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意天  作者: 安藤 兎六羽
二章 神
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五、身体の中の悪鬼




 待て待て待て。何それ?

 この俺が、長双さんを殺す?


……あ。そうか。


 俺の中の鬼――幽霊たちは元を辿れば≪ムー≫の人たちが圧倒的に多いはず。

 ≪ムー≫の仇といえば、≪雷名≫長双。だって、五年前の戦で最功労賞を貰ったのは長双さんなんだから。


 迂闊! 俺、チョー迂闊!!

 ちょっと考えればわかることだったのに、俺は何にも考えて無かった!!

 いや、でもあの時はああする以外なかったって気もするし。

 それでも、この俺があの優しい長双さんを殺すうぅ?


 無理無理無理無理……。

 あの強い長双さんを倒すなんて出来るかもわかんねーし、それ以前に、俺が長双さんを殺せるわけがねえ!




――俺の脳内に怒号が飛び交う。



(約を違えるつもりか?!)


(貴様は我らを謀ったのか?!)


(……慰めて損をした! お前なんぞ、狗に等しいわ!)




…………待て。

 なんだ、最後のヤツは?

 俺の心はまだ化膿中で完治にはほど遠いっていうのに、そういうこと言う?!


 俺の心のモヤモヤを無視して、脳内の幽霊たちの怒声はさらに勢いを増していく。

 もう、罵詈雑言の竜巻です。


 ん? 少し、声の全体的なボリュームというか、厚みというかが減っているような……。




『――鎮まれ!!』



 数限りなさそうな怒号を一撃で打ち消す大音声が俺の身体ん中に轟く。

 耳が「キーン」ってなる気がする。

 いや、たぶん、この声は俺の脳内でのみ響いてるはずなんだから、鼓膜を震わせてるわけではないと思うけど。


 大声を放ったヤツは、おそらくはこの身体に対する支配力が俺の次に強力なんだ。

 だから、声もやたらとデカい。


 そいつ――蛟は言う。



『有象無象の鬼如きが、何様のつもりか? ≪格≫をわきまえるが良かろう』


 元・神獣様の蛟にしてみれば、そういう感じなんだろうか?

 まだ不満気な幽霊たちに、蛟はさらに言う。


『朱蝶は既に多くの鬼を解き放ったではないか? うぬらの如き鬼がそのように≪意≫を保ち得るのも朱蝶が器を与えたからだというに』


 え、そうなの?

 あー、そういや前におひい様が、「鬼は一日足らずで妄執に囚われる」って言ってたような。

 確かに、俺ん中の幽霊たちは亡くなって随分経つはずなのに、なんていうか元気だ。

 あまつさえ俺を慰めてくれたりもする。


 しかし、俺はなんかした覚えなんかねえぞ。


『鬼が妄執のとりことなるは、己が妄執を納める器を欠くからよ。貴様はこの身を譲られた時に、確と誓いを立てて鬼たちに器を与えた』


 えーと、つまり、妄執――お願いを叶えるって約束したのが良かったってこと?

 それが器――受け皿になって、鬼の人たちは他のことを考える余裕ができたってこと?


 それがわかってたなら、お前が最初からやってりゃー良かったんじゃないのか?


『貴様がこの身に這入ってくるまでは、鬼どもが何を言うておるのかもわからんかった。……何より、竜たる蛟が鬼などと誓うなど出来るか』



……俺とは取引した癖に。



『…………』


 あ、なんか黙っちまった。

 いや、それはこの際、置いといて。

 とにかく、俺が長双さんを殺すなんてーのはあり得ない!


 ペットが飼い主の手を噛むどころの話じゃない!



……うん? また怒鳴り声が響くのかな、とか思ってたけど……なんか、こう黒々したモンが身体の奥から――



『――朱蝶、悪鬼となるぞ』


 え?

 蛟の声に俺は耳を疑った。というか脳を疑った。

 あれっすか、みなさん怨霊的ななんかになっちゃう感じっすか?

 本格的にアンデッド系モンスターに移行されるんですか?


『このままでは二の前だ。悪鬼一匹の力は弱くとも、この身の内には数千匹はおる。竜の身さえ侵す妄執だ』



 えぇーーっ!!



「――朱蝶どの?」


 そうだ、龍のことをすっかり忘れてた!

 俺は龍の眼の前で阿呆面ブラさげて、脳内会話に勤しんでたわけか。


――待て。待て待て待て。

 身体がなんか膨張していく。身体中にコブみたいなのが幾つも出てくる。――これはマズい!!



