見習い魔巧技師の逆恨み2
帰宅後シノマキに連絡を取ると、予想通りアロイスのことはもうどうでもいいという返事だった。
『もう終わった相手だ。罰を受けようと受けまいと関係ない』
「わかった。それにしてもどうしてアロイスは私を嫌っているのかしら? なにか心当たりある?」
『……知らないな』
「シノマキのことだから言葉足らずで私のことを話して、向こうがなにか勘違いしてるとか? 睨まれたりするのは日常的によくあるからいいけれど、ずっと嫌われてるのは気になるわ」
『……どうだったかな』
あ、これ、痴話喧嘩の延長に私が巻き込まれてたやつかもしれない。
終わった話なら今更つつくのも野暮だけど、理由もわからず憎まれているのは落ち着かない。
「そういえばギルドで私とアロイスが似てるって言われたのだけど」
『偶然じゃないか? アデリーの髪色も目の色も珍しいものではないだろう』
「私もそう思う。アロイスのほうが美形だしね」
『いやそれはそうでもないと思うが』
「……シノマキ、正直に言って欲しいけれど、朝寝ぼけてるときにアロイスを私と見間違えて名前呼んだりしてなかった?」
『覚えてないが、していたかもしれない』
これはしてるな。
なるほどアロイスは昔から私とシノマキが男女の仲であると疑っていた可能性がある。
「寝落ちして同じ部屋で寝ることはよくあっても同じベッドで寝たことは全くないんだから間違えないで欲しいわ」
アロイスが私を疑い嫉妬していたとしても、ないものをないと信じてもらうのは難しいので、気にしないことにしましょう。
未だに嫌ってくるということはシノマキのことまだ好きなのかしらね?
女作って逃げたのに?
そういえば女のほうはどうしたのだろう。
もう別れたのか、それとも別行動していたのか。
気は進まないけれど明日神殿に行って聞いてきたほうがいいな。出かけた恋人が戻ってこなかったら不安だろうし。
「アロイスと逃げた女ってシノマキは知ってる?」
『なんだったかな……ロゼッタとかいうアロイスより年上の女だったと思うが』
「ありがとう。もし一緒に町に来てるなら探さないとと思って」
『もし……アロイスが何も知らずロゼッタに騙されて出ていったなら、アロイスと直接話がしたい』
「それは恋人としての未練?」
『師匠としての責任だ』
「わかった、確認しておくわ」
翌日神殿に出向き、移送されたアロイスへの面会を求めた。
ついでに被害者が直接対話したいかもしれないと伝えておく。
コールリングのことは秘密なのでどんなに急いでも連絡が取れるのはまだ先ということになっているし。
「アロイス君、ご機嫌いかが?」
「最悪だよ」
廊下に面した大きめの窓がある小部屋で、外からから神官さんに見守られながらアロイスと対峙する。
金属製の手枷で拘束されているのでこちらに危害は加えられない。廊下の神官の目を気にしなければ殴ったり蹴ったりはできると思うが。
「あら、そう。ちょっとお知らせと確認事項があるの。だから正直に答えてね」
ぷいっと横を向く。よほど私の顔を見たくないらしい。
「まず、シノマキのところから出奔したときに同行してたロゼッタさんもパネに来てるの?」
「いやカロートで別れた……って何故ロゼッタの名を?」
「昨日、シノマキに聞いたのよ」
「どうしてそんなにすぐ先生に連絡を……いや先生は天才で、不可能を可能にしてしまったのか」
アロイスは今までカロートにいたのか。この辺りでは栄えている田舎町だし、仕事も多いと思うけれど。
「もし女に騙されて出て行ったなら、直接話をしたいそうよ」
「……僕は僕の意思で出て行った。今更先生に合わせる顔なんてない」
「そう。じゃあ確認終わり。それじゃ、ちゃんと罪を償ってね」
「えっ」
そっぽ向いていたアロイスが拍子抜けしたように振り向く。
顔も見たくない私とまだ話すことがあっただろうか?
「なに?」
「いや……あなたは、僕と似ていると言われて、なにも思わなかった? 勝ち誇ったり、優越感に浸ったり」
「どうして?」
髪と目の色が似ていることは今まで気付いてなかったけれど、それに対して優越感を抱くようなことがあるだろうか?
「だってどう見ても僕は先生にとって、あなたの身代わりじゃないか」
「考えたこともないわね。シノマキと私はただの親友だし」
「そんなことない! 先生は僕を通してあなたを見ていた。愛せないあなたの代わりに僕は愛されてた」
どうなんだろう?
実際に付き合っていたアロイスがそう感じることがあったなら、全くないというわけではないのかもしれない。
もしも私が男だったなら、シノマキと付き合っていたような気もするし。
「考え過ぎよ」
だけど、私は男ではないし、それはどうにもならない仮定の話。
優越感を抱くようなことではない。
「あなたは、シノマキがあなたを通して私を愛していると思ったから、ロゼッタさんに愛されたときに肯定感を得て、それでシノマキから離れたのね」
「……そうだよ」
「もし次があったなら、ちゃんと手順を踏んで別れなさい」
鑑定しなくても、まだシノマキのことを好きだとわかる少年に別れを告げよう。
あの悪意ある視線は迷いを含んだ穏やかなものになったけれど、きっとこれ以上得るものはない。
「それから、罪を償ったあとシノマキに謝りにいきなさい。会う資格はなくても、謝罪をしない理由にはならないわ」
シノマキがアロイスをどうでもいいと思っていても、私は会ってきちんと話をするべきだと思う。
今更だろうがなんだろうが、前の恋にけじめをつけて、シノマキには心置きなく新しい恋をしてほしい。
「……わかった」
「それじゃあ、さようなら。もうお互い会うことがないといいわね」