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意天  作者: 安藤 兎六羽
一章 怪
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十二、鍛錬の日々



「お待ちください、長双様!」



 長双さんの意味不明の発言群によって凍りついた時の中で、最初に声を上げたのは雪だ。



「なんでしょうか? 雪どの」


 微笑みと伴に泰然自若の長双さん。


「龍を養子にされるというのはともかく、南邑への道中を共にされるおつもりですか?」



 いや、待て雪よ。そこも重要ではあるけども、「養子になりませんか?」発言は十分にある一人の人生を爆発させる威力があるぞ。

 主に龍の人生を。そして龍の中にいる俺も巻き添えを食らう。



「さっきも言ったでしょう。私は存外、暇なのです。それに護衛役ならば私以上の適格者はいません」


「いえ、しかしですな……」


「閣下にもそのように、奏上申し上げました。ご懸念には及びませんよ、……それよりも、どうでしょうか、龍どの?」


 微笑みながら雪を一蹴した長双さんの獲物は、龍だ。

 最後に一撃当てたのが、そんなに評価されたんだろうか? 食らった長双さんにダメージは無さそうに見えるけど。

 龍も俺と同じ考えみたいで、左手首を擦りながら首を傾げてる。


「……光栄ではございますが、己ごときのどこが長双様のお気に召されたのかが。……あの体術が目新しかったのでしょうか?」


「なるほど。では説明しましょう。見慣れぬ体術は確かに興味深いものではありましたが、何より修正力ですね。相手の次の手を覚って、機を掴む。これは才です」


「然様にございましょうか?」



 龍はどうも納得いかないみたいだけど、俺は長双さんのその言葉に深く納得した。

 この人はたぶん、根っからの軍略家なんだ。

 さっきも「中策」とか「上策」って言ってたのは、個人の格闘戦を軍隊同士の戦闘に見立ててたからなんじゃないか?


 百五十人程度の兵隊で、敵の本拠地を落としたり、残酷な方法ではあるけど敵の士気を挫いたりできる長双さんは本物の天才なんだろう。

 そして、その天才が才能があるって認めた龍にもそういう才能があるのかもしれない。


 もしさっき、龍がバックハンドブローに向かって突っ込まなかったら、龍はノックアウトされてたはず。

 俺が龍の身体を使ったら、そういう結果になってたはず。

 瞬時の判断力とか、野生の勘みたいなもん、そして応用力と飲み込みの早さが、龍にはある。



(朱蝶どのの指図のおかげなのですが……)


 なんて龍は考えてるけど、そんなこたあない。

 俺の指示なんてあって無いようなもんだ。テキトーそのものだ。

 それに方法なんてものは、これから誰かに教えて貰えばいいだけの話だ。


 でもちょっとだけ寂しいような、羨ましいような。

 まあ、それ以前に鼻が高い。こう、なんでしょうか、身内を褒められた時みたいな。

 なんか違うけど、一番近い感想は「どうだ! 俺の宿主は! スゲーだろ!」だ。


 あ、なんか虎の威を借りまくってる気分。そのうち借り過ぎで破産するんじゃないかしら。



「龍どのには才がある。そして、私には経験があります。……恥ずかしながら、この齢にして嫁も貰っていない私ではありますが。しかし、だからこそ龍どのに遺せるものは多いでしょう」


「はあ」



 長双さんの勧誘は龍に響かない。龍にその方向の興味はほぼ無いらしい。

 財産とか、天然物の山育ちにとってはあんまり価値が無いのかも。……ちょっと勿体ない。



「……そうですね。私に子が出来たら、龍どのも不安でしょうし。こういうのはどうでしょうか? 万一、私に嫁が来て息子が産まれたとしても、我が家の家宰となって頂くというのは?」



 何を勘違いしたのか、長双さんは龍が将来の財産分与を不安視していると思ったらしい。

 違う、違うよ、長双さん。龍が今考えてるのは、今日の昼食のメニューのことだよ。割とマジで。

 食べ盛りだよねー。



「……光栄ではございますが」


 昼飯に思いを馳せていた龍が、はっ、としながらそう言った。


「そう、ですか……残念です」


 すんなり諦めてくれるみたいだ。良かった、と思ったのもつかの間。


「では、せめて私の教えを受けて下さい。その才は眠らせてしまうにはあまりに惜しい。もちろん、虞衡には用の無い事ばかりでしょうが、武術などは覚えておいて損はないでしょう」


 うわ、えげつねえ。っていうか大人気ねえ。


「……では、お言葉に甘えさせて頂きます」



 龍は不服らしい。まあ、確かに必要ないことを強引に教えられようとしてるんだ。そりゃヤダろう。

 まあ、俺としても龍がやりたいようにすればイイさ、ってとこだ。

 ぶっちゃけ、龍に必要ないってことは俺にとっては輪をかけて必要ないわけだ。


 しかし、長双さんはどこまで計算してたんだろう?

