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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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十七、≪白帝≫という≪神≫



 どうやら、俺が眠りから覚めたのは、俺と龍があのよくわからん≪大荒≫から生還した翌日の朝だったらしい。

 また、何日も経ってんのかな、とか思ったら大間違いだった。

 あのあと、気絶した俺をおひい様が治療して、長双さんが担いで帰ったんだって。

……しかし、欠損しちまった両脚や指を復元できるって、おひい様はマジ半端ない……。


 その長双さんがなんで地下牢から出ていたのかと言えば、あのシャンばあさんが口添えしたそうで。


――人妖どんと龍を救うには、≪雷名≫どのの力が要る――


 そんなことを言ったそうな。

 ムーの人たちの幾らかは反対したらしいんだけど、玲華ちゃんがキレて地下牢を破壊してしまったらしい。

 その時に出たケガ人が、俺と龍以外では、今回唯一のまともなケガ人なんだと。

……あの娘は怒らせないようにしよう……。


 で、長双さんは今もまた、檻も無いのに地下牢に引き篭もってしまったという。……長双さんも大概頑固だ。


 もうひとつ俺が疑問に思ってたことは、その長双さんとおひい様や尚がなんであの場所に居たのかってことだ。

 俺と龍が≪異界≫だか≪大荒≫だかに居たのは、体感時間にして十数分ってとこ。

 いや、下手すりゃ俺がパニくってた時間はそんなに長く無かったのかもしれないから、もっと短いはずだ。


 にも関わらず、長双さんも尚もおひい様も玲華ちゃんも、準備万端で俺と龍を待ち構えていた。

 いくら≪神格≫クラスが揃い踏みだからって、あの深い森ん中を十数分で駆け抜けられるわけ無いよね?



「……どうも、玲華どのの話によらば、己らは半日以上もあちらに居たようです」


 これまで歯切れよく俺の繰り出す質問を捌いて来た龍が、信じられない、みたいな感じでそう言った。


「え?」


「そう、己らが≪大荒≫に向かって跳んだのは朝で、出てきたのは夕暮れだったそうなのです」


 実際にはこっちで十時間以上が経過してたことになる。体感十数分の間に?


「……時間の流れが違う?」


 龍がゆっくりと頷き、そして口を開く。


「それに、あの≪声≫にございます。……あれは生者のものとも、いつか朱蝶どのの腕より発せられた亡者のものとも、まして朱蝶どのが鬼であった時とも異なる」


「龍にも聞えてたのか……」


 あの無機質な≪声≫――そして、≪白帝≫って言葉。


「……あっ!」


「朱蝶どの?」



――時は不可逆ではあるが、≪●≫は刹那を繋ぎ、ここ――≪崑崙こんろん≫の時は断たれておる――



 あん時とは逆だ。

 あの時俺は、一瞬の間にどうもこの世の南東から西の果てを往復して、さらにはあの≪白帝≫とか言うおじいさんと会話までした。

 今回、俺と龍は危うく「浦島太郎」になるとこだった。


「……朱蝶どの?」


 あのおじいさんは、あの≪崑崙≫とか言う場所も世界の果てだって言ってたのに、逆の現象が起こった。

 考えるに、あの場所が世界の果ての中でも特別なのか?


 あと、昨日聴いたあのおかしな声は≪二天≫とか言ってたような……。なんだ、それ? 宮本武蔵?

 しかも、俺はなんだかそれと間違えられて、攻撃されかけたみたいな……。


「――てか、そうじゃん! ≪白帝≫ってアレじゃん!! 神様じゃん!」


 あの≪五帝≫がどうたらこうたらの、最後の一人じゃん!


「……まさか、お会いになられたのですか?」


「…………えーと、……夢だと、思ってたんだけど……」


『…………』


 なんでか、蛟の不機嫌そうな沈黙まで聞こえた気がした。



――俺は語る。龍の胸が貫かれた時のことを。

 次の瞬間、俺が星々が軌跡を描く、雲の上にいたってことを。そこでなんか全身真っ白なおじいさんと話したこと。

 その人が≪白帝≫っていう人で、なんかそこは西の果ての≪崑崙≫って場所だとか、なんとか言ってたことを。

 で、こめかみを「トン」てやられて送って貰ったことを。……そして、そういや「トン」の前に……。



「……ねえ、龍? その≪崑崙≫って遠いよね? ……こっからどれくらいの距離?」


「はあ、……良くは存じませぬが、万里の彼方でしょうな。……公国国都より、中央の帝都まででも軽く四千里以上と耳にしますので」


 万里。……4000キロ以上? 北海道から沖縄越えてない?

