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トレスティン魔法学院Ⅹ

 枕元にある大きなうさぎのぬいぐるみ。そして、部屋の周囲には女の子らしいファンシーグッズがところどころに並べられていた。


「ここは一体……?」

 俺は勢いよくベッドから体を起こすと、部屋のあちこちに視線を移した。


「ここは、私と美架の相部屋よ。具合はどうかしら?」

 沙姫は、俺に心配そうな眼差しを向けて、おだやかに尋ねた。


「まあ、大丈夫だ。特に問題ない。ところで、何故俺はここにいるんだ?」

 俺は不思議そうに首を傾げた。

「覚えてないの? あなたは私とベンチでジュースを飲んでいる時、ベンチから立ち上がろうとして急に倒れたのよ」

「いや、そこじゃなくて何でこの部屋に俺を連れてきたんだ? いくらゲーム内とは言えど、仮にも学校なのだから保健室のような教室があるはずだろ?」

「それは、こっちの方が近かったからよ。ところで、私が頑張ってあなたをここまでおぶって来たというのに、お礼の言葉の一つもないのかしら?」

 沙姫は嘲弄するような微笑みを浮かべた。


「ああ、助けてくれてありがとう」

 俺はさわやかな笑顔で言った。


「それにしても、さすがにあなたをここまでおぶってきて疲れたわ。私も少し横になろうかしら?」

 沙姫は唐突に悪企みしてそうな怪しい笑みを浮かべた。


「いや、それは困るんだが……」

「何で? 何か悪いことでも?」


 ここは俺も男だ。

 だから、実はと言えばこの状況は俺にとってかなり嬉しいことなのだ。

 だが、さすがにこの状況を受け入れるわけにはいかない。

 こういう時は、たいてい相手が冗談半分で言っているからである。


「いやいやいやいや、それだけは勘弁してくれ!! 子供でも出来たらどうするんだ!」

 俺は顔中真っ赤にしながら、あたふたした様子で言った。


 まあ、演技なんだがな。


「ふふふ、冗談よ。冗談! 子供だなんて」沙姫は腹を抱えておおげさに笑い出した「ちょっとからかってみただけよ。それにしても、本当に面白い反応するわね。可愛いわよ、春人?」

 沙姫はちょっと小馬鹿にするような口調で言った。


「別に女子に可愛いと言われたって少しも嬉しくない」俺はプイッとそっぽを向きながら言うと、急に真剣な表情になって話を続けた。「ところで、一つ疑問があるんだが、何故さっき『こっちの方が近かったからよ』と嘘をついたんだ?」


 それを聞いた沙姫の表情は、一瞬、ほんの一瞬だけこわばった。

 沙姫の瞳は横にわずかに振動していた。


「嘘? 何を言っているのかしら、春人?」

 沙姫は唐突に笑顔を浮かべて笑い出す。

 しかし、沙姫の表情は突如として現れた緊張感のせいで、顔の筋肉が固くなり、不自然な笑顔を生み出していた。


「いや、それこそ俺がトランス・テスラの学園マップを開けばこんなことは簡単に分かることなんだよ。ただ、どういう訳かポケットの中にあるトランス・テスラがなくてな。ご丁寧に俺のトランス・テスラまで持ち出してくれてるなんて、怪しいとしか思えないな」

