エピローグ 16人目の掛け声
数日後。
ライブ本番前。
舞台袖に、16人が集まっていた。
客席から歓声が聞こえる。
「緊張するー」
「今日、人多くない?」
「多いよ。見れば分かるでしょ」
「見たらもっと緊張するから見ない」
「どういう理論?」
いつもの16人。
楓花は、その真ん中にいた。
「じゃあ、そろそろ円陣やろっか」
「出た」
「何?」
「キャプテンのダサい掛け声」
「まだ言う!?」
笑いが起きる。
「じゃあ誰か考えてよ!」
「キャプテンの仕事でしょ」
「こういうときだけキャプテン扱いするな!」
また笑う。
楓花も笑いながら手を出そうとして――
ふと、止まった。
今までの円陣。
自分が声を出して、15人が応える。
それが当たり前だった。
「……ねえ」
「何?」
「今日、ちょっと変えていい?」
「またダサいやつ?」
「まだ何も言ってない!」
「どうぞ、キャプテン」
「その言い方腹立つ!」
笑いながら、楓花は手を差し出した。
一つ。
二つ。
三つ。
次々と手が重なっていく。
楓花は無意識に数えていた。
いつもの癖。
一人。
二人。
三人。
――15人。
全員いる。
以前なら、そこで終わっていた。
みんないる。
大丈夫。
それを確認するのが、
キャプテンである自分の役目だと思っていた。
でも。
今日は違う。
楓花は最後に、自分の手を重ねた。
「……16」
真姫が笑った。
「ちゃんといた?」
「うん」
楓花も笑う。
「私もいた」
◇
「じゃあ、いくよ」
楓花が15人を見る。
「私が『Rain Crownは?』って言うから」
「うん」
「みんなで『16人!』」
一瞬の沈黙。
「……ダサ」
「おい!」
爆笑。
「シンプルすぎる!」
「もうちょっと何かなかったの?」
「いいの!」
楓花は笑った。
「今日はこれがいいの!」
その言葉に、15人が少しだけ静かになった。
真姫が笑う。
「私は好きだよ」
「真姫……!」
「ちょっとだけダサいけど」
「どっち!?」
また笑いが起きる。
でも真姫は、重なった16人の手を見ながら言った。
「でも、今の楓ちゃんっぽい」
楓花も手を見る。
15人の手。
そして、自分の手。
「……うん」
それでよかった。
格好よくなくていい。
キャプテンらしくなくてもいい。
今の自分が、ちゃんと入っている言葉なら。
◇
「Rain Crownさん、スタンバイお願いします!」
スタッフの声が飛ぶ。
空気が変わった。
「よし!」
楓花が声を上げる。
「Rain Crownは――?」
「16人!」
声が揃う。
思ったより大きくて、楓花自身が驚いた。
「もう一回!」
「Rain Crownは――?」
「16人!!」
「よし!」
楓花が笑う。
「行くぞー!」
16人が、一斉に手を上げた。
◇
その日のライブは、
うまくいったことばかりではなかった。
立ち位置を少し間違えた子がいた。
歌い出しが危なかった子もいた。
楓花自身、一瞬振付が飛びかけた。
それでも。
楽しかった。
誰かが間違えれば、隣の誰かが笑う。
目が合えば、つられて笑う。
楓花も笑った。
完璧じゃない。
でも、16人だった。
◇
ライブが終わる。
「お疲れさまでしたー!」
「疲れた!」
「お腹空いた!」
「何食べる?」
「もう食べ物の話!?」
「ライブしたらお腹空くでしょ!」
「楓花、何食べたい?」
「なんで私に聞くの?」
「キャプテンだから」
「関係ないでしょ!」
いつもの声が飛び交う。
楓花は少し後ろから15人を見る。
以前なら、また数えていただろう。
全員いるかな。
誰か疲れてないかな。
何か困ってないかな。
もちろん、これからも見ると思う。
たぶん、この癖はなくならない。
だって。
15人が大切だから。
でも――。
「楓ちゃん?」
真姫が振り返った。
「どうしたの?」
「……何でもない」
「また数えてた?」
図星だった。
「……ちょっとだけ」
真姫が笑う。
「何人いた?」
楓花は15人を見る。
そして、自分の胸に手を置いた。
「16人」
今度は、迷わなかった。
◇
それから。
Rain Crownのライブ前には、
少し変わった円陣が恒例になった。
「Rain Crownは?」
「16人!」
最初は、
「ダサい」
と言われた掛け声。
捻りもない。
格好よくもない。
他のグループが聞いたら、笑うかもしれない。
でも。
いつしか、誰も変えようとは言わなくなった。
その言葉を叫ぶと、必ず16人の顔が見えるから。
選抜に入った子も。
選ばれなかった子も。
歌が上手い子も。
ダンスが得意な子も。
まだ自信を持てない子も。
センターも。
そして、キャプテンも。
全員が、同じ一人としてそこにいる。
だから、楓花はこの掛け声が好きだった。
◇
キャプテンだから、
強くなくていい。
キャプテンだから、
泣かなくていいわけでもない。
誰かを羨ましいと思っていい。
前に出たいと思っていい。
見つけてほしいと願っていい。
疲れたら、
「疲れた」と言っていい。
寂しかったら、
「寂しい」と言っていい。
甘えたかったら、
甘えていい。
そして。
誰かが立ち止まったときには、
少しだけ周りを見て、
「一緒に行こう」
と言える人でいたい。
自分が立ち止まったときには、
ちゃんと、
「待って」
と言える人でいたい。
それが、
新宮楓花が見つけた、
自分なりのキャプテンだった。
15人を率いる人ではない。
15人を守る人でもない。
16人の中にいる、一人のアイドル。
ただ、その中で少しだけ周りをよく見ている人。
それくらいでいい。
◇
次のライブ。
「Rain Crownさん、スタンバイお願いします!」
スタッフの声が飛ぶ。
「はーい!」
16人が集まる。
楓花が手を出す。
15人の手が重なる。
「いくよ!」
楓花が大きく息を吸った。
「Rain Crownは――?」
「16人!!」
「声小さい!」
「えー!?」
「もう一回!」
「Rain Crownは――?」
「16人!!!」
楓花は満足そうに頷く。
「よし!」
「結局ダサい!」
「うるさい!」
爆笑。
そのまま15人がステージへ走り出す。
「行くぞー!」
「おー!」
「楓花、早く!」
「待って!」
楓花も走ろうとして、一瞬だけ立ち止まった。
目の前には、大好きな15人の背中。
きっとこれからも、数える癖はなくならない。
それでいい。
一人。
二人。
三人。
――15人。
全員いる。
以前なら、ここで「よし」と言っていた。
でも。
今は、もう一人いることを知っている。
楓花は笑った。
ステージの光が、その先に見える。
もう、最後の一人を忘れない。
だから。
今度は自分に向かって、小さく言った。
「15人いる。――よし、私も行こう」
そして、大好きな15人のもとへ走り出した。
キャプテンとしてではなく。
末っ子としてでもなく。
一人のアイドル、新宮楓花として。
Rain Crownの、16人目として。




