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トレスティン魔法学院Ⅶ

 現在、ゲーム内の時刻はAM9:53、現実時間に直せば20時28分。


 早足で先を急いでいた沙姫は、のどでも渇いたのか、急に自動販売機の前ではやる足を止めた。


「ねえ、春人。のど、渇かない?」

 沙姫は長い漆黒の髪をなびかせながら、俺の方に振り向く。

「いや、別にそこまで」

 俺は言葉短く答えた。


 このゲーム内の温度は基本的に現実世界の温度設定に忠実だ。

 現在は4月の下旬だ、特に過剰な暑さを感じることもなく、適度に快適な温度設定のはずだ。

 だから、大してのどが渇くこともない。


「そう? 私は教えるときに結構喋ったから、それでのどがカラカラよ」沙姫は疲れ切ったように弱弱しく目を細めると、再び自動販売機に視線を戻した。「ねえ、せっかくだし、春人も何か飲んだらどう? おごるわよ」

「ああ、サンキュ。それじゃあ、適当に水でも選んでおいてくれないか?」

「水でいいの? 他にも炭酸飲料だってジュースだってあるのに?」

「炭酸飲料はのど越し最悪で好きじゃない、ジュースは砂糖が入ってて、甘い感覚が口の中に残るから好きじゃない。ただそれだけだよ」

「ふぅん、変わってるのね」


 沙姫はそう言うと、自動販売機の取り出し口からペットボトルを2本取り出して、振り向き際に俺に飲料水の入ったペットボトルを手渡しする。そして、自動販売機近くのベンチに腰掛け始めたので、俺は沙姫の隣に座ることにした。


 沙姫はベンチに座るや否や、さっそくペットボトルのふたを空け、甘いカフェオレをゴクゴク飲み始める。

 沙姫は一度カフェオレに口をつけると、一気に半分くらいの量を飲み干してしまうのだった。


「よほど、のどが渇いてたんだな」

 俺は沙姫のカフェオレの残りを確認すると、少しだけ笑いながら言った。


「さっきも言ったように、本当にのどがカラカラだったのよ」

 沙姫は溜め息混じりに呟いた。


「でも、今日はそこまで暑くないと思うんだが……」

「仕方ないでしょ、そういう体質なの」

「俺がそういう体質だったら、元々のトイレが近い体質のこともあって大変なことになる」

「その点、幸いにも私はトイレが近いなんてことはないわ」

「これまた、体質の問題な訳だ」

「そういうことになるわね」


「ところで、俺は特別指導を受けるほどに、あの二人と比べて劣っているのか」

 俺は一旦間を置くと、何となくそのことが気になったので訊いてみることにした。


「別に、そんなことないわよ。あのりんごは、ある属性の魔力を感じたら、自然に反応するように出来ているのよ。だから、何も気にする必要はないわ。ただ、のどが渇いたから休憩がてらに話し相手を選んだだけよ。ただ、あなたが気にする必要はなくても、私にはどうしても気がかりな点があるのは否めないのだけれど……」

 沙姫は視線を落として、特に意味もなく下を見下ろした。


「気がかりな点?」

 俺は首を傾げた。


「そう、そうなのよ。それは、あなたの魔力にりんごが反応しなかったことよ。あのりんごはたとえどんなに微細な魔力に対しても必ず反応するように出来ているのよ。だから、まさかこんなことが起こるなんて夢にも思わなかったわ」