 最初に無理難題を言って、ちょっと折れる。平成日本ではありふれた手口だけど、きっとこの世界じゃ向かうところ敵なしだろうな。

 こえー、こえー。



「では、明日の夜明け前には、我が家に来てください」


「……は?」


 それはいくらなんでも早すぎるんじゃないか?

 だっていつも龍の起きる時間だよ? 宿舎からここまで、体感時間で三十分くらいはかかるよ?

 だが、長双さんは止まらない。


「朝餉もご一緒しましょう。そうだ、なんでしたら出立まで校を休まれてはいかがでしょうか。下手な老師に習うよりも、私が教えるほうがよいでしょう。いや、いっそのこと我が家に寝泊まりされては? この宅は無駄に広いですし、部屋なら幾らでも……」


「お、お待ちくだされ、長双様」



 普段は空気が読めない雪が再び声を上げる。

 長双さんと一緒だと、雪のほうがかなり常識人に見える。

 たぶん、長双さんが空気を「読めない」んじゃなくて「読まない」からだろう。だいぶタチ悪ぃよ、長双さん。


「龍は校の――国の学生でございますぞ。それを校から引き離し、あまつさえ私宅に泊まれなど、それこそ養子にでもしなければ……」


「雪どのも来てはどうです? 貴方が夏官に入ることはもう決まったも同然。ならば、私の元で学ぶほうがよろしい」



 グイグイ来る。すっげーグイグイ来るな、長双さん。ほんとに≪鼻削ぎ卿≫って呼ばれてる人と同一人物なのか?

 どっか別のところに「THE 串刺し公」みたいなモノホンがいるんじゃねーのか?



「……承知致しました。とりあえず明日より、早朝および、校の帰りに寄らせて頂きます。それでいかがでしょうか?」


 まあ、落としどころとしてはそのぐらいだよね。

 たぶん、長双さんの思惑通りだけど。



「まあ、そんなところでしょうか。……いやあ、しかし、良かった」


 え? 何が良かったの?

 そう、思ったのは俺だけじゃなかったらしい。雪が三度声を上げる。


「どういうことにございましょうや?」


「うん? ああ。さっきから、私は暇だと言ってきたでしょう?」


「はあ」


 龍の気の無いこと。


「ほんっとうに暇なのです。……公務はほぼ無いですし、の計算なども家人がしてしまう。士の調練に顔を出せば、夏官長輔佐の仕事ではありませぬ! と、叱られるわけです」


「…………」


(…………)


 雪も龍も言葉どころか思うところも無いらしい。


「戦場が染みついているから、夜明け前には起きてしまい、鍛錬ぐらいしかやることもない。……いやあ、若者と触れ合える機を与えられるとは!」




 独居老人か!!



――こうして、さみしがり屋の長双さんのお相手をすることになった龍。


 ふざけた理由ではあったけれど、長双さんの鍛錬はもの凄かった。

 朝、夜明け前に御宅訪問すると、微笑む長双さんから気絶するまでしごかれる。

 棒術――剣術――槍術――格闘。あらゆる技の型を教えられ、そのあとで型を駆使してボッコボコにされる。


 俺は痛いのがヤダったからか、いつのまにか巧く龍の身体感覚との同調を薄める方法を確立した。こうなれば、俺に出来ることはひとつだ。



『立て! ・・・立つんだ、リョーーー!』


 応援である。

……龍に白い眼で見られるから一日で止めた。あとは痛みを避けるためにどうすればいいか心を捻る。

 朝はそれで終わりだけど、授業を終えてから寄ると一層ヒドかった。



 ひたすら座学だ。まず基本情報をしこたましこまれる。

 士卒ひとりあたりの一日の糧食がいくらで、軍の練度が三段階だとすると行軍速度は一日それぞれいくらで、さらに地形による影響がどれだけあって、軍規はどのようなもので、兵器の手入れと取扱い方法と、各種戦場において選択できる戦術とその種類、などなど。


