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意天  作者: 安藤 兎六羽
一章 怪
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二十八、死闘(一)


 おひい様の操り人形ロボットと化した身体は、もの凄い速さで竜へと立ち向かう。

 勘弁して下さい!!

 俺はヘタれなんです。無茶させないでくだっさい!!

 そんな俺の思いはおひい様に伝わって無いらしく。


「ふたりは、朱蝶を援けよ!」


 なんて、尚と長双さんに指示を飛ばす、おひい様。



「心得ました!」


「お任せください、おひい様!」


 ふたりはノリノリでそれぞれ剣と斧を携えて、奔る俺の両脇を固める。



『朱蝶どの、行きましょう!!』


 龍まで乗り気じゃねーか!!

 あー、もう、竜のあぎとまで70メートル切ってるもん!


 やるっきゃねえ!!

――そう思ったら、急に身体が自由になった。

 なるほど。おひい様と俺の意志が一致したからか。


 あれ、湖から竜巻が立ち上ってませんか?

 なんか、こっちに向かって、森を断ち割りながら、俺たちが駆け下る丘の斜面と平行に伸びて来ませんか?

 うねうね進む竜の両サイドを通って、こっちに向かって来てるじゃない!



「朱蝶どのは真っ直ぐ! 尚どの、左を頼みます」


「はい!」


 阿吽の呼吸ってヤツなんだろうか?

 ふたりは軽くそう言い合うと、俺の両脇から進行方向の左右に飛び出して、それぞれ竜巻にぶつかってく。


 竜巻の孕んだ水しぶきが、俺の顔を濡らす中、まず長双さんが右側の竜巻を剣で、ほぼ一瞬で十字に切り裂いた。

 切り裂かれた竜巻が雲散霧消する。

 よく見りゃ、長双さんの握る剣の刀身の腹には、おひい様の血文字が浮いて紅く輝いてる。


 スッゲえな! と思って見てたら、今度は尚が左側の竜巻を横殴りに、力任せに、デッカい斧でひっぱたいた。

 ひっぱたかれた竜巻は、尚の斧が起こした突風に攫われてく。

 尚の斧の面積の広い刃にも、おひい様の描いたところの血文字が輝いてる。



 ふたりとも凄いんだろーけど、やっぱ、おひい様がスゲーのか。

 なーんて思ってると、竜巻で開けた、森の痕を竜――蛟がさらに勢いづいて登ってくる。


 蛟の頭部まで20メートルぐらい。

 たぶん、お互いに近づいてるから、この距離は一瞬だ。

 だけど、俺の思考は高速で廻る。


 身体、太ってえなあ、直径1メートルぐらいはありそうだ。

 顎もデカい。たぶん、人間なんか一飲みだろーね。

 そういやあ、こいつらって何食ってんだろう? こんなにデッカく成長するぐらいだから、よっぽど栄養価の高いものでも食ってんだろうか?

 この巨体を重力下で支えるっていうのも、神業レベルの所業だ。

 そう言えば「三停九似さんていきゅうじ」なんて言葉もあったっけ? たぶん、そういう特徴も全部備えてるんだろうなあ。



『今!』



 龍の言葉に俺は跳躍した――

 およそ10メートルほどまで詰まっていた、蛟との距離が4メートルほどの高低差へと変わる。俺が上で、ヤツは下。

 眼下に、おひい様に言われた、この獣の背部の鬣に覆われた場所――毛を透かして逆立った鱗が見えた。


――≪逆鱗≫だ。そこに、俺は自由落下しながら剣の切っ先を向ける。


 目が合った――


 蛟が視線で俺の動き――跳躍を追っていた。

 そして、真上から≪逆鱗≫に向かって落ちていく俺へと、鎌首を持ち上げる。

 真上――俺に向けられる牙の林。


 しくじった。俺は瞬時に、悟った。

 こいつはクレバーだった。単なる野生動物なんかじゃない。

 いや、野生動物だって賢いじゃないか。長双さんもそう言ってたし、俺も実際にそう思った。

 野生動物の上位互換の竜って獣が、そいつらよりも賢いのは当たり前か。

 俺が、同じように仕留めた巨大猪とは違ったわけだ。


 死の実感が俺を襲う。この世界に来て、何回目だろう?

 だけど、今回は違う――龍を巻き込んじまう。そう考えると、俺の身体に言いようのない震えが奔る。


 迫る獣の踊り狂う舌と、巨大な口を前にして、俺は龍に謝った。

 お前を死なせちまう――って。本当に、何を言ってイイのかもわかんねえよ――


 その時、



――蛟の開かれた顎が閉じた。

 それどころか、ガクンって感じで頭部が――首が下へと折れ曲がる。まるで頷いたみたいに。


 地面を見れば、神獣の身体の両脇にそれぞれ人影が立っていた。

 片方は獣の爪を巧く掻い潜って、もう片方は創を負いながら。


――長双さんと、尚。


 ふたりが、それぞれの武器で、獣の前肢の付け根――首の根本を真上にカチ上げてる。

 下からの強打に、さすがの神獣も項垂れる。


――項垂れた神獣――そのうなじの真ん中――≪逆鱗≫――逆立った鱗が、今にも寝ようとしてる。晒された皮膚を覆おうとしてる。


 防御反応なのか?


…………関係ねーよ!! ココでやらなきゃふたりが死ぬ! そんで龍も、俺も、おひい様だってお陀仏だろ!!



