トレスティン魔法学院ⅩⅠ
「それでは皆さん、今回の授業で基礎魔法【floter】と【emfanizontai】をしっかり覚えましたか? 次の講義ではまた別の魔法をしますので、しっかりと杖の扱いに慣れておいて下さいね。それでは、今日の魔法演習Ⅰの授業はこれで終わりたいと思います。ありがとうございました」
学生達は元の席に着くと一礼して、授業を終えるのだった。周囲には、授業を終えたばかりの生徒の話し声がこだました。時刻はすでに講義終了時刻である10:30を回っており、全く慣れていない魔法で体力を消耗したのか、疲れた顔をして、ゆっくりと羽を伸ばしていた。
「それにしても、魔法って難しかったね亜利沙ちゃん」
魔法で神経を使い切ってヘロヘロになった日向は弱弱しい笑顔を浮かべながら言った。
「うむ、確かに魔法は難しかったな日向。ところで、春人は授業が終わったのにも関わらず、まだ帰ってこないんだが大丈夫なのだろうか?」
亜利沙は、何かを考え込む時のような深刻そうな表情を浮かべながら尋ねた。
「うーん……、ティーチングアシスタントの江坂さんと一緒だから、きっと大丈夫だと思うよ」
「そうか……そうだな。確かにそれなら大丈夫か……。ただ面倒ごとに巻き込まれてなければいいが……」
亜利沙はどこか腑に落ちないとでも言うような調子で言った。
「大丈夫だよ、春人くんは。だって、強いんでしょ?」
その言葉を聞いた亜利沙は、朝食前に春人と戦った時の記憶を鮮明に思い出す。
「ああ、確かにそれもそうだ。何せ、春人はお試しクエストトップ通過者だからな。何かあったところで、春人なら無事なはずだ。ところで、もう今日の授業は終わってしまったな日向。これから、どうしようか?」
亜利沙は何かをごまかすようにわざとらしい笑顔を浮かべると、日向に尋ねた。
「そうだね……、お昼までに少し時間もあるし、ちょっと簡単なクエストで経験値を上げたいかな」
日向はやわらかな笑顔を浮かべて言った。
「そうか、それならそうするとしよう」
亜利沙も朗らかな笑顔を見せて言った。
春人のことに気を留めながら……、
全く面倒なことになっちまった。
俺は心の中で憂鬱そうに呟く。
建造物も木々も何もない空間、ただ同じような背景が広がり続ける世界で女子と二人っきり。
誰にも邪魔されないで、二人っきりの時間が楽しく過ごせる……何て世界は俺も何度か夢見た訳だが、現実はそう甘くないらしい。
何故なら、その女は敵意をむき出しにしていて、あろうことか俺を傷つけるためだけに、仁王立ちして立ちはだかっているからだ。
「それじゃデスゲームを始めようかしら?」
沙姫はニヤリと怪しく笑い、蛇がネズミを狩るときのような目で、鋭く俺のほうを見た。
そして、一歩一歩ゆっくりと俺のところへ歩き始めた。
俺は悔しさから思わず顔を歪めた。
それは沙姫がこちらに向かってくるのに対し、俺はただ待つ以外他になかったからだ。
本当なら、こんなところから早く抜け出したい。
ところが、沙姫の妙な魔法にかかって身体が言うことを聞かないのだ。
したがって、逃げ出したくても逃げ出せないのである。
俺はその場に座り込んだまま、ただ沙姫が近づくのを待っていた。
砂利を噛みしめる気分でな。
沙姫が一歩一歩近づくにつれ、それに呼応して、俺の心拍数が上昇するのが感じられた。
来る、江坂が来る!
