移ペンデュラムの再充填時間がもう少し短縮すると使いやすいのにな。
一晩とは言わないが今の半分くらいになってくれると買い出しが必要な場合などに助かるのだけど。
失敗作だからと渡されたから元々はもっと別のものを目指していたのだろうし、今更これを改良とかはしなさそうだ。
転移組み込みってことは元は王族依頼品かな。王国の転移スキル持ちは発見次第全員王城勤めになるものね。
例えば片側に瓦版、片側に代金を置くという条件を満たすと相転移して遠方からでも情報が買えるような魔道具ってできないのかしら?
人間を転移させるよりはエネルギーを使わないし、再充填までそれほどかからないのでは?
当初と比べれば随分発展したパネに情報という武器も入ってくれば更に活性化すると思うのよね。
王都周辺の冒険者とかモンスターの情報はいらないけど、最新装備とか新開発携帯食という情報は地元冒険者にも需要があるはず。
思い付いたものは概要を紙に書いておこう。シノマキが見て興味を持ってくれたら仕事の合間に考えてくれるかもしれないし。
シノマキが研究室から出てきたのは夕方だった。
メンテナンスが終わった腕輪を受け取ったのではめてみる。
少し改造したのか制御のダイアルが増えている。
「今までの制御値を少し出力上げて調整して、最大出力も今作れる限界まで上げた」
「うん、いい感じ」
調整ダイアルの切り替えも違和感はない。
新しいメモリに合わせると今までの最大出力時に比べてかなり見えなくなるので面白い。
これはもう普通の人間並なのではないだろうか。
「あと、フェイクの片眼鏡の本物というか量産品みたいなやつも作っておいた」
「どういうこと?」
「リミッターの内部にアデリーの鑑定スキルが結晶化したものがいくつかあったから、それを使わせてもらった。使用者の鑑定能力を少し上げる効果がある」
私の「片眼鏡無しの鑑定スキルは通常の白金鑑定員並」と思わせるためのフェイク魔道具の本物ができてしまったのか。
「アデリーには必要ないものだが、留守中に代理が使えるだろうから土産にふたつほど持っていけ。こちらも学院へ教材として提供する」
手渡されたものは私が使っている片眼鏡より装飾が控えめで確かに量産品っぽい。
鑑定すると私の片眼鏡よりとんでもない金額が表示されるけれど。
鑑定スキル自体は珍しくないのに、鑑定のスキル結晶は貴重だからねぇ。
外に放出する系のスキルみたいに人工結晶も作れないし。
「いくつ作ったの?」
「結晶はまだ残ってるが片眼鏡が少ないから今のところ言った分だけ。日常的に制御し過ぎて溢れた分が結晶化してたからリミッターのメンテナンス間隔はもう少し短くしたほうがいいかもしれない」
「最近は寝るとき以外はほぼ最大で制御していたから」
仕事で緩めるときも一段階くらいで事足りたし。
通常の2割くらいにスキルを制御していても個人情報見放題というのは……我ながら人間離れしている。
「あと、昨日もらった回路図で面白いものが作れそうだ。実現するには欠落部分を埋める必要があるが、アデリーの滞在中に形にはなるかもしれない」
「古魔道具の転用はシノマキの得意分野だもんね」
彼を天才たらしめる部分はここだ。
白紙から回路を設計する、既に完成された回路を転用する、そういったことは通常の魔巧技師でもできるけれど、古魔道具の回路の欠落部分を知識と発想で埋めて転用するというのは現在いる魔巧技師では彼のみしかできない。
私はその世界に詳しくないが、現代の回路とは随分と勝手が違い、経年で失われてしまった部分を埋めるなんて考えられないことだったらしい。
回路が失われず現在でも使用できるものは回収され、発掘を主導した者が珍しい古魔道具として使用するため魔巧技師たちは研究できない。失われてしまった部分を推測することすらできない中で、シノマキはそれをやってみせたのだ。
自分で制御できない鑑定スキルがあるだけで天才と呼ばれた私より、シノマキはすごい天才なのだと思っている。
「そういえば明日は学院で講師をする日なんだが、アデリーはどうする?」
「いつもの偽装身分証はあるからついていこうかな」
偽造ではなく、ギルド本部で正式に発行されている偽装身分証だ。要人扱いの人間が安全に街を行き来するためにそういった身分証を発行するのは珍しいことではない。
偽装なので冒険者ギルドで照会すれば本来の情報を確認できるが、門の中に入って寄り道せずに学院に行ってしまえは照会される可能性は低い。
「折角だからオガマ先生のところに顔を出して雑用してくる」
「それなら授業が終わったらオガマ先生のところへ迎えに行く」
おじいちゃん先生のところなら私ができる雑用もあるだろう。あそこは問題児と未解決問題の巣窟なのだし。
明日の予定が決まったら今日は飲まずに寝るか、控えめにしたほうがいいだろう。
たとえ夕飯の角鱒のフリットがいい感じで、きっとシノマキが用意したあっさりしたお酒によく合うだろうなあと思っても。
まあその……ふたりだし、ひと瓶くらいなら、控えめってことでいいわよね。




