この世界で美味しいもの
家に着いて玄関を開けるとお手伝いさんが掃除をしていた。
名前をメリーと言ったかな。
40前後の子育てが大体終わったという女性だ。
家は手広く商売をしていて、父も母も兄弟も揃って仕事をしているために家の事がおろそかになると言うことで一人だけ通いで家事をしてもらってる。
べつにメイドってほどのものではなく、日本で言えば家政婦さんってところだ。
一応服はシャツと紺色のスカートを数着渡しているが制服ってほどでもない。
なんなら私の服とさして変わらない。
敢えて言うなら私の服のほうがフリルが多いかな…ってくらいだ。
「おかえりなさいませ、セイラ様」
まぁ、喋り方とか態度は雇用主家族としてわきまえてるんだけど。
「ただいま、メリーさん」
「後でお部屋にお茶をお持ちしますね」
「ありがとう」
いつもどおりの会話だ。
セイラはほぼ毎日この会話をしている。
セイラはメリーさんの入れたお茶が好きなようだ。
やたらメリーさんにお茶、お茶言ってる記憶がある。
味の記憶があるにはあるが、そんなに美味しかったかなぁ。
自室にはいるとカバンを机の横のフックに引っ掛けるとソファに腰掛けた。
ソファと言っても綿はへたっていて、基礎部分の木の硬さをしっかり感じる。
日本のビーズクッションとかスプリングの入ったベットやソファが懐かしい。
こっちの世界のベットやソファは薄い布団みたいな感じだ。
そうは言っても農民や貧民はもっと薄い布で寝てるし、ソファなんて持ってないだろうし、これでも贅沢なんだけど。
座って馬車で傷んだ体を休めて自室を見回してみる。
明かりはオイルランプだし、家具はさほどないし大きくはない。
唯一すごいのは備え付けのウォークインクローゼットかな。
謹慎中に部屋は見て回ったが、3畳くらいのウォークインクローゼットがあって、片面は服がかけられるようになっていて、もう片面は棚になっていた。
私、セイラのガラクタも木箱に詰まって入口側の足元にあったけど、それ以外は貴族に会う用の服や靴やアクセサリーなんかが揃えられていた。
確かに年に数回はパーティなんかに参加した気がする。
ほとんど食べるだけで終わったけど、贔屓のお貴族様に挨拶して、親は「この子のつけているネックレスなどはどうですか?」とか言ってたから商売のデモンストレーションのようなことをさせられてたんだろう。
デザインはなかなか良いものだけど、石の質はそれほど良くはない。
お貴族様より良いものをつけるわけにいかないからね。
たぶん、デザイナーとか工房の試作品の数々なんだろう。
それ以外に特質したものはこの部屋にはない。
というのも本がまずない。
ウォークインクローゼット以外にあるものが、ベッド、二人がけソファ二脚、スツール二脚、ローテーブル、鏡台、ベッドサイドテーブルくらい。
ソファが二脚もあるのはすごいかもしれないけれど、昔使ってた客間のもののお下がりだ。
少々小さいので、他の部屋ではしょぼいし、古くなっていた。
この家は増築されており、客間と両親の仕事部屋と寝室は広く作られているが、子どもたちの部屋は元あった部分を分け与えられている。
元の両親の寝室だった部屋は姉が、子供部屋は2つあり大きい方を私が使っている。
兄は今はあまり家にいないので寝られる程度でいいと一番小さい部屋だ。
色々買い付けで走り回っているからね。
部屋にはウォークインクローゼットはないが、しっかりとした洋ダンスがある。
話によると私が産まれる前に増築をしたそうだ。
そんなことを考えていたらメリーがノックをして入ってきた。
お茶のいい香りがする。
緑茶とも紅茶ともちょっと違うフルーティな香りだ。
レモンのようなシトラスの香りも感じる。