……なんか泣きそうになってきた。


「…………俺、変なこと言われちゃったかもしんない」


「はあ?」


「…………なんか、≪白帝≫のおじいさん、会いに来い、的なこと言ってたような……」



 龍の驚いた顔よりも、凄まじい怒鳴り声が俺の頭を突き抜けた。


『――この糞餓鬼めがっっ!!』


――なんで、蛟がそんなキレんだよ?


『≪白帝≫だと? ふざけるのも大概にせよ! ≪円神≫にして≪獣神≫どもの≪帝≫ではないか?!』


 知らねえよ! んなこと言われたってわかるわけねえじゃん!!


『――よいか、≪白帝≫とは落日――日没を司る≪帝≫にして、≪王母おうぼ≫を頂点となす虎ども――≪獣神≫どもの上に在る!』


 いやいやいや、だからよくわかんないけど、エラいのね?

 それで、なんでキミが怒ってるの?


『虎ども――≪獣神≫どもは竜の宿敵だ! それでなくとも≪神≫などというものは、昨日の≪声≫の主にしても厄介だというに、選りにも選って≪白帝≫とは――』


「――待った!!」


「朱蝶どの?」


「あ、ごめっ。違くて。なんか蛟が頭ん中で、今ヘンなこと言ったのよ。……昨日の≪声≫の主が≪神≫だとかなんとか……」


 俺の説明を聴いた龍が眼を丸くしてる。

 蛟、ちょっと丁寧に説明してよ!


『……ふん。よいか、あれはおそらく皐山に御坐を持つ≪神≫の声よ。あの一帯は霧に蔽われておるから、近くではみとめ難いが、あの≪大荒≫の際は皐山の麓に当たる』


 じゃあ、何? あの≪気≫の壁みたいのが≪神気≫とかいうヤツだったわけ?


『あれはおそらく≪●≫の瀑布の下流だ。≪神≫とは≪●≫と上層において繋がっている。だから、皐山の≪神≫も手を伸ばしてきたのだろう』


 おう、またなんか聞こえない言葉が……。

 そういや、≪白帝≫のおじいさんが、俺はソレに「囚われてる」とかなんとか言ってたけど、大丈夫なの?


『なんだと? 貴様、何をおかしな事を言うている?』


 いや、俺がおかしいこと言ったわけじゃなくて、≪白帝≫のおじいさんがそう言ってたんだって!


『≪白帝≫ともあろう≪帝≫が、貴様如き騙るわけがなかろう! ならば貴様が騙っておるのだ』


 嘘吐き呼ばわりかよ!


『だいたい、何が聞こえぬというのだ? ≪●≫か? ≪●≫なのか?』


 おう、≪ソレ≫だよ≪ソレ≫! なんなの≪ソレ≫?


『よいか? ≪●≫とは≪神≫どもを繋ぐものだ。貴様は≪神≫では無かろう? そも貴様が≪神≫であったならどうしてそのように己が≪意≫を保ち得る?』


 いや、たぶん俺は≪神≫とかいうのとは違うけどさ。

……でも、そういや≪白帝≫のおじいさんも俺の≪意≫がどうとか言ってたな?


 あれ? なんかおかしく無い?

 だって、おひい様が前に≪ソレ≫の話してた時は、英雄の鬼だか幽霊だかが≪ソレ≫に捉えられて≪神格≫になる、って言ってたよ?


『間違ってはいない。何がおかしい?』


 だって、おひい様の話によれば≪神格≫って、生前の記憶とかその≪意≫ってのを保つって……。


『阿呆め! 貴様と≪神格≫どもは違うわ! くだらん。……そのような事よりも、どのように≪白帝≫が南沼と≪崑崙≫を繋ぎ、貴様を呼んだのかが気がかりだ』


 ば、バカにしやがって!

