第12章 次の依頼も四人で
ベルナの組合から応援が着いたのは、翌日の昼だった。
D級とC級が五人、馬で駆けつけてきて、倒れた大型の前で全員が足を止めた。先頭の髭の男がカティアと倒れた猪を何度も見比べた。
「これを、四人で?」
「四人と、門と、地面と、小屋の中の人たちで」
カティアはそれだけ答えた。
引き継ぎは半刻で終わった。北へ流れた群れの行き先、残った掘り跡、割れた門と崩れた石積みの場所。ノアが地面に線を引きながら説明し、髭の男はそれを紙に写した。ノアの説明は昨日より短かった。見た順番ではなく、髭の男が紙に書く順番で話していた。
俺の左腕は産婆の老婆が巻いてくれた布で吊られていた。骨は無事で、腫れは十日もすれば引くという。老婆は巻き終わると、ついでのように俺の額を軽く叩いた。
「門の子だね。あの子が生まれた時、外で一番大きな音を立ててたのはお前さんだ」
返事ができなかった。小屋の奥では、昨夜生まれた赤ん坊がダンさんの奥さんの腕の中で眠っていた。
帰り支度の途中で、宿の主人が俺を呼び止めた。
「壺のことだがな」
借りた水壺は放牧地の草の中に置いてきたままだった。今朝ダンさんが探しに行ってくれたが、ひづめで踏まれて割れていたという。中の銀露草は、言うまでもない。
「代金は……」
「いらん。あれだけのことをしてもらって、壺の代金を取る宿がどこにある」
主人は笑って俺の荷袋に干した腸詰めの束を押し込んだ。
リタは昼過ぎに荷車で戻ってきた。俺を見つけると走ってきて吊った左腕をじっと見た。
「門、割れたんでしょ」
「割れた。ごめん」
「いい。父さんが作り直すって。今度はもっと重いのにするって言ってた」
リタは声を落として付け足した。
「ちゃんと引いた?」
「引いた。押さなかった」
「よし」
リタは満足そうにうなずいて、小屋のほうへ駆けていった。赤ん坊の顔を見に行くんだろう。
その夜は宿場にもう一泊した。カティアが、腕を吊ったまま夕方に歩き出すのは駄目だと言ったからだ。髭の男たちは群れの行き先を確かめに北へ出て、夜のうちにベルナへ戻っていった。
*
翌朝早くに宿場を出た。ベルナへの帰り道は、来た時より長く感じた。
左腕を吊ったまま一日歩くのはきつかった。でも新しい靴は足に合っていて、豆はできなかった。ノアは俺の左側を歩いて荷袋の紐が肩に食い込むたびに、何も言わずに位置を直してくれた。
組合に着いたのは日暮れ前だった。
受付の女性は俺たちの顔と吊った腕を見て、依頼書を受け取る前に椀の水を四つ出してくれた。
精算は長かった。
銀露草の納品は三十枚、満額。トルカから届いた使いの手紙には、宿場の防衛について組合への正式な報告と、住民からの謝礼が添えられていた。謝礼は宿場の人たちが出し合ったもので、額は大きくなかった。でも手紙の最後に、宿場に残った全員の名前が書いてあった。産婆の老婆の名前も、小屋で生まれた赤ん坊の名前も。
倒した大型の板は組合が買い取るという。二枚は俺たちが持ち帰っていた。
そこから引かれるものもあった。借りた剣と盾の損料。カティアが捨てた予備の水袋。フィオナが瓶を二本なくしたことは誰も精算に入れなかった。
「翔太。左腕の治療代、組合から出るからね。仕事中の怪我は申請できる」
「……あ、はい」
カティアに言われるまで、そんな制度があることも知らなかった。
全部を分けて俺の手元に残ったのは、思っていたより多かった。でも数えたら籠手には足りなかった。
*
翌朝、腕を吊ったまま武具屋へ行った。
棚の一番いい場所を見た。
籠手がなかった。
黒い革に銀の鋲。手首の飾り紐。あの場所には、代わりに地味な革の胸当てが置かれていた。
「あれ、売れたんですか」
「三日前にね。C級の人が買っていったよ」
店主はそう言って、それから俺の吊った腕を見た。
「で、何を探してる」
「……剣を。自分の」
言葉にすると、胸が痛んだ。でも言ってしまった。
今まで使っていたのは組合の貸し出しの剣だった。今回の精算でも損料を引かれた。これからも仕事を続けるなら、自分の剣が要る。借り物の盾が腕の外側に回っていたのをカティアに一目で見抜かれた日のことを思い出した。
店主が奥から出してきたのは、中古の片手剣だった。刃は研ぎ直してあって、柄の革は巻き替えてある。飾りは何もない。鞘は分厚い革の実用一点張りの物が付いていた。
「前の持ち主はD級に上がる時に買い替えた。癖のない剣だよ。手入れもしてある」
握ってみた。借り物より少し重い。でも重さが手の中で落ち着いていた。
値段を聞いて財布の中身と比べた。買える。買って宿代と食費を一月分残して、まだ残る。