 沙姫はやや興奮気味に叫んだ。


 彼女の目は、研究者独特の熱のこもった目をしていて、それは目の前の謎を解明することに無我夢中になっているときの目と同じだった。


「それって、つまり俺には魔力がないってことじゃないのか?」

 俺はあごに手を当てて、何かを考えるような動作をしながら尋ねた。


「でも、そんなことは魔法を基準とするこの世界においてはあり得ないことなのよ」

 沙姫は、目の前で起こっている現象が何が何だか分からないとでも言うように、激しく眉をひそめた。


「実際に俺のMPは0なんだが……」

 俺は自信なさげにポツンと呟く。


「本当に? あなたの戦闘ステータス、ちょっと私に送ってくれない?」

沙姫は好奇心旺盛な視線を俺に送りながら、せわしく尋ねた。


「ああ、ちょっと待ってくれ」

 俺はトランス・テスラのボタンを押し、自身のプロフィールを沙姫のトランス・テスラに送った。


 俺はトランス・テスラのボタンを押して、視界にゲーム画面を展開させると、まずは、【selection】からの【language】で英語設定から日本語設定にした。それから、メールのアイコンをタッチすると、何故か【送信者】の表示のところに『江坂沙姫』の名前が記載されていた。


 どうやらトランス・テスラによる相手プレイヤーへのデータ送信は、相手プレイヤーが半径1メートル圏内にいる場合、特に何の手続きを行うこともなく、自動で相手プレイヤーにデータ送信が出来るようになっているようだ。

 だから、あのとき亜利沙は俺のトランス・テスラのアドレスも知らないのにも関わらず、俺のトランスにデータを送ることが出来たのだろう。


 沙姫は制服のポケットから自身のトランス・テスラを取り出して、すぐさま俺の戦闘データを確認すると、驚きのあまり、思わず小さな叫び声を上げた。


 ちなみにこれが現在の俺の戦闘ステータスである。


 LV  1


 HP  1


 スタミナ10


 MP  0


 物理攻撃0・000001


 魔法攻撃0


 物理防御0・000001


 魔法防御0・000001


 素早さ 100000


 筋力  0・000001


「何これ? いくら何でも低すぎるんじゃない?」

 沙姫はこの戦闘ステータスのあまりの低さに、苦笑を浮かべて尋ねた。


「それについては、俺も以前から考えていたことなんだよ」

 俺は沙姫の苦笑いに対し、同じ様に苦笑いして言った。


「それにしても、本当に全体的にステータスが低いわね。素早さだけ面白おかしいほど高いけど。普通の戦闘ステータスはこんな感じなのよ。まあ、私のはレベル2の戦闘ステータスだけど」

 沙姫は笑いながらそう言うと、俺のトランス・テスラに自身の戦闘ステータスを送った。

 

 これが江坂沙姫の現在の戦闘ステータスだ。


 LV  2


 HP  241


 スタミナ307


 MP  1051


 物理攻撃74


 魔法攻撃271


 物理防御72


 魔法防御226


 素早さ 111


 筋力  10


 この差は笑う以外他にないな。


「ところで、一つ気になるんだが、何故筋力の数値だけ少ない表示なんだ?」

 俺はこの沙姫の戦闘ステータスの筋力の表示を見て、いぶかしげに尋ねた。


「筋力というのは、片手で扱える武器の重量を表しているからよ。例えば、筋力が10なら10kgまでの片手剣、杖を扱えるというように。ところで、あなたの筋力は0・000001なのだけれど、いったいどんな武器を使っているの?」


「秘密だ」

 さすがに、『ハリセンだ』とは恥ずかしくて言えない。


 こんな低筋力だから俺の武器はハリセンになってしまったのだろうか?

 謎は深まるばかりだ。


「そう、別に答えたくなければ答えなくてもいいけど」沙姫は冷たくそう言うと、ベンチから立ち上がり、すっかり飲み干してしまった空のペットボトルをゴミ箱に入れた。「それじゃあ、そろそろ行くわよ」

 沙姫は長い漆黒の髪をなびかせながら振り向き、俺に呼びかけた。


「ああ…………」

 俺はベンチから立ち上がろうとする。

 すると、急に身体から力が抜け、手にしていたペットボトルを床に落としてしまう。


 唐突なめまいが身体を襲った。

 ぼんやりと視界が眩みはじめる。


 何だ、何が起こっているんだ?


 ぼんやりと眩みはじめる俺の視界には、沙姫の表情が映し出される。


 沙姫の表情は唐突に怪しく微笑み始めた?


 俺は、弱弱しく開かれた瞳にその不穏な光景を焼きつけながら、意識を失い、その場に崩れ落ちてしまうのだった。

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