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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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十九、朱蝶、己の罪を数える



「そもそも、ムーの子らは≪雷名≫どのを見損なってるんだよ」


 声のほうを見れば、シャンばあさんが地下から上がって来たところだった。

 そういや、前回も地下から上がってきたな。


「シヴ・シャン様も≪巫姫≫どのの案を支持されるというのか?」


「おや、ニュウ族のノンよ。ほとんどお前の望み通りじゃないかね? 何が不満だと言うんだい?」


 ノンさんが口をへの字に曲げる。「ぐぅ」の音も出ない、ってやつかな?

 彼女にしてみれば、自分の味方をしてくれる夫の幽霊がいて、ライバルたちの行動が裏目に出ている、今がチャンス!

……みたいなこと考えてたんでしょう。なんでココまで強硬的だったのかはわかんねーけど。


「お前が気張らんでも、ニュウ族は良い≪ダオ≫を寄せる。この邑には欠かせない者らだよ」


 なるほど。シャンばあさんのお言葉に納得。

 ノンさんの猛烈さは、一族の今後の地位向上の為ですか。気丈だねえ。


「……シヴ・シャン様は我らも折れると思っているのか? ≪鼻削ぎ≫を赦すとでも?」


 ブリョウがシャンばあさんに噛みついたけど、やっぱりどこか覇気が無い。


「呆れた若造だねえ。……いいかね、ブリョウ? ≪ダオ≫どのは戦士なのさ。それもとびっきりの戦士さね。ムーの英雄、≪カー≫に勝るとも劣らない。お前にその理由がわかるかい?」


「我らの英雄に≪鼻削ぎ≫が並ぶだと? 本気か、シヴ・シャン様?」


「ああ、本気さ。さあ、ブリョウ。応えるんだ。戦士とはなんだね?」


「……戦士とは、祖の矜持を誇る者だ。そして、力無き者を守る者だ」


「それで、半分。もう半分要るのさ。……お前は、そいつがわかって無い」


 ブリョウの答えにシャンばあさんは首を横に振ってそう言った。

 ブリョウは納得がいかないらしい。


「何が足りない? 何が足りぬと言われる?」


「お前の親父に訊いてみな。……おい、人妖どん。≪ファン ツァン≫はまだ居るだろう?」


 誰? あ、ブリョウの親父?


(……シヴ・シャン様に伝えてくれ……)


「……『戦士とは、己を折らぬ為に積み重ねる者。技量を、膂力を、歳月を積み重ね、その先に己を見出す者』……だそうです」


「……ムーの、ファン族の、矜持や弱者など二の次だと? 父上はそう言われるか?」


「違うね。ツァン――ムーでも特に≪ダオ≫に愛された戦士は、そんなことは言ってない。ツァンが言ってるのは、戦士とは結局、己の為に闘う者だと言う事さ」


「己の……為?」


「祖を誇るのも己の為。敵を殺すのも己の為。老幼を守るのも己の為。――そして、それをぜーんぶ己の背中で担う者を戦士と呼ぶのさ」


 シャンばあさんの言葉にブリョウは沈黙。

 そして、俯いた。


(……まったく、シブ・シャン様は世話を焼き過ぎる……そのような事、戦士たらんとする者ならば己で見出すべきなのだ……)


……えーー? でも、ツァンさんだっけ?

 アンタ、俺ん中で「己の仇を討て!」って怒鳴ってたじゃん?


(ファン族の元族長たる己がそう言わねば、同胞が悪い≪ダオ≫になる。……今はもう、彼らも≪精霊トゥアム≫の下へ還ったがな……)


 ああ、そういうモンなんだ?

 族長としてのお役は御免で、ただの戦士とやらに戻った、ってことなのかな?


