↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/11

二章第一話 夕暮れの燈火


 廃ショッピングモールでの戦いから一週間が経っていた。季節は夏。強い陽光がアスファルトを白く照らす。大気は熱を持って揺らいで見えた。

 ケイはトウマのアメリカンバイクの後部シートに座り、ヘルメットを被り控えめに彼の腰に手を回していた。エンジンの低い振動が体に伝わり、トウマの体温が背中越しに僅かに熱い。

 以前の灰色の世界では感じることのなかった、生々しい温度。

 ケイの瞳は、もう完全な黒ではなかった。奥底に桃色の炎が小さく灯り、トウマの燈火が宿った結果、焦げ茶に近い色へ変化していた。

 世界は以前より色を持って見えるようになった。それでも、感情のコントロールは上手くできない。それは嬉しいのか、不安なのか、胸の奥で何が動いているのか、自分でも判然としない。ただ、トウマの背中に触れていると、発作的に溢れそうになる感情が、少しだけ落ち着く。

 学校に着くと、トウマはヘルメットを外さずに軽く手を振って去っていく。ケイが校門をくぐる後ろで、女子生徒たちの囁きが小さく飛んだ。


 「またあのバイクの人……」 「蒼井さんの彼氏、なの?」 「他校の制服だよね。目立つよね」


 ケイは返事をせず、ただ鞄を握りしめて教室へ向かう。以前の自分なら、こうした噂さえも灰色のノイズとして感じるだけだった。今は違う。胸の奥が熱くなり、頰が少しだけ赤くなるのがわかる。

 トウマに対する感情。それが「恋」なのだと、頭では理解し始めている。それでも……初めての感覚は不安で、大きくて、胸が痛くなって、扱いきれない。


 (好き、ってなんだろう……)


  翠の席は、今日も空いていた。欠席届がずっと出ている。ケイは窓側の席に座り、焦げ茶の瞳で校庭を見下ろした。トウマの殘した温度が、まだ掌に残っている。暖かい。


 同じ街の、別の高校。東堂蒼司は図書室の隅で、古書とスマートフォンを並べて調べ物をしていた。炎使い。影。感情の残滓……断片的な情報すら出てこない。

 それでも、自分が何のために炎を燃やすのか、熱をどこに向けるのかを、蒼司は模索し続けていた。

 トウマとの共闘以降、影を焼くのはゲーム感覚ではいられなくなっていた。


 「東堂君、何調べてるの?」


 人気の無い図書室で突然、声をかけられた。

 顔を上げると、クラスでも特に目立たない女子生徒が立っている。

 黒崎響子、だったか。長く伸ばした黒い髪、いつも本を抱えていて、地味子、と陰口を叩かれている少女。

 蒼司はイヤホンを外し、適当に肩を竦めた。


 「……趣味の調べ物」「ふうん」


 響子はそれ以上深くは聞かず、隣の席に座って本を開き始めた。会話はない。再び、静かな時間が流れる。

 終業後、蒼司が図書室を出ると、響子も後ろからついてきた。帰路まで着いてくる。鬱陶しい、とまでは思わない。かといって、積極的に会話を促す気にもなれない。

 蒼司は無視するでもなく、されど拒否するでもなく、そのまま歩を進める。夏の空気、熱を持った暑い空気が夕暮れを僅かに歪める。

 涼しさを求めて入った路地は少しだけひんやりとしていて、空気が変わった。

 ……物陰から黒紅色の気配がいつもより多く、濃く湧き上がったからだ。影が二人を囲む。


 「……多いな」

 

 蒼司は指先に青い炎を灯す。黒崎響子が見ているだろうが関係ない。

 蒼司は躊躇う事なく炎を鞭のように伸ばして横薙ぎに一閃し、影を一気に薙ぎ払った。青い円弧の先に紫煙が上がる。

 その光景を、響子はしっかりと黒瞳に映していた。驚きと、どこか的外れな感嘆が混じった声が薄い唇から漏れる。


 「青い……炎、綺麗……」


 蒼司は一瞬だけ彼女を見たが、何も言わずに炎を消した。


 ケイの通う高校の校門前。トウマは傷だらけのアメリカンバイクに跨がり、ヘルメットを膝に置いて待っていた。留年しているとはいえ、一応は高校三年生。他校の制服に赤茶の髪、銀のピアス。目立つ風貌に、下校する生徒たちの視線が集まる。

 しかし、トウマは気にも留めない。手を繋いで帰るカップルを一瞥し、すぐに視線を外した。ケイの姿を見つけたからだ。

 トウマは軽く手を挙げ、ケイが後ろに跨がる。エンジンを始動させ、夕陽を背にバイクが走り出す。風が熱い。  互いの体温だけが、確かにそこにある。ふと、ケイが小さく口を開いた。


 「トウマ、恋人って……いたの?」

 

 その声はエンジンの音に掻き消され、トウマには届かなかった。彼はただ、前を見据えて走り続ける。

 最近は影の襲撃も少なく、穏やかな日々が続いていた。ハンバーガーショップへ向かう途中、いつもの路地裏にバイクを入れる。

 そこで、トウマは足を停めた。黒紅色の気配が、壁の染みから滲み出している。複数。濃い。


 「多いな……」

 

 トウマはポケットからZippoを取り出し、親指で蓋を開ける。カチ、という乾いた金属音が、夏の夕方の路地に小さく落ちた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。