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意天  作者: 安藤 兎六羽
三章 悪神
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二十四、朱蝶VS≪相柳神≫

――≪相柳≫は、六つの首がそれぞれ六種の祝詛を上げながら、三つの首が身体を操るんだよ――



 十三女の言葉を思い出しながら、俺は≪異気≫をコントロールする。

 まずは、平面に近くしてどんどん拡げて行く。



――うちらが争った時は、首の数は五つだったの。もっと前に誰かが潰してたみたい。……今回は、うちらが≪相柳≫と争ってからまだ三百歳。だから、蘇ってる首は多くても四つだけだと思うよ――



 触れた。こんなにデカい≪異気≫、≪相柳≫ぐらいしかいねえ。

……俺が≪異気≫を拡げた範囲に長双さんの姿が無い。どこだ? 長双さんが、そんな簡単にヤラれるわけねえだろ?



――≪相柳≫が最も得意とするのは≪かん≫――水の祝詛。次いで≪≫――沢の祝詛だよ。それらの祝詛は強いし、速いよ。≪相柳≫が多くの水を遵える事が適うから――



 とりあえず、ここまでだ。

 なんか、幾つか≪神気≫に触れちまったみたいだけど、しょうがない。

 もしかしたら、長双さんは相手の≪異気≫の範囲に潜伏してるのかもしれないし。

 相手の≪異気≫の範囲内はさすがに探ることができない。


 俺は拡げた≪異気≫を自分の身体へと集める。≪異気≫は拡げすぎると、末端でのコントロールが難しくなるっていうのも、ここ二日ほどで気づいたこと。

 準・物質とも言える≪異気≫には、ある程度、物理法則が作用するみたいだし、こっちの≪意≫の伝達速度の問題もある。単純な命令は速く、複雑な命令は作用するのに時間がかかる。

……今回の作戦の第一段階はその性質を元に立てた。ツァン師匠と、四姐から太鼓判も押して貰った。



――≪相柳≫の視界に入ったら、気を付けて。あいつはうちら姉妹と違って眼が良い。狙うのも巧いよ。かといって近づくと、膚に融かされる。唾液や血には特に気を付けて。四姐でも危ないんだよ――



 俺は≪異気≫で身体を強化すると同時に、残った≪異気≫を凝縮する。

 そして、それに流れ・・をつける。俺の身体を中心に回転させるんだ。

 準・物質の≪異気≫の竜巻を作り出す。周囲の木々まで薙ぎ倒されてしまうのは頂けないけど、これで≪相柳≫の遠距離射撃を無効化できる可能性は高い。



――≪相柳≫が好むのは、接近する事だよ。それで、こちらを殴りながら祝詛を上げて、攻撃しまくって来る。ある程度、身体が傷むと治しながら殴ってくるよ。兵器は使わない。ひとの半身と、虫の下半身で打ってくるんだよ――



 虫っていうのは、爬虫類のことらしい。相変わらず、こっちの世界の≪神≫ってのはふざけたデザインだ。

 その化け物の≪異気≫が、俺の凝縮された≪異気≫に触れた。相手の感知システムは主に眼と≪異気≫による触感だ。

 俺は俺の≪異気≫の一番外側を硬質化するまで凝縮して、こちらの≪異気≫の回転が悟られないように気をつける。


 俺の≪異気≫の回転は内側に行くほど高速になってる。

……巧く、相手の音速の弾丸を捕えることができりゃイイんだが。


(おそらく、適うだろう。案じるな)


 ツァン師匠の励ましに、俺は気合いを入れ直した。



――三百歳前は、≪竜帝≫が≪烏号≫……≪黄帝≫の帝器を用いて、矢を放って討ち果たしたけど……。それに蘇ってそれほど時が経ってるとは思えないから、力も満足に集められてないと思うけど……――



 それでも、今の四姐の半分くらいは、持ってると思う……あんな攻め方出来たくらいだから。

 そんな十三女の言葉通りなら、その力は幽霊にして十万人ぶん。今の俺の1.5倍近い。しかも、俺は今むちゃな≪異気≫のコントロールでさらに力を消費してる。


 それに、俺にそんな飛び道具は無い。

……だから、俺は相手の攻撃を利用する。



――本当に御独りで? 尚めが付き従う事をお許し下されないのですか? ――



 よぎったのは尚の声。

……尚じゃ、いざという時逃げられない。だから、俺はココに独りでいる。

 ≪異気≫のコントロール方法が大きく改善された結果、今の俺なら≪相柳≫の感知範囲からも逃れることができるはず。

 それは、≪相柳≫と闘ったことのある、十三女と四姐の観測だから間違い無いはずだ。



――ちょっと、長双さんの行方を訊いて、すぐに離脱しますから……――



……あの時、俺はちゃんと笑ったはずなのに、尚の顔はどこか引き攣ってたなあ。

 四姐なんか、無事に帰って来いよとか言いながら、爆笑してたって言うのに。


 今頃、尚たちは国都に到着してるはずだ。四姐と十三女のキズをヒーリングを使える巫女さんに治して貰ったら、すぐに戻って来るって言ってたけど。

 龍とおひい様と玲華ちゃんは無事だろうな。ちゃんと≪相柳≫がこっちに向かって来てるってことは、時間的に考えても南鄙を襲ってたとは思えない。



(来たぞ)