 俺は相手の出方を探るように目を光らせながら、不敵な笑みを浮かべた。


「ふうん、まあ良く分かったわね。褒めてあげるわ、春人」

 沙姫は余裕の表情で俺のトランス・テスラを俺の目の前でぶらつかせながら言った。

 本来なら、俺は沙姫から自分のトランス・テスラを取り戻したいところなんだよ。

 だが、どういう訳か体が言うことを聞かないのだ。

 俺は、悔しそうな表情で目の前でぶらつかせている自分のトランス・テスラを見つめた。


「待て待て、早く白状しすぎだ。もうちょっと粘るべきだろ?」

「別にそんなことする必要ないじゃない。どうせ、今のあなたは私の魔法にかかって何も出来ないんだから」


 駄目だ、完全になめられているな。俺。


「それで、俺をどうするつもりなんだ?」

「ちょっと、非常時の人質になってもらうわ。私があなたを外へ連れ出したのは、あなたがあの3人の中で一番弱そうだと思ったからよ」

 沙姫は、鎖につながれている犬のようにただ睨みつけているだけの無惨な俺の姿を見て、冷たく笑った。


「それにしても、何故俺をわざわざ自室に連れて来たんだ? そこだけがどうにも腑に落ちないな…………」

 それを聞いた沙姫は呆れた表情で俺の顔を見ると、パチンと大きく指を鳴らした。


 すると、空間全体が歪み始め、どこを見渡しても同じようなシマウマ模様の背景をした謎の亜空間が現れる。壁もなければ、天井もなく、しまいには床すらもない、四方八方、上下左右同じような背景がどこまでも続いているような不思議な空間だった。


「それはそうよ」沙姫は激しく嘲笑した。「わざわざ人質を運ぶのに、自室を選ぶメリットなんてないのだから」

「それにしても、よくもまああの3人の中から俺を選び出したもんだよ。いいのか? これじゃクラスメイトとしての印象が悪くなるぞ?」

「そんなことないわよ。あなた見たところ、友達いないじゃない? だから、別にあなたがそんなことを他人に言いふらしたところで、私がいい人を演じていれば、あなたの発言はデマ扱いされるだけなのだから。それよりも、そんなことしたらさらに友達がいなくなるんじゃない?」

 沙姫は余裕の笑みを浮かべて言った。


「そもそも、俺は友達0だから関係ない」

 俺はきっぱりと言った。


「ふうん、まさか本当に0だったのね。でも、私が言っているのはそういうことじゃなくて、もし、そんなことをすれば、あなたの印象はさらに悪くなり、学校に行くのにも辛くなるんじゃないかということを言っているのよ」

「なるほど。まあ、気にするな。別に俺はそんなことをするような暇な奴じゃないから」


怖気おじけ付いたのね?」

 沙姫は薄ら笑いを浮かべた。


「まあ、そういうことにしておこう」

 俺は落ち着き払った様子で言った。


 ここは念のために言っておくが、俺は別に怖気付いたわけではない。

 周囲の人にいいふらすというハッタリをかまして、相手の精神を追い込む作戦だったのだ。

 こんなことを周囲の人にいいふらしたところで、相手にされないのは見えているからな。

 それにしても、妙に勘が鋭いのは面倒なタイプだな。

 そして、それに加えてあの性格の悪さ。

 最悪だ、最悪すぎる。


「それにしても、人質になったというのに妙に落ち着いているわね、春人? もしかして、誰かが助けに来るとでも思っているのかしら?」

「いや、こういう非常事態だからこそ落ち着いているんだよ。あせったところで、思考力が低下し、攻略法も思いつけないからな」

「攻略法? まさか攻略法なんてあると思っているのかしら?」

 沙姫はあざけるように言った。


「まあ、おそらくないことはないはずだと信じているよ。今のところはまだ攻略法が分からない訳だが…………絶対クリア不可能なゲームほど意欲は涌いてくるもんだろ?」

 俺は余裕のある表情で笑ってみせた。

 もっとも、余裕なんてものは、プランクトンほどにもないわけだが。


「私はそんなゲーム、辛いとしか思えないけど。それにしても、人質になってここまで落ち着いていられるなんて、本当に変わっているのね。ちょっと、あなたが苦しんでいる姿がみたくなっちゃったわ。少しだけきついおしおきだけど、お願いだから死なないでね。この世界で死んだら、他のクエストや対戦モードの時と違ってデスゲームになっちゃうから」

 沙姫は満面の笑みで、平然と恐ろしいことを言うのだった。


 デスゲーム…………何てこった。


 

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