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トレスティン魔法学院Ⅱ

ここが俺の部屋ではないことは一目瞭然である。


 俺は、ベッドから体を起こすと、唐突に広がる見知らぬ空間に驚きながら周囲を見渡した。


 病室のように狭く閉ざされた空間、ベランダはなく、部屋の向こうには観音開きの小さな窓があるだけだった。まるで、学生寮の一室のような印象を受ける。

 部屋の左奥の隅っこにはベッドが、その向かい側の隅っこには学習室が配置されていた。


 特に使用されたような様子はなく、床は糸くず一つ落ちていないほどに、きれいに掃除されていた。

 だから、当然ベッドのシーツにも染みのような汚れは一切付いていない。


 俺は、ベッドから立ち上がると、入り口ドア付近にある照明のスイッチを押して、部屋の明かりをつける。


 初めてこの空間の全貌が、俺の視界に映し出される。


 どうやら、ここは学生寮の一室であるらしい。


 俺は、この空間内を辺り一帯、しばらくの間見渡した。

 すると、真っ先に奇妙なところが俺の目に引っかかる。


 ここの室内の時計は、右側、つまり、学習机が配置されている側の壁に配置されているわけだが、その時計は10時を指していた。


 俺がこのゲームをやり始めた時刻は17:21だった。

 つまり、ここの時計は約4時間半早いわけだ。

 ということは、ここの時計は明らかに狂っていると言わざるを得ない。

 だが、それが完全に狂っているとは言い難い光景が俺の視界にあるのは事実だ。

 何故なら、窓向こうにある空模様が、明らかに17時時点での空模様とは薄暗さが全く違っていたからだ。

 見るからに、窓向こうにある空模様は春の22時の空模様と一致している。


 不審に思った俺は、すぐさまトランス・テスラをポケットから取り出し、スマートフォンを触るような手つきでボタンを押した。

 俺の視界には、ゲーム画面が表示される。

 すると、そのゲーム画面の左下には二つのデジタル時計が上下に配置されていた。


 その二つのデジタル時計は、どちらも異なる数字を示していて、例えば上のデジタル時計は22:00、下のデジタル時計は17:30というようになっている。


 その訳の分からないデジタル時計の表示に、俺はしばらくの間、頭を抱えたが、4分間考えることによってそれが何であるのか、何とか理解できた。


 この世界の時間感覚は現実世界の4倍早い。

 だから、ここの世界での4分間は、現実世界の1分に相当する。

 現在の時刻は、上のデジタル時計が22:04、下のデジタル時計は17:31という表示を示していた。

 この世界の時間感覚は現実世界の4倍早い訳だから、上のデジタル時計がここの世界の時刻、下のデジタル時計が現実世界の時刻となっているのである。

 

 まあ、時間感覚が現実世界の4倍早いにも関わらず、体内時計は全く変わらないのだから、変な気分なのは言うまでもない。


 それにしても、まだ夜の10時とは参ったな。

 何故なら、この『The gate of ability』はVRMMOにして、学園RPGだからだ。

 このゲームには多彩な学園イベントが用意されている訳だが、それが発生するのは授業のある昼間しかない。

 一応、単独でもゲームが出来るように作られているが、今俺が出来ることと言えば、単独プレイによるクエスト攻略くらいだ。

 せっかくのオンラインゲームで単独プレイというのもどこか寂しい気がする。

 そんな訳で、俺は一眠りして学園イベントを待機するとでもしよう。


 俺はすぐさま、ベッドに横になると、今日の色々なことによる疲労によって、すぐに眠りにつくのだった。




 目覚めの朝。


 壁につるされた時計は8時を指していた。


 目覚ましのベルがジリリリと騒がしく室内全体に響き渡る。

 目覚ましをセットした覚えはないが、親切な誰かが事前にセットしてくれていたのだろう。


 俺は何となく眠そうに身を起こすと、クローゼットの中にある、ワイシャツを羽織り、ブレザーを着て、制服姿で食堂に向かった。




 トレスティン魔法学院の全ての生徒が食堂で朝食を取るだけあって、広さは折り紙つきだ。

 だいたいショッピングモールのフードコートくらいの広さは確実にある。

 いや、それ以上だろうか?


 食堂には30を超える多くのカウンターがあって、どのカウンターでも同じメニューを選べるようになっている。


 俺は4人がけテーブルを一人で占領すると、最初にコーヒーを一口飲んでから、明太子フランスパン、さつまいもデニッシュを食べ始める。


 味は普通においしい。

 いつものパン屋さんで食べているのと、特に差はなさそうだ。


 俺は、コーヒーでも飲みながら、退屈そうな表情で食堂の様子をぼんやりと眺めていた。

 特にやることもなく、一人で、ただ時間が経過するのを待ち続けているのだった。


 時々、コーヒーの苦味にミルクを注ごうとしたが、コーヒーは生涯ブラックだと決めているため、俺はそのたびに心にブレーキを掛けた。


 食堂のカウンターには相変わらず、おびただしいほどの行列が出来ていた。

 それは、5分が経過した今でも、全くおとろえを知らない勢いだった。


 カウンターには、店員に学生が抗議している光景が見受けられた。


 おそらく、希望のメニューが売り切れになって、それで学生が文句を言っているのだろう。

 だから、この行列が一向に収まらないのではないだろうか?