 ああ、わかってるさ、師匠。敵の初弾だ。これでこの作戦の第一段階の成否が決まる。

 無理だったら、即退避。


――衝撃。俺の≪異気≫の硬い外殻を破って弾が≪異気≫の中に入ってくる。

……無事に巻き込めた。


(続けるぞ。≪相柳≫の≪異気≫を断たぬように、外殻の穴を塞げ)


「了解です」


 俺が穴の開いた部分を固めてると、また相手の攻撃――


(此度は三つ同時だ)


――着弾。問題無い。さっきと同じように俺の50メートルほどの≪異気≫の竜巻に巻き込まれてる。

 俺は開いた穴の補修作業。


(多い! どんどん来る! およそ六十、まだ増える! ≪相柳≫とやらも近づいてくるぞ!)


「マジかよ! ――師匠、予定通りに――っ!」


(心得ておるわ)


 師匠には、部分的に≪異気≫を預けて、ひとつお願いしてることがある。そっちは師匠任せだ。

 こっちはこっちでやることがある。竜巻のほうは問題無いけど、外殻のほうが追いつかねー。


(内側を緩めるなよ! 緩めれば貫かれるぞ!)


「わかってますよ!」


――想定外。でも、対応可能。

 感知と『オペレーション・オメガ』は師匠に任せて、俺は≪異気≫のコントロールに専念。


 穴開けられては、埋める。開けられて、埋める。……単純作業に没頭してると、作業効率が向上していくのがわかる。



『――見られている』


 ぽつり。そう言った、蛟の言葉に俺は眼を凝らした。



――いた。

 そいつの周囲のすべてが煙を上げながら、崩れ落ちていく。近づく距離。

 煙の中に浮ぶ異様な姿が俺の眼でもわかるようになった。



――纏め上げられた髪に、冠を載せてる。それが三つ。頭が三つある。ふつうの人の倍ぐらいありそうな広い肩の上に、ふつうの人間大の頭部×3。

 それだけでも異様なのに、なぜか真っ黒な鎧を着てる。特注なんだろうか? あの広い肩幅に合う鎧なんてあるわけ無いし。その前に、ふつうの材質なら融けちゃうでしょ。

 広い肩からは長ーい腕が垂れ下がってる。しかも片側に二本ずつで、計四本。


 鎧の下からは、剥き出しの蛇みたいな蛇腹の腹が見えてる。それは蛟の母ちゃんよりはちょっと細いぐらいだけど、やっぱり蛇にしては太すぎる。アナコンダなんて目じゃない。

 その長い下半身を引きずって、≪相柳≫は俺の≪異気≫の直前で停止した。


……三つの人間の顔は、それぞれ右から二十代くらい、三十代くらい、四十代くらいに見える。

 しかも全部似てる。一番右の顔が齢取ったら、左側に並んでるふたつの顔みたいな見た目になるんじゃ無いか?


 一番左側の顔の口が動いた気がした。なんか喋ってんのか?



――だけど、俺はそのさらに左側、広い肩に生えたみたいなそれ・・に目を奪われた――


 剣――

 しかも、ちょっとだけ見える刃の腹には、どこかで見たような血文字がのたくってる。


――それだけじゃない。それだけだったら、俺はこんなに動揺しなかった……。

 柄。剣の握り。そこは、未だにその持ち主のに、握られたままだった――


…………右手だけ・・・・に――



「――てめぇ、長双さんはどこだっ!!!」


 50メートル先の相手にちゃんと言葉が届くか、なんてこと考えて無かった。

 叫ばずにはいられなかったんだ。

 同時に、俺は自分から≪異気≫の外殻に穴を開ける。≪相柳≫に向けて。

 ついでに、≪異気≫の竜巻の流れに僅かな角度をつける――


(――待て!)


 いいや。待てない。こいつはココで殺す。

 ゆがんだ竜巻が、俺の身体まで巻き込んで少し皮膚を裂いた。でも、俺の身体は四姐レベルまで強化されてる。

 大してダメージを負うわけでも無い。


――発射される黒い弾丸たち。その数は百以上。その速度はたぶん音速を越えてる。

 一瞬、50メートルなんて一瞬だ。

 それに比べて、紐状に伸ばされた≪相柳≫の≪異気≫。


……なあ、お前の≪意≫が、紐状の≪異気≫の先にある弾に届くのはいつ・・だ?


