第2話【代打】
今日は帝国の式典当日。
自分は引き立て役だが、尊敬する隊長の引き立て役になれるのは光栄な事だ。
そんな事を思いながら、量産機のハッチに手を掛けた瞬間だった。
「おい、お前」
背後から飛んできた声に、赤毛の青年――ロイは振り返る。
整備班長――ガルドが、無精ひげを指で掻きながら顎で合図を送っていた。
「お前が乗るのはアッチだ」
ビシッと突き出された親指の先。
そこにあったのは隊長が搭乗する予定の新型機――ノクティス。
「……は?」
思わず、目を丸くする。
「隊長はどうしたんですか?」
声が自然と強くなる。
「ドタキャンだよ、ド・タ・キャ・ン!」
ガルドは肩をすくめて吐き捨てた。
「コイツの実機試験だってノリ気じゃなかったんだ。それに坊ちゃんはこういう見世物みたいなのは好きじゃねぇ。こうなるのはお前だって薄々わかってただろ?」
「准将を坊ちゃんなんて呼んで、後で懲罰を食らっても知りませんよ。全く……」
諫めるような口調。
だが、その奥にわずかに滲む感情をロイ自身が一番理解していた。
「いいんだよ俺は。アイツの下の毛が生えてくる前から面倒見てやってんだ」
ガルドは鼻で笑う。
ロイは視線をノクティスへ向けた。
「この機体は隊長用に調整されているんですよね? 俺に使えますか?」
「あぁ? 知らねぇよんなもん」
ガルドは面倒くさそうに返す。
「まあ安心しろ。オートバランサーはオン、エンジン出力は70%に抑えてある。他もイジれりゃもう少しまともにしてやれんだがな……」
そう言いながら、周囲を見回した。
「おい、嬢ちゃんを知らねぇか!? これ以上は俺じゃ無理だ、呼んできてくれ」
近くを通りかかった女性兵士に声をかける。
黒髪を背中に流したその兵士――セレスは、すぐに足を止めた。
「人気のないところを探して見物するって言ってましたよ。あの子、人混み苦手ですから」
「……ならデモ内容を変えるしかねぇな。おい!式典担当に繋げろ!」
近くの整備兵に怒鳴るガルド。
だが、返ってきたのは予想外の報告だった。
「それが……この後の陛下の演説、急遽事前録画のホログラム演出に切り替えるって話で……それどころじゃなさそうです」
ガルドは舌打ちした。
「何なんだあの親子は……」
低く吐き捨てる。
「全く、どいつもこいつも勝手ばっかりしやがる……」
そして、ノクティスを見上げた。
「堕ちちまっても知らねえぞ――新型!」
その言葉に、ロイの眉がわずかに動く。
「堕としたりはしませんよ」
短く言い切る。
「マニュアルをください。時間がない」
「ほらよ」
ガルドが無造作に投げ渡した端末を受け取り、ロイは踵を返した。
ノクティスへと歩き出す。
「おっと待った!」
ガルドの声が飛ぶ。
「コイツを着ておかねぇと、Gでやられちまうぞ」
投げ渡されたのは専用スーツとヘルメット。
量産装備とは明らかに違う、異様な作り。
(そんなにヤバいのか……)
喉が鳴る。
その様子を見ていたセレスが、そっとガルドに近づいた。
「ロイ先輩をやる気にさせてしまうなんて、さすがですね」
小声で囁く。
「そんなんじゃねぇやい」
ガルドは頬をボリボリと掻いた。
「お前もさっさと行け!」
「はーい」
軽く返事をして、セレスは自機へと走っていく。
専用のパイロットスーツを身に纏ったロイは、コックピットに滑り込む。
マニュアルを流し読みしながら、操縦桿に手をかける。
「基本は既存機と同じか……これなら――」
軽く動かした瞬間だった。
ブンッ――!
右腕が、まるでアッパーカットのように振り上がる。
「遊びが無さすぎる!?」
反応が鋭すぎる。
おそらくペダルも同じだ。
「おいおい、飛び立つ前に壊すなよ」
通信越しのガルドの声。
「こんなピーキーな設定、まともに扱えるようになるまで時間がかかりますよ!」
思わず怒鳴り返す。
「それは後で隊長に言ってくれや……」
ガルドが少し申し訳なさそうに言った。
「あと悪い知らせだ。パイロットはあくまで“レイ隊長”ってことにするらしい」
「そんな無茶苦茶な! すぐバレますよ!?」
あくまで自分は隊長の代打、お披露目は機体のみ。
そう思っていたロイは、動揺を隠せなかった。
「観客が求めてんのは機体じゃねぇ。“伝説のパイロット様”だ」
ガルドは淡々と続ける。
「どうせ素人ばっかりだ。適当に飛ばしときゃ納得する」
「ただし――的は外すなよ」
「……無茶を言ってくれる」
ロイは小さく息を吐いた。
だが、理解もしていた。
今、帝国軍は世界統一に向けた作戦の最中。
この場の戦力は要人警護に必要最低限しか割かれていない。
「いいか、使うのはペイント弾が装填されてるメインウェポンだけだ、間違っても剣やビームは使うな」
「了解」
短く返し、深く息を吐く。
式典開始のアナウンスが響く。
ペダルを軽く踏み込む。
「っ!?」
想像以上の加速。
派手に跳ね上がり、そのまま飛行形態へ移行。
進路を瞬時に確認し、直線加速。
「ぐぅ……っ!」
強烈なG。
視界が揺れる。
急旋回。
想定より大きく膨らむ。
だが、構っていられない。
人型に変形。
三つの的。
――撃つ。
すべて命中。
飛行モードに再変形、急速離脱。
強烈なGに耐えながら、荒いな…と心の中で吐き捨てた。
(隊長なら……全部ど真ん中だ)
荒れた呼吸の中、ロイは思った。
観衆がどよめく。
“伝説”の再現に。
その瞬間だった。
アラートが鳴り響く。
敵機接近。
待機していたフレイムが次々と発進する。
「何事だ!?」
無線を開く。
「敵襲です!所属不明!」
セレスの声。
ロイは即座に判断した。
「隊長不在。指揮権は俺が預かる」
一拍。
「各機、迎撃行動に入れ!」
「観衆に被害を出すな!!」
「了解!」
複数の声が重なった。