 だから≪白帝≫のおじいさんによれば、そのなんだかわかんねー≪ソレ≫を伝って俺が≪崑崙≫まで翔んだんだって!


『……何ゆえ、≪白帝≫は貴様如きを招き、そして帰したのかがわからぬ……』



「くそっ! 蛟め! アイツ、暫らく無視の刑シカトだ!!」


「喧嘩、ですか?」


 龍が俺の前で苦笑してる。

 まあ、俺がコイツん中にいたひと月ぐらいのことを思い出してんのかもな。

 つい最近のことなのに、いろいろあり過ぎてどうも、もっと昔のことに思える。


 フランス人のアンリさん辺りなら、「それはキミの意識の持続的時間を無理に分節しようとするからだよ」みたいなこと言いそうだけど。

 そういや「人間のイドには時間認識が存在しない」なーんて、アンリさんと同時代人のオーストリアの人は言ってた気がする。

 だから、人が見る夢ってのには現実に対応した時間軸が無いんだって。確か。


……そうすると、俺が今朝見た龍の両親の夢はどうなるんだろ?

 現代地球では、確か睡眠における情報の整理機能の余波が「夢」って話だったと思うんだけど。

 俺の脳は、どんな情報を整理する過程であんな夢ひねり出したんだ?



――ま、いっか! 考えてもしゃあない!

 ということで、俺は蛟との脳内会話を龍に説明。


「――その『白帝』様の事については姫様にご相談申し上げるべきですね……」


「やっぱ、エラい神様の言うこと無視したら、ダメ?」


 なんかあの好々爺こうこうや然とした≪白帝≫のおじいさんなら許してくれそうな気がするんだけど……。


「本来、ひとが≪神≫に祈りを捧げ願う場合でも、心の広い≪神≫ならば赦して下さるとも申しますが……。朱蝶どのは直接お会いになられ、その上、≪白帝≫様自らお手を下された、という事ですし……」


 なんか言いよどむ龍。何? 恐怖の宣言?


「……朱蝶どのが拝謁された≪白帝≫様がどのように見えたかは存じません。しかし、古伝に言う≪白帝≫様は苛烈な≪神≫でもあられる」


「苛烈?」


「≪白帝≫様が≪神≫に登仮されたのち、≪白帝≫様の養い子であられた帝が悪神に襲われたそうで。……その際、≪白帝≫様は星を降ろして、その悪神にてられたと聞きます」


 隕石ってこと? メテオ・ストライク? 何、そのアルマゲドーーン!!


「……あとは、≪風帝≫様の易法えきほう――巫術の根源ですな。それを修められていたというのですが、それを用いて≪四凶しきょう≫の≪神怪≫・≪窮奇きゅうき≫を産んでしまったとか……≪窮奇≫は千のひとの頭を食らったのち、当時の帝に北方に封じられたと聞き及びます」


 マッドな人なの? 遺伝子操作でキメラ的な動物創っちゃった、的な? しかもソイツが千人も人間食べちゃったの?



……俺の第一印象は、なんて当てにならないんだ!!

 頭を抱えてしまった俺に龍が引き攣った微笑みと伴に言う。


「……このくらいにしておきましょう」


「まだ、あんの?!」


「いえ、有名なものはこの程度です」


「……有名って……」


「ともかく、姫様には≪白帝≫様の事と、それと蛟どのが言われる皐山の≪神≫について伺いましょう」



 俺はもう、ダメだよ。龍。

 だって、こっちの世界に来てから会う人、会う人おかしーんだもの。

 極めつけが、身内びいきで隕石落としたり、モンスター創っちゃうマッドな神様って、どーよ?! 心折れるでしょ?

 しかも、そんな神様に助けて貰っちゃったから、遥々4000キロ以上彼方まで会いに行かなきゃいけないって、どーなのよ!?


 いや、おひい様に相談するまでもなく、会いに行かなきゃダメでしょ。

 だって、みんなで仲良く暮らしてたら隕石ドーーン! ……っなんてシャレにもなんないよ!



「龍どの、朱蝶どの? お目覚めですか? ……ロウどのがお二人をお呼びです」



 尚の元気な声を虚ろに聴いて、俺は龍に腕を引かれて立たされた。



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