第二章 王立魔導学園編 12
世界が傾いた感覚は、一瞬だった。
だが確かにあった。
レインは一歩、ふらつく。
セレナがすぐに支える。
「レイン……!」
その声が遠い。
さっきまでよりも、もっと遠い。
まるで水の底から聞こえるみたいに。
レインは小さく息を吐いた。
「……失ったもの」
言葉にしても、実感はない。
ただ胸の奥だけが、ずっと鈍く痛い。
学園長は静かに続ける。
「あなたの記憶は“破壊”されたのではありません」
「分割され、封印され、分散しています」
ミシェルが目を細める。
「深淵門内部で魂の解放を行った影響か」
「それだけでは説明がつかない」
学園長は一瞬だけ沈黙する。
そして
「過去にも同様の事例があります」
その言葉に、空気が変わる。
リアが鋭く反応する。
「おい、それ初耳なんだが」
学園長は答えない。
だがその沈黙が、逆に重かった。
セレナが小さく震える声で言う。
「……レイン以外にも、そうなった人がいるってこと?」
学園長はゆっくり頷く。
「はい」
短い肯定
それだけで十分だった。
レインはゆっくり視線を上げる。
「それで」
「その人はどうなった」
空気が一瞬止まる。
学園長は少しだけ目を伏せた。
そして
「“完全に自己を喪失し、深淵側へ転化しました”」
その言葉に、誰もすぐに反応できなかった。
セレナの指が震える。
リアが低く呟く。
「……つまり、化け物になったってことか」
ミシェルは否定しない。
むしろ、事実として受け止めている。
レインは自分の右手を見る。
灰色の鱗。
もう“途中”にはいない。
境界線の上ですらない。
すでに崩れ始めている側だ。
その時
フィアナがぽつりと言った。
「でも」
全員の視線が向く。
彼女は真剣だった。
「さっきの人、悲しそうでした」
静かな声。
「怖いとかじゃなくて」
「ずっと待ってた人の顔でした」
レインの胸が強く軋む。
待っていた。
その言葉だけが、<異様>に引っかかる。
セレナが小さく呟く。
「誰を……?」
答えはない。
ただ
レインの中で、何かが確かに“欠けている”ことだけが分かる。
その時
学園長が静かに言う。
「記憶の回収は危険です」
レインは顔を上げる。
「戻せばいいんじゃないのか」
学園長は即答しない。
少しだけ間を置く。
そして
「回収すれば、“今のあなた”が消える可能性があります」
その一言で、空気が凍る。
セレナが息を呑む。
「それって……」
学園長は続ける。
「あなたは今、“分割された人格の残り”に近い状態です」
「どれか一つを戻せば、他が崩壊する」
ミシェルが静かに言う。
「つまり、パズルか」
「しかも、全部揃えると壊れるタイプの」
リアが舌打ちする。
「最悪だな」
レインは黙っていた。
理解はできる。
でも。
それでも。
胸の奥の“空白”が、それを拒否している。
『――戻して。』
またあの声がした。
今度ははっきりと。
『――ちゃんと、戻して。』
レインは無意識に呟く。
「……戻したい」
その言葉に、セレナの顔が強張る。
学園長が即座に反応する。
「危険です」
だがレインは続ける。
「でも」
「このままだと」
言葉が詰まる。
うまく説明できない。
ただ
“失っていること自体が苦しい”。
それだけだった。
その時
白い空間の奥で、魔法陣が微かに揺れた。
ミシェルが顔を上げる。
「……まだ反応が残っている」
学園長の目が鋭くなる。
「封印不完全」
セレナが一歩後退する。
「まだ……いるの?」
その瞬間
レインの胸の奥で、もう一度だけ“声”が響いた。
今度は。
とても静かに。
『――見つけて。』
レインの目が揺れる。
何かが
確かに、始まろうとしていた。
全6章完結で、1日1~2章アップ予定なんだが・・・疲れた・・・
GW中には全部終わらせたい!!




