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意天  作者: 安藤 兎六羽
四章 仙
102/159

一、翔んで翔んで翔んで……落下



――星が揺れてる。

 空に輝く星たちが流れ星みたいに、ゆっくり俺の目蓋の奥に残光を刻み込む。

 別に本当に星が流れてるわけじゃない。流星群とたまたまかち合ったとかでも無いみたい。


 速いんだ。星の光がブレて見えるくらい速えぇ。

 あと風がスゲぇ。スゲぇ寒い。風圧で顔の皮膚がぶるぶるいうぐらい風が凄いから、寒い。

 遠くに見える景色がどんどん近づいて、気づけばもう通り越してる。


 地平線の向こうに細ーくたなびいてた暗い川が今はかなり近い。



「……ふぁのぅ、ほこまで行くんすかぁ?」


 口の中に風が入って巧く喋れない。


「…………」


 やっとの思いで訊いたのに、無言。虎――≪獣神≫――≪白王神≫って言ったっけ?

 あんだけ饒舌だった虎が超・無言。


『……朱蝶、屈辱だ……』


 蛟が苦々しげに溢す。


 空を翔けてる時間は、たぶん小一時間ぐらい。

 その間、説明とか虎からはひとつも無い。キャビンアテンダントさんもいないし、副操縦士的な人もいない。

 機長――虎さんは無言。……せめて、背中に乗せてくれませんか?


 そのふわっふわの毛皮の上がイイ。

 こう、脇の下を通る俺の動脈が、襟を引っ張られた着物のせいで俺と龍と玲華ちゃん三人分の体重がかかって、圧迫されてる感じがするんです。

 よくわかんねーけど、絶対、この体勢は健康上良く無い気がする。血栓とか出来そう。


「しゅ、朱蝶どのぉ」


 俺の身体にしがみついてる龍の悲鳴。龍も結構キツいみたい。

 小一時間の高速飛行の間中、俺の身体にしがみつき続けてるわけだから、そろそろマズいだろ!

 心なし龍の腕がプルプルしてる気がする。今は、たぶん上空数百メートルぐらいはありそう。こんなとこから落ちたら――


 マズい。イヤな想像しちゃった。

 でも、どうしよう。掌に変な汗滲んでる。

 テンパる。こんな身体も言うこと利かない状況で、いったいどうすりゃ……。


(ふむ。預かっておる≪異気≫を繰る事が適うようになったな)


 テンパってるところにツァン師匠ののほほんとした報告。

 いや、マジでそんな場合じゃ無いんですよ、師匠。……龍の体力がそろそろ限界に近そうなんですよ。


(身体も動かせるのではないか?)


 マジっすか?



「――降ろせよっ!!」


――キレた。

 キレたら勝手に俺の中の≪異気≫が外へと拡がる。

 ≪二天≫から、黒い稲妻を食らった後、ロクに言うことを利かなかった身体。≪異気≫も拡げたぶんをゆっくり回収する事ぐらいしかできなかった。


 ≪異気≫をちゃんとコントロールできる――

 ゆっくり掌を握ってみる。ちょっと強張ってる感じ。でも、身体も動かせそうだ。


 俺は≪異気≫を圧縮する。

 虎が若干、身じろぎした。高速で翔んでる時に身じろぎするもんだから、ブラ下がってる状態の俺たちの身体はもう、ぶるんぶるん揺れる――

――龍がちょっとずり落ちる。俺は強張った掌で、龍の服を掴み、玲華ちゃんの身体ごと脚で抱きかかえる。カッコ悪いけど、そんなこと言ってられない。


「静かにしろっ!」


 虎が小一時間ぶりに喋った。

――いや、そんな命令は聴きません。静かにしない。

 コイツが≪白帝≫の部下だってことは、さっきの≪二天≫との会話でなんとなく承知してる。


 だから、たぶん敵じゃない。って言うか俺たちを連れ去った理由は、ひょっとして助ける為だったんじゃねーの? ……と、すら思う。

……状況もわかんなかったし、身体も動かなかったから、とりあえず仔猫状態を受け容れていましたが、そろそろ限界です。

 そもそも、説明を一切しない虎が悪い。……俺は若干怒ってる。――そう、これは立派な人攫いだ!


 これ以上離れると、戻るのが大変になる!

 あの≪二天≫がどうなったのかわかんねーし、イモムシ状態で置いて来ちまった長双さんも気になる。

 四姐も十三女も尚もおひい様も居るとは言え、なんか公国の中に≪鄧梧とうご≫なんて裏切りモンもいたみたいだし、≪仙≫も空にいっぱいいたし、スッゲぇ不安。

 そもそもなんで宮殿の敷地内にあんな≪二天≫とかいう化けモンがいたのかわかんねーし。


 百歩譲って助けてくれたことについては、虎に感謝もする。

 だけど、……。


「もう、イイから! 一回降ろしてくれっ!!」


 龍も玲華ちゃんも限界っぽい!