隣でノアが別の棚を見ていた。
「マスター。あれは」
視線の先に鞘が一本かかっていた。
黒い革に、銀の細い縁取り。鞘口のところに小さな葉の飾りが打ち込んである。剣は付いていない。鞘だけだ。あの籠手を思い出す意匠だった。
「別売りの鞘。あれは飾りだからね、値は張る」
店主が言った。聞いた値段は、剣とほとんど同じだった。
俺は鞘を見た。それから手の中の剣を見た。
買えなくはない。剣と鞘を両方買ったら、宿代が一月分、消える。
「……剣だけで」
声に出すと、思ったより悔しくなかった。籠手の時とは違う。あの鞘は、諦めるんじゃない。
「あの鞘、しばらく売れないでください」
「そんな約束はできないよ」
店主は笑った。
「でも剣を買ってくれた客が、鞘のために通ってくるなら。顔は覚えとく」
剣を腰に差して店を出た。実用一点張りの鞘が腿に当たるたびに、借り物とは違う重さがした。
ノアが隣で、俺の腰の剣を見ていた。
「格好いいと思います」
「鞘は地味だぞ」
「剣が、です」
ノアはそう言って服の胸を軽く押さえた。欠片は今、ノアが自分で選んだ小さな布の袋に入って服の内側にある。
*
訓練場の前を通ると、セドリクがいた。
槍の素振りをしていた手を止めて俺の吊った腕を見て、それから腰の剣を見た。
「噂になってるぞ。トルカの大型」
「俺が倒したんじゃない。カティアさんが」
「門を引いたのはあんただって、応援に行った連中が言ってた」
セドリクは槍を肩に担いだ。
「俺は今月、ずっと町の近くで護衛をしてた。日当は毎日入った。F級の割にはいい額だ」
「いいな。俺は剣を買ったら、もうほとんど残らない」
「でも、庭を見たんだろ。塔の上の」
セドリクはしばらく、言葉を探していた。
「……どんなだった」
「雨が降ってた。晴れてるのに」
それだけ言った。セドリクは何か言いかけて、やめて、槍を握り直した。
「次やる時は、その剣で来いよ。二本取るんだったな」
「取る」
「言ったな」
俺たちは、それだけで別れた。
*
その夕方、南門の外の屋台で四人で串焼きを食べた。
ノアは二本。約束どおり俺が払った。一本目を食べ終わったノアは二本目をしばらく眺めてから、いつもより小さくかじった。
「どうだ」
「一本目より、おいしいです。待っていた分だと思います」
カティアとフィオナも、それぞれ一本ずつ。カティアは腕を吊った俺のために串から肉を外して皿に移してくれた。慣れた手つきだった。
「で、次の仕事」
カティアが言った。
「翔太の腕が治ったら、だけど。四人で、次も組む。それはいいよね」
誰も反対しなかった。フィオナは微笑んでうなずき、ノアは「はい」と即答した。俺は口に肉を入れたまま首を大きく縦に振った。
「じゃあ条件。遠征。でも日帰りじゃなくて、宿場で一泊くらい」
「古い施設がいいです。前の人たちの仕掛けが、まだ動いているところ」
フィオナが指を一本立てた。俺も立てた。
「あんまり危なくないやつ。大型が出ないやつ。それと、ちゃんと稼げるやつ」
「翔太、それ二つ」
「じゃあ、あと一つ。ノアが見たいって言うもの」
「私は、きれいなものが見たいです。役に立たなくてもいいです」
ノアが即答して、カティアが笑った。
「屋根があるところ。雨に濡れないところ」
「それも翔太の希望でしょ」
「おいしい物がある町」
「それはノアの希望」
「はい」
全員の条件を並べていったらいつの間にか屋台の主人まで聞いていて、「そんな仕事はないね」と笑われた。
四人で笑った。腹の底から笑って、俺は吊った腕が痛くなった。
「……待って。一つあるかも」
笑いの途中で、カティアが真顔になった。
「組合の掲示板に、先週から貼ってある。眠る劇場。前文明の劇場で、照明の装置を回収する依頼。宿場で一泊。古い仕掛けが残ってる。大型の獣の報告はない。報酬は悪くない」
「きれいなものは」
「劇場だよ。きれいな物しかないんじゃない?」
フィオナが身を乗り出した。ノアが俺を見た。俺は串焼きの最後の一切れを飲み込んだ。
「屋根は」
「劇場だから、あるでしょ」
俺は笑った。
眠る劇場。
前の人たちが置いていった、光の装置。幕の下りたまま誰も座っていない客席。あの庭の水球が決まった道を回る仕掛けみたいなものが、そこにもまだ動いているのかもしれない。
「行こう」
言ったのは俺だった。三人がうなずいた。
夕焼けの中、南門の向こうで今日も走鳥の歓声がかすかに聞こえていた。
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