匂いでやっとセイラの記憶のお茶の味が蘇ってきた。
「熱いのでお気をつけくださいね。」
そう言いながらメリーがローテーブルの私の前にお茶を置く、その後少し離れたところにティーポットを置くと少し会釈をして退室していった。
メリーを見送ってからカップに口をつけた。
美味しい。
これは美味しい。
味や色は紅茶のようで、その奥にやはり柑橘の気配がある。
砂糖とかはちみつのようなものが入ってるのか甘みもあるし。
給食のジュースも美味しかったけど、これはイケる。
何が入ってるのだろうか…。
そっとティーポットをとり、蓋を上げて中を覗くと茶葉とともにやはり柑橘のような果物が一口大程度にカットされて入っている。
茶葉まみれのそれを眺めていると名前が浮かんできた。
『ガラン』という名前の果実だ。
確か、温州みかんのように甘みが強く癖のない柑橘の果物で、コアナキア、特にこのサレンナ地区の特産品だ。みかんほど皮は柔らかくなくてオレンジのような見た目と大きさをしている。
ここら辺の特産品ってことなのかな。たぶん昼に飲んだジュースもこれだと思う。
ここら辺の特産品っていうとなんだろうか…。
芋とか、柑橘類な印象あるな。
ガラン以外にもいくつかあったと思うけど、今は夏だから皮が硬いガランくらいしか残ってなかったはず。
夏みかんと一緒で冬にできた果実が夏までもつという品種だったはず。
夏みかんは皮が厚いからもつみたいだけど、ガランは皮が異常なほど硬い。
食べるときも包丁でカボチャのようにゴリゴリカットする。
特にお茶菓子が出てくるわけでもないけど、このお茶だけでほっとする。
よかった。
日本から転生すると食べ物の格差がひどいけど、美味しいものも存在するみたい。
小麦粉やハムやチーズは存在するみたい。
ということは牛と豚はいるのかな。
馬車の馬みたいに姿かたちは多少違うかもしれないけど。
小麦粉あるならスイーツとかもできるのかな。
そういえば、セイラはケーキのようなものは食べたことがない気がする。
クッキーのようなものは食べた記憶はあるけれど。
あれ?でも砂糖は貴重品なんだろうか。
確かに昔は砂糖や塩なんかの精製しなきゃいけないような調味料は貴重だったと聞いた気がするな。
特にここみたいに内陸で温暖とは言えない地域だと塩も砂糖も貴重かも。
なるほど、セイラの知識でもこうやって考察すればある程度のことはわかりそうだな。
メモが欲しい。
まず紙がないのが辛い。
うちにはメモ用に木札と正式な書類用に羊皮紙が保管されているけれど、商売に使ってるものだから気軽に使えるのは書き損じの木札くらいだ。
書き損じでも表面を削って使えるのだけど、ちょっと手間がかかるから忙しくて放置されているものが多い。
時々セイラもお手伝いとして木札削りをさせられてた。
ちょっと直すだけなら小刀や彫刻刀みたいのを使うんだけど、再利用するには全体を削った方がいいしガタガタしにくいからかんなのようなもので削る。
数枚ちょろまかしてこようかな。
あ、でもインクも貴重なんだった。
黒板に石筆の方が安いかな。
いや、待てよ。
手に入れるも何も黒板ならクローゼットの雑貨入れた箱のなかにあるな。
親に数年前の誕生日にもらって散々落書きして遊んでたら石筆は無くなった。
親に言ったら落書きじゃなくて文字の勉強に使うためにあげたのにって呆れられて石筆は有料だと言われた。
あの親ちゃっかりしてるけど、お小遣いなんて少額しか貰ってないんだから買えるわけ無かったんだよね。
姉や兄に相談してみようか。
姉はちょっと厳しいけど兄はかなり私に甘い。
明日か明後日くらいには兄は中央からの買付から帰ってくる予定だ。
さて、それまでの間に少々家捜しでもしよう。
私はお茶を飲み干すと立ち上がった。




