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決戦、四面挿花!Ⅳ

 ルリアと沙姫は、しばらくの間激しく闘争心に満ちた眼差しを交し合っていた。

 そして、しびれを切らしたかのように沙姫はルリアに挑発気味にこう尋ねたのだった。


「戦争? なかなかしっくり来る表現ね、でも、戦争はもうすでに始まってるのじゃない?」

 沙姫は奇妙な微笑みを浮かべた。

 すると、周囲の空間がゆがみ始める。


「何? 何が起きているの?」

 ルリアはあたふたしながら周囲を見渡した。


「さあ? 何が始まろうとしているのかしらねえ?」

 沙姫はいかにも愉快そうに笑いながら、慌てたルリアの様子を冷たい眼差しで伺った。

 突然空間に歪みが生じたと思えば、この場にいる全員の視界さえもが歪み始め、最終的には視界が真っ白になり何も見えなくなってしまうのだった。




 ――ここは……?


 静かに流れる波音、焦がれるように暑い砂浜、そして、遠くから波によって運ばれたガラクタの数々。


 俺は、危機感を持って、出来る限り周囲の風景を視界に入れるようにと、注意深く辺りを見渡した。けれども、そこには俺の知っている風景などはどこにもなかった。


 全く見慣れない風景……。

 俺はこの風景を目の当たりにして、絶望の小さな溜め息をつく。

 まるで、無人島に漂流したかのようだ。

 周囲には誰もいなく、見上げたきれいな雲ひとつない大空には、寂しげにカモメが一羽、独りさまようかのようにこの辺を行ったり来たりと、変則的な軌道を描きながら滑空している姿があった。


 さて、これからどうしようか? とでも言うように俺は空を見上げ、自身を哀れむように微笑んだ。

 だが、空に微笑んだところで、何もいい考えが浮かぶわけではなかった。


 俺は何をしているのだろう? この呆れるほどに絶望的な状況に頭でもおかしくなったのだろうか? 俺は唐突な羞恥心の波に押し寄せられて、思わず空から顔を反らした。

 その瞬間、カモメが俺を小馬鹿にするような調子で甲高い声で鳴き始める。

 いや、これは俺がそう思っているだけだろう。

 おそらく、カモメの視界には俺の姿が映っていないだろうから。

 何と言う疑心暗鬼……あまりに不安定な精神状態で常識的な思考回路すらままならない。


 

 人間は他人から殺される以前に、自らの疑心暗鬼の波に飲み込まれて死んでいく生き物なのだろうか?



 ふと、こんな考えが脳裏をよぎるのだった。

 それは、突然の出来事だった。

 そして、それは今の自分に十分当てはまりつつあるのだということに気づき、思わず神様から死を宣告されたのような重い気分に思わず顔をしかめた。


「あんたが、江戸川春人だっけ?」

 人の声……誰だ?

 振り向けば、そこには……、


「私は鈴鹿凛、それじゃさっそくで悪いけど負けて貰えないかしら?」

 全長2メートルほどもある巨大な斧を携えた鈴鹿凛の姿があった。凛は大胆不敵な笑みを浮かべながら言った。


 そうだった、そういえば忘れていたな。


「駄目だな、そりゃ。俺も負けるわけには行かないんだよ。どうしても俺に勝ちたければ、この場で俺を倒してみればいいだろ? 俺は戦闘ダメージ無効スキルで不死身なわけだが……」

 ここは、江坂が作った仮想空間の中だった。

 どうやら、突然の環境変化に頭がついて行けなくなっていたようだ。


「その件についてはすでに沙姫から聞いているわよ。だから、私があんたの対戦相手なわけ。まあ、詳しいことは戦ってみれば分かることだし、先手は私が貰うわよ」

 そう言うと、凛は何故か手に持っていた巨大な斧を砂浜に捨てて、こちらへ一直線に駆け出した。


 すると、激しい頭痛に身体的疲労が俺の身体を襲った。

 俺は苦痛に顔を歪ませながら、その場にひざをついて崩れ落ちる。

 額から流れ落ちたおびただしい量の汗水が、砂浜の上にこぼれて、そこだけ陰のように黒っぽくなっているのが確認できる。


「そろそろ、効いてきたみたいね」

 俺が苦しむ姿を見て悪趣味にニヤリと微笑んだ凛は、俺の側に駆け寄って、俺の首に自身の右腕を巻きつけながらもう一方の手を俺の後頭部に回すと、両腕でがっちり俺の首を固定したまま後方へ飛んで、俺の身体もろともお互いに仰向けになりながら浜辺に倒れ込むような形になる。