「……龍、頼む、おひい様を――」


「……ちょう、そう。ころして、くれる」



――声だ。

 俺の声じゃないし、ましてや龍の声でもない。でも、確かに空気を震わせるこもったような声。

 俺の声じゃないのに、確かに俺の身体から発せられた声。俺の右腕あたりから――


 なぜか無事な、震える左手で、俺は右腕の袖をめくった。


――虚ろな眼窩、盛り上がった鼻梁、ぽっかり空いた口。

 顔だ。俺の腫れあがった右腕に、誰とも知れない顔が浮いてる!


「きゃつの、はなを、削いでやる」


 俺の右腕の顔が、口をうねうね動かしてそう言った。

 気持ち悪っ!!



「――すぐに、姫様をお呼びします!」


 龍が顔色を変えて、部屋の外へと飛び出す。

 その間にも、俺が染み出す≪異気≫で必死に抑えてるのにも関わらず、俺の身体は膨張し続け、伸縮性の無い皮の着物をぱっつんぱっつんにする。

 さらに右腕にできあがった顔はだんだん流暢に語り出す。


「殺す、長双を殺す。我が同胞を殺し、遺体の鼻を削ぎし、憎い彼奴の、目を抉り、耳を千切り、舌を刻み……」



『……時が無い』


 わかる。勘の鈍い俺でもわかる。

 このままじゃ、呑み込まれる。コイツらマジやべー!!


 急に身体が変質してるせいか、めちゃくちゃ痛い!

 その上、なんか意識がぼやける! コイツらの膨張する感情――恨みに、溺れる!



『……朱蝶、折れろ。今なら、おそらく間に合う。長双とやらを殺すと誓え』


 阿呆か! アゴが外れて、口が裂けて、ベロを引き抜かれたって言うもんか!

 冗談でも、嘘でも、そんなことは言えねえ!!



『――ならば、この蛟が誓おう』


 は?


――右腕に浮び上がった顔が、喋るのを止める。

 身体の膨張も止まる。



『悪鬼如きと誓いを交わすなど、矜持に関わるが背に腹は代えられん』



(――まことか?)


 待て。


『朱蝶の代わりに、この蛟がその長双という者を殺そう――』


 待てよ。待てって!


(違えるな……その誓い違えるなよ……)


 待てって、言ってるだろ!!


『悪鬼如きが! うぬらと関わるなど本意ほいでは無い! ――そうだ、今だ』


 は? 何言ってんのお前?


『今宵だ。今宵、このような悪鬼どもとも縁を切ってくれる! この身を穢し、母までをも穢しし悪鬼どもを≪気≫へと還してくれよう!』


――蛟のその言葉と伴に、また身体が変質し始める。

 膨張したぶよぶよの身体の肉が、筋張って硬質で強靭な筋肉に。

 膨らんだ身体に張り付いてた皮膚が、だんだんと別れて堅くて鋭い鱗に。


――人型の竜。たぶん、今の俺の身体を見たヤツならそう言うんじゃないだろうか?

 俺の身体に生えた鱗は着物を破り、半裸状態の俺の右半身は完全に蛟のモンだ。


 辛うじて、人のままの左腕と頭を含めた左半身の二割ぐらいは俺の意志が支配してるけど、それでどうなる? どうすりゃイイ?!


『長双とやら――捕えられていた者か。今はあの地下の獄におるはずだな?』


 俺は自分の意識に従う左腕と首で、咄嗟にこの部屋の中央の太い柱に抱き付いた。


「だから、ちょっと待て! ――そうだ! 話し合おう? ね、そうしよう?」


『朱蝶! 見苦しいぞ。貴様の誓いを代わって果たしてやろうというのだ! 感謝しろ』


 頭の右側、首筋にまで鱗が生えて、俺の身体を柱から引き離しにかかる。

 太い柱がミシミシいってる。


「待てよ! 出来るか、感謝なんて! 逆に恨むわ!!」



「――朱蝶、か?」


 入口に龍と、おひい様が立ってた。


 キターー! 最高の援軍だ!!

 おひい様は姿が変わった俺に首をちょっと傾げながら、≪竜眼≫を解放する。


――油断。一言でいえばそれだけだ。

 俺はおひい様の姿を見た途端に、不覚にも気を抜いてしまった。



 蛟が支配力を発揮した俺の身体が、左腕を柱から引き離して、おひい様に跳びかかった――




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