「ロウも良くお聴き。いい齢して人妖どんを利用しようなんぞ、若い頃のお前ならそんな事は考えなかったろうに!」


「……シャンの言う事はいちいち耳に痛い……」


「ブリョウもだ! ムーの戦士のつもりなら戦士らしく、仇がどうのなんぞと言わずに、己の為に≪雷名≫どのに挑んでみりゃあ良いものを……」


 ブリョウが唇を噛みしめてる。

 悔しそうだなあ。


「いいかね、ムーの子らよ。≪雷名≫どのは良い≪ダオ≫に『これでもか』ってくらいに好かれてる。紛れも無い戦士だからだよ! ……その証拠に、あの男はツァンの事も憶えてた」


「≪鼻削ぎ≫が? 父上を?」


(…………)


「ツァンと≪雷名≫どのは名乗り合って、闘ったそうだ。地下牢に入れた翌日に聴いたのさ。……≪ダオ≫が喜んでるから、おかしいね、なんて思って噂の≪雷名≫の極悪面でも拝んでやろうって地下に降りたアタシに、≪雷名≫どのは申し訳なさそうに、こう言ったよ。


――≪ファン ツァン≫という者の遺族が居たなら、伝えて欲しい。彼は強かった、と――


ってね。……この邑の≪ダオ≫が喜んで受け入れるはずさね」


 ブリョウも、俺の中のツァンさんも一言も喋らない。

 ブリョウは愕然として、ツァンさんは……満足げ? なのかな?


「あの男は、言い訳なんか一回たりともしないんだ。それどころか、自分から首を差し出してる。――あれほどの戦士を無抵抗のまま殺したとあっちゃあ、ご先祖に顔向けなんかできやしない!」


「だから、儂は≪雷名≫どのを公国に返還しようと……」


「ロウ! あんたは頼る相手を間違えたのさ! ……何度も口を酸っぱくして言ったじゃあないか? 頼るなら、そこの兇暴な≪巫姫≫でも、柔弱なお前さん自慢の婿なんかでも無くて、百人前の立派な戦士の≪雷名≫長双だ、って!!」


 今度はシャンばあさんがコワい。

 ちょっと的を射てるだけに余計に厄介だ。


 確かに、おひい様は身内以外には果てしなく兇暴だ。

 龍は仲間を守る為なら幾らでも身体を張るけど、自分の命以外を賭けることになると果断さに欠けるトコがある。


 ほら、おひい様は「へっ!」みたいな顔してるし、龍に到ってはデカい身体を萎ませてるもの。

 特に今回、龍は板挟み状態だったわけだし、シャンばあさんもそこまで言わなくても……。


「それをあろう事か、心の、もんのすんごおく弱ぁい、人妖どんなんぞに頼ろうなんて、愚中の愚ってモンじゃないか!!」


……そう来るか……。

 いや、否定はできない。できるはずが無い。

 その通り、俺はヘタれだ。……だけど、兵器扱いされて既に心に傷を負った俺のそのキズに、わざわざ塩を塗り込むことは無いんじゃなくて?


「いや、儂とてだなあ……そこまで朱蝶どのを信用しておったわけではなくて、あくまで龍の力を頼んでの事であるし。……龍とて頼り甲斐のある男だ。此度も≪巫姫≫と我らの間に巧い事……」


 待て! 待てよ、ジジイ! お前はせめて俺のこと庇えよ!

……泣くぞ! 俺、泣くぞ!


「――結論は出たじゃろう?」


 おひい様が不機嫌そうに言い放った。

 そのまま、車座の輪の真ん中を突っ切ってスタスタこっちに歩いて来る。


「……そなたらも出るぞ。あとはムーの糞婆あに任せる」


「はい! おひい様」


 尚が即座に立ち上がるとおひい様に付き従う。

 龍はロウと一座に向けて一度、頭を下げてから立ち上がった。

 俺も龍を真似てから、そろそろとおひい様の背中を追う。


「≪竜眼≫の≪巫姫≫よ!」


 シャンばあさんの声に、おひい様が歩みを止めた。


「……この老骨より、皐公国最高位の巫祝たるそなた様に御礼を申し上げる」


 おひい様は頭を下げるシャンばあさんを振り返ると、実に珍しいことに会釈し返した。


「礼には及ばぬ、≪ムーの巫女≫よ。……いや、ムーの言葉の≪意≫そのままに、≪精霊トゥアム≫へと≪仕える者シヴ・シャン≫、とお呼びするべきかな?」


 シヴ・シャンって名前じゃ無いんだあ……。

 俺のご主人様は博識であらせられる。


「どのような呼び名であろうとも。……そなた様に≪精霊トゥアム≫の加護があらん事を……」


 祈るように手を合わせるシャンばあさんの言葉にひとつ鼻を鳴らすと、出口へと向かうおひい様。


「そのようなもの、妾には無用じゃ!」


 そんな一言をシャンばあさんに背中を向けながら残して……。



――おひい様、カッケええ!!