「そろそろ……、効い……てき……た? 一体何のこと……だ?」

 俺は苦しそうな表情で途切れ途切れに尋ねた。


「私の能力のこと、まだ話してなかったわね。私は空気中の水分を病原体や毒に変えることが出来るのよ。まあ、変えられる量は限られているけどね。どう、春人? 新型インフルエンザにかかった気分は?」

 凛は怪しげな笑みを浮かべながらさらに強い力で俺の首の頚動脈けいどうみゃくを圧迫しにかかった。


「……!」

「でも頚動脈を圧迫されて、声が出せないようね。あなたは戦闘ダメージを無効にするらしいけど、それはつまり、こういうふうに気道を押さえられてしまうと体内の酸素供給が行えなくなって戦闘ダメージ以前に気を失ってしまうってことじゃない? 私の目的はね、あなたを倒すことじゃない。私の目的はあなたが気を失ったところを、手足をひもで縛って身動きを取れなくすることなのよ。さて、もうそろそろ気を失うんじゃない?」

 凛はそう言うと、さらに両腕に力をこめた。

 俺の視界はやがてぼやけ始めた。

 身体はもう頭痛や身体的疲労、頚動脈の圧迫による激痛などでボロボロだ。

 すでに意識は朦朧もうろうとしている。


 はたして、俺はこのまま負けてしまうのだろうか?


 ふと、何者かが俺の身体を海底に引きずり込もうとしているイメージが脳裏によぎった。

 海底は真っ暗で、どのような生物が潜んでいるのか分からない未知の領域だ。

 時間が経つにつれて、日の光が当たる海面から、自分の知っている世界から遠ざかっているような気がした。何者かが悪意を持って海底に引きずり込もうとしているような気もした。

 俺はこのままどこか知らない世界に引きずり込まれるのだろうか?

 この先、海底の奥には竜宮城でもあるのだろうか? それとも、この先は地獄になっているのだろうか?


 いや、あり得ない!

 何故なら、俺はこんなところで溺れ死ぬような人間ではないからだ!


「えっ……消えた!?」

 凛が驚いた表情で呟く。

「俺のスキル書き換えが間に合ったみたいだな」

 俺はテレポートして、凛から6メートル離れた地点に移動した。

 とにかく、スキルの書き換えは間に合った。

 おそらく書き換えられたスキルは【Minute Out】(メニッツ・アウト)だ。

 そして、ようやく戦闘ダメージ無効スキルが働き出したらしい。

 そのお陰で、病原体のダメージすら無効にしてくれるようだ。

 だが、おそらく素早さは通常時のままだ。 

 もし、10倍速の俺ならさっきの凛の攻撃くらいはかわせていただろうから。


「スキル書き換え……なかなか酷いわね、それ。しかも、その元気な様子から見て、戦闘ダメージどころか状態異常のダメージも無効にされてそうね」

 凛はとぼとぼ歩きながら捨てた斧の元に戻ると、斧を両手に持って上段に構えた。


「それは企業秘密だ」

 俺は不敵な笑みを浮かべながら、ハリセンを片手に装備する。

「企業秘密。へえ……まあ、何しても沙姫から聞いた話だとアンタ攻撃力が殆ど0らしいじゃない。そんな攻撃力でどうやって私を倒すのか見物ね」

「こっちだって戦闘ダメージ無効、状態異常ダメージ無効をどうやって倒すのか見てみたいもんだぜ」

「言うわね、三下」

「口喧嘩はお前に譲るから、早くこっちでの勝負をしないか」

 俺はハリセンの先端を凛に向けながら言った。


「そんなの私が勝つに決まっているじゃない、目に物を見せてやるわ」

 言うと、凛は巨大な斧を上段に構えたまま、その場から飛び出した。


「忠告してやるよ。この勝負が終わればお前はハリセンが最強だと認めていることをな」

 俺も凛に向かって一直線に飛び出した。



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