 本人は店員に猛抗議中で全く周りが見えていない訳だが、たいてい人は無自覚なときに限って、他人に迷惑な行為をするのである。

 もし、その行為が迷惑行為であると自覚していれば、まともな人間ならその迷惑行為をすることを拒むはずだからである。


「あの……、あなたの前の席、よろしいですか?」


 そんなことをぼんやりと考えていると、いつの間にか俺の目の前には二人の少女が立っていた。二人の少女のうち、俺に話しかけてきたのは、左側にいる大人しそうな印象の少女だった。

 穏やかな目つきをしていて、髪は肩にかかるほどの長さで、髪の毛の色は染めた感じはなく、やや茶色気味といった感じだ。


 あまりに考え事に集中しすぎて、自己忘却と言うべきか? とにかく周囲が見えなくなるのが俺の欠点でもある。


 さて、この状況は全く予想外だ。どのように、対処すべきだ?

 いきなり見知らぬ美少女が声をかけてくるというこの状況は、普通の男子高校生にとってはかなりラッキーな展開なわけだが、コミュ症の俺はどうすればいいのだろうか?


 例えば普通に『いいですよ』というべきなのだろうか?

 いや、でもこの場合…………、だからこそあえて、このラッキーな展開をスルーするというのはどうだろうか?


 『俺はこんな逆ナン慣れっこですよぉ。だから、こんなつまらない逆ナンにゃ乗りませんよ』と言っているようで、何か格好良くないだろうか?


 うーん…………、

 よし決めたぞ!

 俺はこの誘いをストレートに断る!

 そして、逆ナン断る俺カッケェェェェェと心の中で叫んでやるぜ。


「いや、悪いな。この席は譲れないんだ」

「えっ……!?」

 少女は呆然ぼうぜんと俺の表情を眺めながら、首を傾げる。

 少女の頭の上にはクエスチョンマークが五つほど乗っているように俺には見えた。


 何かおかしくね、このセリフ!?

 明らかにニュアンスが違う気がする……。


俺はあまりの自分の言動の愚かさに、以前飲み込んだはずのコーヒーでむせてしまう。


「勘違いするなよ、別に私はお前の席の前に座りたいわけじゃない。私はお前とのバトルを申し込むためにここに来た」


 もう一方、隣にいる右側の背の低い少女が、俺の顔を思い切り睨みつけながら言った。

 少女は漆黒の長い黒髪で、切れ長の目をしていた。


「バトル? 何で?」

 俺は明太子フランスを口にくわえながら、むにゃむにゃと聞き取りづらい声で何となくダルそうに尋ねる。


「お前が江戸川春人か?」


 えっ、何で分かるの?

 俺は心の中で疑問をていした。


「いかにもそうだが、何でそれを知っている?」

 俺は怪訝な表情で尋ねた。


「それは、お試しクエストのスコアボードでお前の名前が載っていたからだ。ようやく見つけ出したぞ、江戸川春人」

 少女は自慢げに言うと、腰に手を当てて、もう一方の手で俺を指差しした。


「いや、そこじゃなくて、どうしてその江戸川春人が俺だと分かったんだと訊いているんだよ」

 俺はそう尋ね返すと、リラックスしたふうにコーヒーを一口飲んだ。


「それは、トランス・テスラでそういう設定にしているからだ」

「なるほどな」

「それでは、さっそくバトルを始めるとしようか?」

「待て、展開が速い! 何で俺がお前とバトルすることになっているんだ?」

「それはお前がトップで今回のお試しクエストを通過したからだ。私はあのデカブツと30分もの激闘の末、倒すことが出来たというのに、どうして、お前がトップなのだ? そこに納得がいかないから、私はお前にバトルを申し込むことにした訳だ」


 面倒くさいことになった。

 トランス・テスラでそういう設定にしたから?

 そんな設定はトランス・テスラにはなかったはずだ。

 何故、俺をこの人ごみの中で見つけることが出来たかと言えば、おそらく、彼女が何らかの能力を使ったからに他ならない。

 にしても、あのデカブツを倒しきるほどとは、かなりの実力者に違いない。

 おそらく、Sランク相当だ。

 さて、俺以外の学生の実力がどんなものなのか、俺自身もちょうど気になっていたところだし、このバトル。ありがたく受け取っておこうか。


「いいだろう。受けて立つぜ」


 少女は、その一言を待っていたとでも言うように、ニヤリと笑うと、さっそくトランス・テスラでフィールドを設定し、そのデータを俺のトランス・テスラに送った。

 俺の視界には、彼女のプロフィールとバトルフィールド、【accept】【refuse】という文字が表示されていた。これらの文字の意味は分からないが【accept】は青色、【refuse 】は赤色となっていることから、おそらく、青色の【accept】が相手からの挑戦状を受け取る表示だろう。


 そう考えた俺は、すぐさま青色の【accept】をタッチした。


 彼女の名前は伊吹亜利沙いぶき ありさ、ランクは予想通りSランクか、覚えておこう。


 俺と亜利沙は砂漠のステージに転送される。

 周囲には砂塵が舞い、砂嵐が吹き荒れる。

 視界は決して良好とは言い切れない。

 

「それでは、バトル開始だ」

「ああ分かってる。レディーファーストだ、先攻譲るぜ」

 俺と亜利沙との間には激しく戦慄した空気が漂い始める。


 まあ、俺は最初は相手の出方を伺うだけなんだがな。

  


 


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