 そして、一通り解説が終わるとテストされる。「この地形・練度だと目的地にいつ着きますか?」とか「この糧食・練度だと城は何日保ちますか?」とか「この地形における、あの戦術の利点と弱点はなんですか?」とか、だ。


 で、間違えると微笑みと伴に無言で武器を渡してくる。そして、ボッコボコである。朝は手加減してたんだなあ、とそこで気づかされる。


 一通り基礎ができてくると、長双さんが経験してきた戦場を頭で思い描け、と無茶を言う。

 しかも兵糧はいかばかりで、兵站はどこを通るか、何日戦闘できて、どこが落としどころか。

 すべて、脳内で計算しろと言う。


 長双さんの普段の言動はアレだけど、この人は本当に頭がいい。

 前提条件を並べた上で開始される脳内模擬戦での長双さんに対する、龍、そして俺の連合軍の勝率はゼロだ。別に勝つ必要はない。負け戦も当然ある。


「基本的には初期戦力の八割を保持、かつ初期資材及び領地の七割を保持できれば、負けとはみなしません」


 って長双さんは言うけども、なかなかうまくいかない。

 特殊な場合は、前提条件に勝利条件も加えてくれるし、常に俺たちは長双さん側が実際に率いた軍勢――つまり、勝った側を想定している。

 それなのに、しかもふたりがかりなのに、どこかで必ず何かを見落としてしまう。長双さんはその隙を決して逃さない。


「はい、死にましたね」「はい、城が陥ちましたね」「はい、全滅ですね」「はい、撤退を遅らせたから追撃を受けましたね」


 そして、また無言で武器を渡されてボッコボコにされる。スパルタ人も蒼褪めるんじゃない?



――初日に長双さんの無慈悲さを思い知った俺はひとつの計画を立案し、龍に持ちかけた。

 まず、適当な大きさの木の端材を幾つか用意。龍が持っていた短刀でひとつの盤と八種四十個の駒を彫り出していく。――将棋だ。


 長双さんによる鍛錬と、学校の授業、そして節々が痛む身体の為に、作業は遅々として進まなかったが、開始から七日目でとうとう形になった。

 その次の夜に、龍と対戦してみる。お互いの考えてることがわかってしまうから五数える間に打つ、早打ちルールだ。龍が感覚を掴んだところで、寝た。



 翌朝、長双さんに将棋勝負を持ちかける。ルールを説明。


「兵糧は、兵站は無いのですか?」


「純粋な戦術のみの勝負です」


 龍の言葉に長双さんは乗った――


 俺は将棋がそこまで得意じゃない。ぶっちゃけ、やるのだって久しぶりだ。だって引き篭もりのあと蝶になってたんだもの。

 だけど、それでも素人の長双さんなんて朝飯前だ。


 ここぞとばかりにボッコボコにしてやった。長双さんの僅かに歪んだ微笑みを見て溜飲を下げる。


 たぶん、出立までの二週間もあれば長双さんには勝てなくなる。

 でも目的は勝つことじゃない。長双さんが将棋に熱中してくれれば、その間、俺と龍は助かるんだ。


 悔しそうな長双さんを置いて学校に行き、帰りに寄ってまたボッコボコにする。

 作戦は大成功!! ……のはずだった。


 あんまり悔しそうな長双さんを見て、将棋盤を長双さん家に置いてきたのがいけなかった――


――翌朝、目の下にクマを張り付けた長双さんが将棋盤を差し出してきた。


「一局、打ちましょうか」


――もう、ふたりがかりで互角以下になってる!

 長双さんの微笑みが、「にやり」と僅かに深くなる。


 その日の夕方には将棋でもボッコボコにされて、翌日からは肉体的にもボッコボコにされる。

――恐るべし、長双。


 ただ、たまーに息抜きとして将棋を打とうと長双さんが言い出す時間ができた。

 ちょっとだけ肉体的には楽になった。将棋ではボッコボコにされるんだけど。

 


 そんな感じで、日々は過ぎて行く。

 さらに明るくなる長双さん。大人気なくわがまままで言い出す長双さん。

 正直、ちょっとうぜー。


 だけど、なぜか龍は沈んでいく。中にいる俺だからわかる程度の変化、でも俺にはかなり重苦しくて。

 長双さんの傍若無人ぶりがキツいんだろーか。

 それとも、やっぱハードスケジュールがキツいんだろうなあ、……なーんて思ってた出立まで六日のある夜。




 事件は起こった。





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