 お空の上から、ふたりを落としてしまった……なんてことになったら、虎をぶん殴る。


「暴れるな! その兇暴な≪異気≫を収めよ!」


 虎が若干スピードを緩める。

 高度も少し下がったみたい。


『――朱蝶、やるぞ』


 俺の中でずっとイライラしてた蛟が、鬱憤うっぷんを晴らすべくいきり立つ。

――そう、≪獣神≫と竜ってのは折り合いが悪いらしい。

 蛟はずーーっと、俺の中で仔猫状態を不満に思ってたようで……。


――俺の右腕が突如、竜化して、虎の咽喉を掴んだ――


「――待てっ!! 蛟っ!」


「――っ!! 貴様ぁ! なんだ、その≪竜気≫は!!」


 虎が吼えた。

 もう、咆哮って感じ。


 ≪異気≫で触ってみて初めてわかったけど、虎は濃密な≪神気≫をさらに濃くして、空中に足場を作ってその上を走ってる状態みたい。

 で、竜化した俺の右腕――蛟に咽喉を掴まれて、びっくりしたらしい虎は、その足場から足を踏み外す――

 あ、やばーい。


 傾く虎と俺たちの身体。

 ひゅっ、てする。へその下あたりひゅっ、てしてる。


「朱蝶どのぉーーー!!」


「龍様あぁぁぁぁ!!」


 ふたりの叫び声に俺は≪異気≫を圧縮する――

 ついでに、蛟から右腕のコントロールを奪い返して、脱皮。人間の腕に戻った右腕と、左腕で龍と玲華ちゃんを引き寄せてそれぞれ両脇に抱え込んだ。

――で、どうする? 眼下にはいつのまにか長くて幅の広ーい川の水面が拡がってる。


 着水? でも、この高さだと、水面の硬さってもうエラいことになるんじゃね?


「――蛟っ!!」


『任せよ』


 俺が蛟に両脚のコントロールを預けると、蛟がすぐに脚を竜化させる――

 蛟が≪竜気≫を操ったらしく、下から噴水みたいに水が隆起してくる。

――そこに俺たち三人は突っ込んだ。


 砕け散る水柱。砕けさせて、巧く衝撃を殺してるみたいだ。


「あばばば……」


 大量に水を飲む。あれだ。きっと滝に打たれるのとは逆バージョン。

 足元から水が立ち昇ってんのか、俺らが落っこちてるのか、もうよくわかんねえ。

……気づけばびしょ濡れで、元の高さに戻った川の水面に立ってた。


「龍? 玲華ちゃん? ……ふたりとも生きてるか?」


「……なんとか」


「……無事、です」


『ぬかり無いわ』


 蛟の「ドヤ?」って発言に、溜息が出た。

 いや、聴いてたよ? ≪獣神≫ってのと仲悪いってのは聴いてたさ。でも、お空の上で急にヤル気を出すのはやめて欲しい。

……確かに、結果的には無事に降りれたからイイんだけどさぁ。


「ねぇ、阿呆なの? やっぱ、蛟は阿呆なの?」


『――あんな≪獣神≫なんぞに咥えられている事に、これだけ耐えたのだぞっ?!』


「いや、知らねえし。ノープランのハイジャックとか、ありえねーし」


『おま、――』


 絶句する蛟。


(朱蝶、上だ)


 ツァン師匠に言われて、俺は空を見上げる。

 虎がいる。上からこっち見下してる。

 と思ったら、なんか近づいて来る。あれ? 鼻にシワ寄せてなんか「がおー」って言って無いっすか?


 おこなの? まずくない?


「――蛟、逃げろ!」


 今は幅の広い川のちょうど、ど真ん中あたりみたい。どっちの対岸も暗くてよく見えないぐらい遠い。

 俺が今水上に立ってられるのは蛟の力だ。

 蛟が走らないと、俺たちは動けない。


『……いやだ』


――スネてる!!


(朱蝶、あの≪獣神≫とやら、何やら様子がおかしいぞ)


 本当だ。……なんか、頭上を行ったり来たりしてる。

 警戒してんのか? 相変わらず、鼻んとこにメチャクチャしわ寄ってるけど。

 お、だんだん近づいて来るぞ。


「貴様……なんだ、それは?」


 俺たちから10メートルくらい離れた水上にふわりっ、て降り立つ虎。

 俺の竜化した両脚を見つめる真っ青な瞳。くしゃって寄った鼻筋のシワを前脚で撫でつけてる。


「……この身体の前の持ち主が、竜なんで……そいつが今も俺ん中にいるんですけど」


「竜っ!」


 虎が空を仰いだ。右前脚で額を覆ってる。……なに、コイツ?