「うっおおお!!!」


 俺はらしくも無い、ときの声を上げた。気づけば肚の底から引きずり出してた。

 さっきまで身体を包んでた死ぬって恐怖――龍を死なせちまうって恐怖を払って、このデッカい生き物の命を奪う為に。



 そうして俺は≪気≫を纏う――

 ≪気≫を、あらん限りの≪気≫を纏う。

 ≪竜気≫とやらを貫けるように! この一刺しがコイツの命に届くように!!




――そして、俺の握る剣は、神獣の鱗を貫いた――でも、命を貫くには至らなかった。



 獣の身体中の鱗が軋んでる。俺は竜の首の真上で、剣のグリップを握り直して、回転させる!




 悪い! 俺が悪くて、お前は悪く無い! でも、頼むから死んでくれ!



 俺は願う。本気で願う。

 何かの≪死≫を、初めて、本気で願ってた。

――お前が死んでくれなけりゃ、俺たちの誰かが、俺の――



 暴れてもがく、蛟の前肢が尚を弾き飛ばした――

 俺はコイツの上から、尚が吹っ飛ばされる光景を見ることしかできない……。



「――頼むから、早く、死んでくれよ――」


 俺は情けない声を上げた。

 俺らしい、情けない声だと思う。

 でも、じゃないと誰かが死んじゃうんだ!

 尚だって、今ので死んじゃったかもしれないんだ――


――俺がモタモタしてるから。

 俺のせいでみんなが死ぬなんて、耐えられないんだよ!



 姑息な願いが通じたのか、神獣の身体の反応が急激に弱まった。


 俺はここぞとばかりに、剣を引き抜き、また刺した――

 止めだ。止めを刺さないと。コイツがまた動き出したら、手に負えるもんじゃないんだから!!



 何回も。


 何回も。


 何回も。


 何度も――



『――朱蝶どの!』



 龍の声が、頭の中で響いた。

――いや、何度も呼ばれてた気がする。


 気づけば、俺の全身は返り血で血塗れだった。


 手元を見れば、血でヌメる剣のグリップ。

 その下には、切り刻み過ぎてぐちゃぐちゃになった肉があった。


『……もう、大丈夫ですから』



 龍の言葉に全身から力が抜けた。


 ゆっくりと視線を巡らせれば、長双さんと、長双さんに肩を借りて立つ――尚の姿があった。

 尚の左肩には、鎧を引き裂いた大きな裂創があって、そこから血が流れて、左腕を伝ってる。


 持ち上げられてたはずの竜の鎌首は、いつの間にか地面に落ちていて、俺はそれに跨ってた。

 無様に跨って、ただの死肉を切り刻んでた――



「……すみません。取り乱しました……」



『大丈夫、大丈夫ですから』


 龍の脳内ボイスがやけに優しく聞こえた。


「本当に、すみません。なんかちょっとコワくなって……」


 自分の卑しさが、ホント、イヤんなる。


 自分のせいで誰かが死んじゃうのがコワくて、自分が死ぬっていうことよりも、なんか震えて。


『大丈夫、大丈夫なのです。朱蝶どのは見事に果たされました』


 龍はこんな俺にも、それでも優しい。


 こんなに無様な姿を晒したっていうのに。

 人の命を背負ったくせに、取り乱して。長双さんも、おひい様もすげぇよ。

……俺には、こんなプレッシャー耐えられねえ。


『朱蝶どのも立派でした』



……でもね、龍。俺はこういう人間なんだ。

 臆病で、何にもできなくて、すぐに諦めて、それでも何かに頼って、姑息な成功を願って、失敗すると他の誰かのせいにしかできない。そんな人間なんだよ?

 それでも、大丈夫なのかな?


 俺は龍の中に居てもイイのかな?


『大丈夫、朱蝶どのは、守りました。尚どのを、長双さんを、『巫姫』様を――己を。だから居ても良いかなど、訊かないでくだされ』



……あー、泣けてきた。


 考えてみれば、初めて、成功したのかもしれない。

 自分が思った通りに、何かをやるなんて一回もできたこと無かったのに。


 おひい様の、長双さんの、尚の、――何より、龍に頼り切りだったけど。

 俺の力なんか、全然関係なかったのかもしれないけど。

 俺は、今、泣きそうだよ、龍。


 一番大事なとこでヘマんなくて――みんなが無事で良かったあ!!



……なーんて思ってたら。


「朱蝶どの、どいてください。この尚めが、こやつの首を斬り取りますゆえ!」


「……はい」


 怒りに目を血走らせた尚が、右腕で大斧を振りかぶる。俺ごとたたっ切る勢いだ。

 ゴメンなさいね、名前も知らない竜さん。

 乙女の柔肌を傷つけたんだから、このぐらいは許してあげてね?


 俺はおずおずと、竜の屍骸から降りて手を合わせる。



「……じゃ」



 うん? なんか、声が聞こえると思ったらおひい様が手を振りながら駆け寄ってくる。

 おお、おひい様にも純真な行動が取れるんだなあ。



「まだじゃ!! まだ≪怪≫がおる!!」


「え?」


 俺は慌てて湖の方向を振り返ろうとした。


 でも俺が、自分たちの失策を悟った時には、もう遅かった。



 斧を振りかぶってた尚の身体が、俺の視界を横切って、坂の上へと飛ばされていた――



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