俺は、額から膨大な量の冷や汗を床に垂らした。
一歩一歩、一歩一歩。
そして、ついに沙姫はとうとう俺の目の前に立ちはだかった。
俺の心拍数は最大に達した。
沙姫は、憐れに脅える俺の姿を見て、冷たく笑うと、右足を大きく後ろに振り上げ、サッカーボールでも蹴るかのように、勢いよく俺を蹴り飛ばす。
その瞬間、俺の視界にはその光景が10倍減速のスローモーションに映るのだった。
どうやら、ここで素早さ10万の本領が発揮されたらしい。
システム上のバグなのか、詳しくは分からないが、俺の素早さが10万なのにも関わらず、どうにも決まってピンチの時しかこの素早さが発揮されないらしい。
この素早さは、あまりにも気まぐれで困ったもんだよ。
それにしても、沙姫の奴。
足を後ろに振り上げすぎだ。
本人は少し夢中になっていて気づかないのかも知れないが、思いっきりパンチラしているぞ。
色は黒か。
まあ、腹黒な性格に合っているんじゃないか?
俺は呑気にそんなことを考えていた。
まあ、今の俺にとって1秒は10秒に相当するから、沙姫の蹴りが飛んでくるまでに結構な余裕があるのでな。
それにしても、沙姫のパンツが黒なら、ブラもひょっとして黒なのだろうか?
もし、仮に下着の色は上下揃えるものだとすれば、黒に違いないだろう。
だとすると、沙姫の着用しているブラジャーはどんなブラジャーなのだろうか? 普通のシンプルな形状なのだろうか? それともカップの周りにフリルがついたかわいらしいデザインなのだろうか? あるいは布地の極端に少ないいわゆる勝負下着という部類の下着なのだろうか?
俺がそんなことを考えているうちに、沙姫の蹴りが俺の腹部にめり込む。
俺の身体に雷鳴のごときすさまじい痛みが全身を走った。
何だ? 戦闘ダメージ無効スキルが発動しない?
俺は沙姫のすさまじい蹴りをくらうと、20メートルほどぶっ飛ばされるのだった。
ただ何とか、俺が痛みでショック死する前に遅れながらスキル発動して、戦闘ダメージを無効するのだった。
いってえ……、絶対今の殺すつもりでやっただろ……。
俺は鋭く沙姫をにらみ付けた。
すると、この亜空間が消えて、見覚えのない教室が現れ、身体が動かなくなる魔法が消えるのだった。
俺は深い安堵の溜め息をつき、その場から手足をふらつかせながら立ち上がるのだった。
ようやく発動したな、俺の気まぐれスキルである書き換えスキル。
このスキル、一応テキスト上では『10分間いずれかのスキルが発動しない場合比較的実用的でないスキルを新たな実用的なスキルに書き換える』と記されてはいるものの、このスキルは10分間どころか1時間経ってもほとんど発動しないニートスキルである。
さて、今はここから逃げ出したいところだが、書き換えスキルの初発動に免じて、少し相手してやるとしようか。
おそらく、今書き換えられたスキルは、さっき【No damaging】が発動したことから、攻撃に成功した相手のスキルを1分間だけ無効に出来るスキルである【Minute out】だろうな。トランス・テスラがあれば確認できるんだが、今は仕方がない。とりあえず今は、沙姫の胸ポケットにあるトランス・テスラを奪い返すことに専念しよう。
「へえ、あの魔法を打ち消すなんてすごいじゃない。見直したわ」
「別に褒められても対して嬉しくないな」
「ところで、さっきの手品。あなたは魔法が使えないはずなんだけど、何をしたのかしら?」
「悪いな、企業秘密だ」
俺は不敵に笑ってみせた。
「そう、それなら秘密をあぶりだしてやろうじゃない」
沙姫は怪しく微笑み、魔法の杖を取り出した。
「やれるもんならやってみな。今回はさっきのようには行かないぜ」
俺は武器であるハリセンを手元に光芒から具現化させた。
「まっさか、ハリセンで私とやり合おうとでも言うの!?」
沙姫は俺の武器を見て、笑いをこらえきれず思わず吹き出してしまう。
「案外勝負なんてもんは、やってみなくちゃ分からないもんだぜ?」