 俺が撃ち返した弾丸が、散弾のように≪相柳≫とその周囲一帯に襲いかかる。

 舞い上がる白い蒸気と、土煙。

 俺はそこに向かって一足跳びに駆けていく。俺の≪異気≫の竜巻が、俺を巻き込み、周囲の物質が融けて上げる蒸気と土煙を吹き飛ばす。



――なあ、お前の身体はなんでも融かすらしいけど、それって調節してるんだろ? じゃなきゃ、地中に埋もれて行っちまうもんな?


 俺は、眼前の悪神に冷笑を投げる。

 そう、こいつはたぶん、攻撃する時だけ融かす――酸だか、腐食させてんだか知らないけど、その能力を強めてるはずなんだ。

 だから、普段の身体自体の融解させる力はそこまで強力じゃ無いはず。もしくは、部分的に強めたり弱めたりできるとか?


――だから、三百年前は飛び道具が有効だった。


 感知外から、融解能を活性化させるよりも速い速度で飛来する矢に、≪相柳≫は対応できなかったんだ。

 その≪烏号≫って弓が放った矢がどれほどの速度かは知らないけど、自分の攻撃を食らってアワ食って、さらに俺の≪異気≫の竜巻に巻き込まれないように必死の、今の≪相柳≫に俺が走るスピードが捉えられるか?


 俺は長双さんのものだと思われる手首と一緒に、肩口の剣を握った――

 そのまま力任せに、相手の左肩を下へと切り裂く。左側の腕を一本、切り落とした。


 ≪相柳≫の≪異気≫を押しやって俺が拡げる≪異気≫――緩まっていくその渦の中、長い二本の右腕で俺の身体を抱き込もうとする≪相柳≫。

 俺は相手の鎧を蹴って離脱。高密度の≪異気≫の竜巻は止まってるぶんにはイイけど、自分も動いてる時には頂けない。

 動くたびに微妙に中心がズレて、俺まで微妙にダメージを受けるし、一度竜巻にまでしちまったら急には止められないからだ。


 一度、距離を取って、また突っかける。


(朱蝶! 思うたよりも力が多い。ざっと二十万と言ったところだ!)


 ツァン師匠の報告。そう、相手の≪異気≫があると師匠でもエネルギー量は量れない。

 そして、相手の≪異気≫を剥がして量ったエネルギー量は十三女の予測の倍。どこかでエネルギーを集めたのか?


(貴様の力は残りおよそ二万だ!)


 思ったらより、減りが早い――



「≪水帝≫の御名において奉る。老陰が元に少陰を滅し、老陽が元に少陽を滅す――」


 右側の頭のひとつが呪文を唱え始めた。同時に――


よろこべ、よろこべ。付き連なれ――≪≫――≪沼澤しょうたく≫」


 左側の頭がそう唱え上げる――


――ヤツの身体を中心に何かが広がったと思うと、足許に抵抗がなくなる。

 俺の身体が水に沈む――マズ……。



『――ふん!』


 瞬時に俺の両脚が竜と化す。そして、水面へと浮かび上がった。

 まるで地面に立ってるみたいな感触だ。


 今や大地は、ヤツの身体を中心に半径50メートルほどの池と化してる。

 速いとは聞いてたけど、ここまで詠唱が速いとは思わなかった。


 そして、敵の身体が淡い光に包まれ始める。創癒の呪文――


「蛟、近づけ!」


『言われるまでも無い』


 水上を駆ける俺の両脚。

 ≪異気≫で強化できないから、機動力は若干落ちたけど、それでも充分な速度。



(朱蝶! こうなっては致し方あるまい。次へと遷るぞ!)


 ツァン師匠の声。


「お願いします!」


 俺は剣を振り上げながら、俺の中の三人の巫祝に向かってそう言った。


(畏まりました。……太極は陰。陰は老陰。万物は地より出る。無彊むきょうに合せし厚徳こうとく載物さいぶつに限りなく……)


「……『坤元こんげんは極陰にぐ。≪神怪≫、≪朱蝶≫の名において命ずる――≪坤≫――≪地扉ちひ≫』――」


 俺が翳した右手の先、≪相柳≫の身体の下から四角い地面が池の底から浮上する。

 そうして中央で折れ曲がると、≪相柳≫の身体を両側から「ばたん」って感じで押し潰す。

 ≪相柳≫は一本の左腕と、二本の右腕でそれを支える。


 左側の首が呪文を唱える――


「――溢れ、至れ。押し流せ――≪かん≫――≪滾水こんすい≫」


 その呪文を唱え終わるのと、俺が右側の首の口に剣を突き立てるのはほぼ同時だった――

 ≪相柳≫が周囲の池から集めた莫大な水流に押し流される俺――だけど、回復役の首を仕留めた――



「……≪神怪≫がぁ!!」



 中央の頭が吠えていた――

 俺はその顔を、睨みつける。



ごげぼごがごぼごばてめぇがさきだろうがっ!!」


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