決戦、四面挿花!Ⅵ
早い、さっきまでとは格段に早い。
さらに、あの刀のリーチの長さ……厄介だ。
凛は素早く俺の元に駆け寄ると、刀身が2メートルもある太刀で俺の身体目掛けて切りかかる。
すると、俺の視界がスローモーション映像のように、凛の太刀の動きを着実に捉えた。
だが、それでも追いつかない。
何故なら、これが発動したのは凛の太刀が俺の身体を仕留めるほんのコンマ1秒前だったからだ。
とは言え何とか俺は、間一髪でハリセンを盾にして凛からの攻撃を防ぐ。
だが、凛の強力な一撃を完全に受け止めきることは出来ず、そのまま俺は後方へ弾き飛ばされるのだった。
「結構いい反応じゃない」
ニヤリと不敵に笑った凛は、弾き飛ばされた俺に追い討ちをかけようと、再び駆け出した。
くそっ、空中じゃ身動きが取れないぞ!
俺は凛がさらに追い討ちを仕掛ける光景に、頬を引きつる。
凛は再び駆け出すと、今度は太刀を下段に構えて襲い掛かる。
凛のやつ、次は俺を刀で真上で打ち上げるつもりだな。
そして、俺が落ちてくるところを狙って刀でとどめを刺すつもりのようだ。
だが、そうはいくか!
凛は素早い動きで俺に追いつくと、俺に向かって刀を振り上げる。
俺は、刀が身体に直撃するコンマ2秒前に遠く離れた地点に瞬間移動し、その攻撃を回避した。
凛は俺がその場から突然消えて、あっと驚くような反応をした。
そして、その場で立ち止まり左右に首を振って俺を探し出すと、俺のほうに体を向けた。
「へえ~っ、ただ早いだけじゃあなたを捕まえられないようね」凛はすっと目を細め、注意深く目を凝らして俺の動きを観察した。「でも、それなら私も素早さを上げてあなたの動きに対応していけばいいだけだわ」
凛はもう一度、俺に向かって太刀を上段に構えながら襲い掛かる。
一方、対する俺は……何もしない。
ただ、凛がこちらに向かっているのを待っているだけだ。
凛の刃が斜め上から俺の身体に降りかかる。
「確かにさっきより早いのは認める」俺は素早く身を反らして凛の刃を回避する。「だが、今の俺を捕らえるにはまだ遅すぎる」
そして、瞬時に間合いを詰め、すれ違いざまに凛の横腹をハリセンで鋭く叩いた。
「うっ……」
すると、凛は一瞬だけ苦痛に顔をゆがめた。
何だ?
今の俺の攻撃力だと凛に十分なダメージを与えられるはずがないんだが……。
俺はその光景を怪訝な表情で眺めた。
そして、凛がひるんだ隙に、狙って背後からハリセンで叩く。
凛は苦痛に堪えながらも身を翻し、その場で一回転して刀身2メートルの太刀による強烈な鎌鼬を伴うほどの鋭い回転切りを放った。
まずい!
この速さは対処し切れないぞ!
いや、それとも素早さが切れたのか!?
とにかく、駄目だ。
かわし切ることは不可能だ。
こうなったら、ハリセンを盾にするしか……。
凛の激しい回転切りが俺の身体を襲う。
俺はそれに素早く反応すると、焦る表情でハリセンを盾にして、もう一方の空いている手でハリセンの先端を押さえた。
すると、激しい金切り音とともに、凛の刀と俺のハリセンが切り結んだ。
凛は、驚きとともに目を大きく見開いた。
驚くのも無理はない。
何故なら、さっきの一撃を俺のハリセンが受け止めきったからだ。
凛の太刀の刀身は白い煙を上げながら、俺のハリセンと接触していた。
見ればハリセン全体が光り始めていた。
「何これ? アンタ何かしたの!?」
凛は後方にバック宙を切って、俺との間合いを計ると、かなり取り乱した調子で尋ねた。
「いや、特に何も」
俺は肩をすくめた。
すると、ハリセンの輝きはさらに増して、ハリセンの紙部がペリペリとめくれ始めた。
そして、ハリセンの紙部が完全に剥がれ落ちると中から漆黒の刀身をしたサーベルが姿を現した。刀身は30センチ程度で短く小型のサーベルだ。
「何かさらに厄介なのが出てきたわね」
凛は再び太刀を構え直した。
「スキル書き換えでこんなことが出来るとはかなり好都合だ」
俺は含み笑いして、漆黒のサーベルを眺めた。
「ちょっと何よそ見してんのよ! アンタにそんな暇はないんだから」
凛は言うと、全速力で駆け抜ける。
すると、俺と凛の間合いが一瞬にして詰まる。
おそらく、凛がその場から飛び出して、俺を切りつけるまでのタイムラグはおおよそコンマ3秒といったところだろう。
だが、余裕だ。
少なくとも、1秒の時間を100秒間隔で感じられる今の俺にとっては余裕すぎる。
凛の攻撃が俺の身体に当たるまでの時間は30秒後。
それまでに俺は凛を倒せばいいのだから。
俺は凛の刃が自身に届く前に、凛の懐に入り0・1秒もの間に8回もの鋭い斬撃を浴びせた。
これには、さすがの凛もダウンせざるを得ない。
凛は俺の攻撃をくらうと、その場に倒れ込むのだった。
「やっぱり……剣の才能あるじゃない」
凛は顔を上げながら、力尽きた弱々しい目線を俺に向けた。
「いや、俺はそこまで強いわけじゃないよ。全ては偶然だ、偶然の出来事なんだ」
俺は疲れきった凛の表情を見て、ためらうように呟く。
「偶然……たとえ、これが偶然の出来事だったとしても、アンタが私に勝ったことは誰の目にも明らかなことなのよ。偶然に救われるだけの強運もアンタの実力のうちってわけ。本当、うらやましい限りだわ」
「そうか、それもそうだな。確かにこれも俺の実力の一部なのかもしれないな」
「……そういえば、忠告を一つ忘れていたわね」
凛は弱々しく疲れきった表情のまま少しだけ笑ってみせた。
俺は凛の発言に対し、不思議そうに首を傾げた。
「春人。アンタ明日の放課後に私達剣道部の部室に来なさい。異論反論は認めないわ」
「いや……、待て待て!! 俺はただのゲーマーだ。剣道なんてやったことないんだぞ……」
「分かった?」
凛は微笑みを浮かべながら穏やかに言った。
すると、凛の体が光芒となって、この世界から消え失せてしまうのだった。
やれやれ、ずいぶんと身勝手なやつだ。
俺は心の中でそう呟きながら溜め息をつくのだった。
それから数秒後、俺の身体も光芒となり、どこかの世界へワープしてしまうのだった。