「ああ、主どのらしい……竜を身体に宿す者を見よなどと、……ああ、怖気がする」


 水面にお座り状態で、盛大に溜息を吐くデカい虎。

 なるほど。竜が≪獣神≫を嫌ってるだけじゃなくて、≪獣神≫も竜を敵視している、と……。


「……あのぅ? ≪白帝≫様の部下なんすよね?」


「……ああ、そうだ。主どのに、貴様を見て来いと仰せつかった」


 おお、今度は会話するつもりらしいぞ?


「助けてくれたんですよね?」


「……貴様はあのままならば、≪仙≫どもか≪二天≫に亡ぼされていただろう。……猶予は無かったゆえ、東南を疾く離れたのだが、まさか……」


 竜、とは。そう呟く虎。

 ≪仙≫――仙人たちは俺を狙ってやってきたのか?

……うーん、身に覚えがあるような、無いような……。


「……ま、とりあえず、ありがとうございます。……それで、帰して貰えませんか?」


「阿呆め。≪二天≫の≪異気≫は離れたようだが、≪仙気≫は留まっておる。自害ならば勝手にせよ! ≪白≫は見よ、と命じられたのみよ! 阿呆の所業を手伝う義理は無い」


「……えーー?」


 勝手によくわかんないトコまで連れて来て、勝手に帰れって、そりゃヒドいわ……。

 ていうか、「見て来い」って命令ってなんだよ? テキトー過ぎる。それで「見てるだけ」を決め込むこの虎もどうかと思うけど。

……でもイイ情報も聴けた。


「≪二天≫は宮殿から、去ったんですか?」


「かの≪赤螭せきち≫が取り逃がしたようだ。……まったくもって、これだから竜は……」


『≪獣神≫めっ!!』


 蛟が進み出す――

 待て待て待て!!


――≪白≫の咆哮。俺の纏った高密度の≪異気≫を切り裂いて、≪神気≫を孕んだ風が奔り抜ける。

 蛟の――俺の前進が止まった――


『おのれ――!!』


――レベルが違う。俺の高密度の≪異気≫に食い込むように、≪白≫の≪神気≫が絡みついて、こっちの動きを封じてる。

 コイツ、マジで強い。


「貴様の身体のうちの竜は弱いな。貴様の≪異気≫が無くば、その両脚、切り離してやったものを」


 ≪白≫が牙を剝いて威嚇してくる。

……威嚇って言うか、笑ってるのか?


「あのぅ、つかぬことを伺いますがぁ……。≪仙≫ってやっぱり≪神≫に関係あるんすか?」


 ≪白≫が口と眼を閉じた。

 なんか考えてるみたい。閉じられた唇(?)は黒い。

 ネコ科の動物よろしく、ぴんって顔の横から伸びるヒゲが白くてつやつやしてる。

 月明りに輝く白い毛並と、黒々した闇に溶けるみたいな縞。



――咽喉のあたりをゴロゴロしたい…………。


 黒いとこと白いとこだと感触が違うんじゃない?

 お腹の毛とか柔らかいんじゃないかな?


 なんだ、コイツ? 顎を爪で掻きながら考えごとしてるぞ?

 もふりたい――心ゆくまで、毛皮に顔を埋めたい――


「……なんだ、貴様のその気味の悪い眼は?」


 怪訝。そんな顔してるのがわかる。

 なんて表情豊かな毛玉野郎だ!!


「……まあ、良い。ついでだ。少し帝域の事を説いてやろう。付いて参れ」


 そう言うと、≪白≫は長い尾を振って、片方の岸へと歩き出す。

 俺たちは≪異気≫ごと、≪白≫に引きずられていく。


『朱蝶! 抗え!』


「朱蝶どの? なぜ、そのように息が荒いのですか?」


 水に濡れて寒いのか、≪白≫に怯えてるのか、震えてる龍。

 玲華ちゃんに到っては、


「……先日虎を討った事が、知れませぬように……≪精霊トゥアム≫の御加護がございますように……」


 ずっと、そう呟いてる。

 だけど、今の俺はそれどころじゃない。


「……アイツ、俺のペットに出来ないかな?」



 俺の囁きに龍が「はぁ?」って言った。


(ど阿呆がっ!!)


 ツァン師匠の怒鳴り声が、俺の体内に響き渡っていた――


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