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【完結済】夫という役割が消えるとき  作者: アレックス・フクリー
5)心のこぼれ落ちる場所

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5-3)誰にも言えない“虚無感”

「何も悪いことは起きていないのに、なんとなく、ずっと空っぽなんです」


 ある男性がそう打ち明けたとき、その言葉には強い感情の起伏はなく、むしろとても静かで、深い諦めのようなものが漂っていました。「虚無感」とは、何か特定の出来事や理由があるわけではないのに、心がぽっかりと空いてしまう感覚。夫という立場のなかで、その感情にふと襲われることは、実は決して珍しいことではありません。

 仕事はそれなりに順調。家庭にもトラブルはない。誰かに話せば「うまくやってるね」と言われるような日々のなかで、「何かがおかしい」と感じている。その"正体のわからなさ"こそが、虚無感の厄介なところです。普通に見える日常の裏側で、多くの男性たちが「自分は何のために生きているのか」「このまま一生を過ごしていくのか」という問いを、ひとり静かに抱えています。


 この感覚の背景には、「感情を表現しづらい構造」があります。

 男性は、幼いころから「泣くな」「我慢しろ」「文句を言うな」と言われながら育つことが多く、社会に出てからも「感情より理性」「弱音より結果」が重視されます。そのため、感情があっても、それを"感じたままに言葉にする"ことが難しいのです。

 小学生の男の子が転んで泣いたとき、周囲の大人は「男の子でしょ」と励まします。中学生が部活で挫折を感じたとき、「根性がない」と叱咤される。成人してからも、「男らしく」「強く」「冷静に」という言葉が、無言の圧力となって心の動きを抑え込んでいきます。その結果、多くの男性は感情を「扱い方がわからないもの」として、徐々に自分の内面から切り離していきます。

「なんとなくしんどい」と思っても、「いや、自分はまだ恵まれてる」と打ち消してしまう。「家庭で孤独を感じる」と思っても、「そんなことを口にするのは情けない」と自分に言い聞かせてしまう。そうやって心の奥に押し込めたものは、いつのまにか"言語化されない虚無"として蓄積していきます。やがてそれは、理由のわからない倦怠感、意欲の低下、あるいは突然の怒りや焦燥感といった形で、予期せぬ瞬間に表面化することもあります。

 さらに、夫という立場は、"語る相手がいない立場"でもあります。友人に家庭の不満を話すのは気が引ける。職場ではプライベートな話はしにくい。配偶者には「責めてるように聞こえるかもしれない」と遠慮して言えない。誰にも言えない、でもどこにも消えていかない。その行き場のない思いが、日常のなかでじわじわと広がっていくのです。

 男性同士の関係性も、この問題に影響します。「仕事の話」「趣味の話」「世間話」はできても、「自分の弱さ」「家庭での居場所のなさ」「漠然とした将来への不安」といった内面の話題に踏み込むことは、お互いに避ける傾向があります。本音を語り合うことができない関係性のなかで、夫たちは「みんな同じように感じているのだろうか」と、自分の感情の妥当性すら疑い始めます。

 またSNSの普及によって、他の家庭の「幸せな瞬間」ばかりが可視化される現代では、「自分だけが何かおかしいのではないか」という自己疑念がさらに強まります。完璧な他者と不完全な自分を比較し、「なぜ自分はこんなに空虚を感じるのだろう」と、さらに自分を責めてしまうのです。

 ある男性は、「妻も子どもも大切だし、別に離婚したいわけじゃない。でも、毎日家に帰っても、何かが満たされない。自分がただの"歯車"みたいに感じる」と話していました。そして「これを妻に伝えたら、『じゃあ、何が不満なの?』と問い詰められそうで怖い」と付け加えました。不満ではなく虚無—その違いを説明することの難しさが、彼の心をさらに閉ざしていくのです。

 虚無感は、自分の存在が"透明"になっていくような感覚です。感謝されないわけではない。責められているわけでもない。けれど、「自分がここにいる意味は?」という問いに、明確な答えが見つからない。誰かの役に立っていても、それが「自分でなければならない理由」にはつながらない。そんな曖昧で、でも確かに胸を締めつける感覚が、夫という役割の影に潜んでいます。

「家族を守る」という大きな物語は、かつては男性に明確なアイデンティティを与えていました。しかし現代社会では、家族の経済的基盤は必ずしも夫だけが担うものではなくなり、「守る」という概念自体も変容しています。そのなかで「自分の役割とは何か」という問いに、明確な答えを持てない男性たちが増えているのです。

 こうした虚無感は、時に「中年期のアイデンティティ危機」として現れることもあります。40代、50代になり、仕事でも一定の地位を得て、子育ても落ち着いたとき、ふと「これからの人生で何を目指せばいいのか」という問いに直面するのです。それまで走り続けることで見ないようにしていた「自分の内面」に、初めて向き合うことになる。その瞬間、長年溜め込んできた虚無感が、大きな波となって押し寄せてくることもあります。

 では、この虚無感をどう扱えばよいのでしょうか。 まず必要なのは、「言葉にならない感情を、言葉にしてみようとする」ことです。それはうまく表現できなくてもかまいません。


「うまく言えないけど、ちょっと苦しい」

「何が理由かはわからないけど、最近ずっと疲れてる」


 そんな曖昧な言葉であっても、それを誰かに伝えられるだけで、感情は少しだけ輪郭を持ち始めます。伝えられる相手がいなければ、紙に書いてみる、音声メモに録音してみる、といった形でもいい。大切なのは、ぼんやりした感情を「外に出す」という行為そのものです。

 言葉にしてみると、意外なことに気づくこともあります。「仕事がうまくいっていないわけではない」と思っていたのに、実は「誰も自分の仕事の価値を認めてくれない」という不満があった。「家庭は平和だ」と思っていたのに、実は「家族との対話が形骸化している」という寂しさがあった。そうした「気づき」は、次の一歩を踏み出すための重要な手がかりになります。

 次に、「感じてはいけない」と思っている感情を、自分で否定しないこと。「こんなことで落ち込むなんて情けない」「もっと大変な人だっているのに」と思った瞬間、感情は心の底に沈んでしまいます。"感じる"ことは、"甘え"ではなく"人としての自然な反応"です。それを許せたとき、ようやくその感情と向き合う準備が整います。

 特に日本の男性は、「我慢強さ」を美徳とする文化のなかで育ってきた人が多く、自分の感情を認めることに罪悪感を抱きがちです。しかし、感情を認めることと、それに振り回されることは別のことです。「今、自分はこう感じている」と認識することは、むしろ冷静さを取り戻す第一歩なのです。

 また、自分の内側にある空洞感を、すぐに"埋めよう"としなくても大丈夫です。無理に何かで満たすのではなく(たとえば、仕事に没頭する、お酒に逃げる、趣味に走るなど)、その感情に名前をつけたり、誰かと共有することで、少しずつ「自分はここにいていいんだ」と感じられるようになっていくはずです。

 興味深いことに、多くの男性は「自分の感情を語る場」を持つことで、徐々に変化していきます。男性だけの対話の場、同世代の父親同士の集まり、あるいは専門的なカウンセリングの場など—そうした場で「自分だけじゃないんだ」と気づくことが、大きな安心感をもたらすのです。

 虚無感とは、自分の存在と関係性の間に起きた"静かな断絶"です。けれど、その断絶は、気づいたときから修復を始めることができます。「何もない」と感じるときこそ、本当は"誰かとつながりたい"という切実な願いが隠れているのかもしれません。そして、その「つながり」を取り戻す第一歩は、自分自身の感情とつながり直すことから始まるのです。

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