……って思ってたら、出口のとこで躓くおひい様。

 いや、段差なんてほとんど無いんすけど、おひい様?


 あ、尚を見た。尚が目を逸らす。龍と俺を見た。尚に習って目を逸らす。


「……獣の毛皮なぞ、刈ってしまえばよいものを……」


 ぼそり。そんな負け惜しみを口にするおひい様。


……締まらねえ。……なんて締まらねえんだ。

 そういや、おひい様の叔父さんの推オジサンもどこか締まらない人だった。


 これも血筋というヤツなのでしょうか?




 ―――




 さて、ムーの人たちと長双さんとの因縁には、なんとなく見通しが立ちそうではあるけども、俺の本番はこれからだ。

……しかし、無駄に心のキズを抉られる会議だった。


 だが、今はそんなことを考えてる場合じゃない。


 おひい様と尚の借りてるらしい家に案内された俺は、敷居を跨いだ瞬間に土下座した!

 そう、いつか練習したジャンピング・土下座だ! 今回も難なく決まったが、やはりこれだけでは足りない。


「おひい様! ご主人様に逆らってすみませんでした! これからは心を入れ替えてお仕え致します!!!」


――頼むから赦して下さい!!


……額を床に埋めてる為に、真っ暗な俺の視界からはおひい様の表情は窺えない。

 だけど、そのおひい様から冷徹で静かな笑いと、声が降って来た――



「朱蝶、その心がけは殊勝と褒めて遣わそう。――じゃが、今ひとつ何を謝罪しておるのか妾には判然とせぬなぁ。……そなたの罪を、その口で数え上げよ……」


 瞬間、俺の身体中の汗腺が開いた。

 冷や汗が流れ出し、俺の身体の熱という熱を奪っていく。――俺のご主人様はお怒りだ!!


『…………』


 相変わらず蛟が震えてるぞ!


「ひ、一つ……この村で初めて目覚めた夜に、おひい様に逆らって身の程も弁えずお暇を願い出ました!」


「……あったのぅ。次は?」


 あれ? コレ、逆にヤバいんじゃない?

 俺の暴挙を思い出しておひい様の機嫌が悪くなるんじゃない? ――いや、ここはおひい様が考える、俺の全ての罪を謝罪することでお赦しを頂くほか無いのだ!

 思い出せ! 俺! 働け! 俺の何色かわかんねー脳細胞!!


「二つ……感情に任せておひい様を脅すようなことを申し上げてしまいました!」


「……続けよ」


「三つ……――」



 俺は数えた。自分の罪状を数え上げた。

 これは既に拷問だった。どんどん冷たくなって行くおひい様の声音――おそろしい!!

 もう、この身体の震えが蛟のものなのか、俺のものなのかわからない!!


 しかも、罪状を「数え切った」と思っても、おひい様から「次は?」の声がかかる。

……終わらない! 恐怖の時間が終わらないんだ!! シーシュポスだってこんな不条理に耐えられるわけがねえ!!!



「三十六……さきほど、おひい様が躓いた絨毯の毛皮を事前に刈っておくことを怠りました!」


「……まだ、あるじゃろう?」


 なんだ? おひい様はどんな言葉を求めてるんだ?

 考えろ! 考えるんだ!! 俺の死にかけの脳細胞ども!!!

 さもないと、本当にお陀仏だ――


「う」


「う?」


「産まれて来てすいませんっしたあーーー!!!」


「違ぁわい!!」



――違うらしい。……終わった。

 ああ――俺はきっと、ココで死ぬ。

 溜息を溢しておひい様が立ち上がる気配がする。ヤバい。尚あたりにこの首を刈り取らせるつもりだ。


「……七夕じゃ」


 うん? 七夕がなんなんだ?


「そなたは、七夕の飾り紐の事を忘れておるか――っ?!」


 俺は思わず、顔を上げてしまった。



……何、それ? って表情を晒しながら――






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