第5話 ECS
徴兵通知が来たのは、ユイが消えてから三日後のことだった。
封筒は郵便ではなく、テクノフォースの制服を着た男が直接持ってきた。父が受け取り、テーブルに置いた。アラタが開けると、テクノフォースの紋章が入った用紙が一枚入っていた。ECSスーツの適性検査を受けるよう、日時と場所が書かれていた。
「適性があったか」と父が言った。
「検査はまだやってない」
「お前は通る。俺にはわかる」
父の目は真剣だった。何かを決めた人間の目だった。アラタはそれ以上聞かなかった。聞いても答えは変わらないと思った。
適性検査はテクノフォースの地下施設で行われた。
場所は東京都心から少し外れた工業地帯の、外から見ると倉庫にしか見えない建物だった。内部に入ると、廊下が長く続き、蛍光灯の白い光で満たされていた。清潔で、無機質で、音が少なかった。
検査室に入ると、すでに十人ほどの受検者がいた。年齢はバラバラだった。アラタと同じくらいの十代から、三十代と思われる男女まで。全員が無言だった。視線を合わせる者もいなかった。
担当の技術者が前に立って説明を始めた。
「ECSスーツは人工筋肉と神経反応加速システムを使用します。装着者の神経信号を読み取り、動作をアシストします。このシステムに適合するためには、反応速度と神経伝達の精度が一定以上である必要があります。今日はその検査を行います」
身体測定から始まり、反応速度の測定、空間把握能力のテスト、神経伝達の精度を測る装置への接続と続いた。神経伝達の測定は、電極を貼り付けて微弱な電流を流しながら、指示された動作をする形式だった。少し不快だったが、アラタは黙ってやった。
結果は即日出た。
担当者がアラタのデータを見て、少し間を置いた。「最高評価です」
「そうですか」
「こういうスコアが出ることは、非常に稀です」担当者は少し言葉を選ぶような顔をした。
「配属先は前線部隊になります。訓練を経て、実戦に出ることになります」
「わかりました」
「ご質問は」
「ありません」
担当者がまだ何か言いたそうにしていた。アラタは先に立ち上がって部屋を出た。
初めてECSスーツを纏ったのは、検査から一週間後だった。
施設の装着室は広く、天井が高かった。スーツは棚に分解された状態で保管されていた。専任の技術者が二人ついて、装着を手伝ってくれた。
脚部から始めた。太ももとふくらはぎを覆う装甲。内側には人工筋肉の繊維が密に織り込まれていて、肌に直接触れる部分はゲル状の素材でできていた。次に胴部。胸と腹を覆う装甲は重かった。背部に小型ブースターのユニットが接続された。腕部を装着し、最後にヘルメット。
重かった。
思っていたより、ずっと重かった。体全体に均等に荷重がかかる設計だとわかっていたが、実際に着てみると違った。重力に逆らう感覚がある。
しかしヘルメットのバイザーが閉じ、HUDが起動した瞬間、景色が変わった。
視界の端に情報が流れ始めた。周囲の温度。気圧。バッテリー残量。AI補助システムのステータス表示。人工筋肉の出力レベル。それらが整然と並んでいた。
アラタは少し目を閉じた。
情報を整理する。どれが必要で、どれが今は不要か。取捨選択する。必要なものだけを意識の前に置く。
それは得意だった。
「慣れましたか」と技術者が聞いた。
「慣れました」
「早いですね。普通は情報量に圧倒されて、最初は混乱するんですが」
「情報処理は得意なんです」
技術者が頷いた。「訓練は明日から始まります。ブースターの扱いには時間がかかる方が多いですが、あなたなら問題ないと思います」
アラタはバイザー越しに、装着室の壁を見た。鏡がなかったので自分の姿は見えなかった。でも腕を持ち上げてみると、思ったより軽く動いた。人工筋肉がアシストしていた。
この重さは、戦うための重さだ。
ユイがどこか遠くで祈っているなら、自分はここで戦う。それだけのことだった。神に頼らず、技術で立つ。それがアラタの選んだ側の答えだった。
その夜、父が珍しく早く帰ってきた。
食卓に向かい合って、二人で飯を食った。焼き魚と味噌汁と白米。父が作ったにしては、きちんとしたものだった。しばらく無言だった。
「ECSの感触はどうだった」と父が聞いた。
「重かった。でも悪くなかった。動かしやすい」
「そうか」
また沈黙が続いた。父は飯を食いながら、何か考えているようだった。
「ユイの行方を知ってるか?」とアラタは聞いた。
父は少し間を置いた。
「長野の山岳地帯に神徒連盟の修練施設がある。信仰が深い地域だ。新しく入った者は大体そこに送られる」
「そうか」
「会いに行くつもりか」
アラタは少し考えた。
「今は無理だ。訓練が始まる。それにユイが会いたいかどうかもわからない」
「ああ」父は箸を置いた。
「でもいつか会うさ。戦争が続けば、いつか戦場で会うことになるかもしれない」
「わかってる」
「わかってて、どうするつもりだ」
アラタは答えなかった。どうするつもりかを、まだ決めていなかった。いや、正確には、決めることができないでいた。答えが出ない問いは保留にする。それがアラタのやり方だった。でもこの問いは、いつか答えを出さなければならないことも知っていた。
父はアラタを見た。何かを言おうとして、やめた。それからまた箸を取った。
アラタも飯を食い続けた。
窓の外、東京の夜景が広がっていた。いつもより街の灯りが少なかった。節電だろうか。それとも空襲を避けるための消灯だろうか。戦争が始まってから、夜の東京は少しずつ暗くなっていた。
明日から訓練が始まる。
アラタはその事実だけを、頭の中に置いておいた。
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