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第92話:【閑話】実りの秋 :後編~二人の少女~

 これはウルド村での田植え後の、収穫祭の話である。

 繁忙作業であるイナホン刈りが終わった村では、大地の恵みに感謝して収穫祭が盛大に行われていた。


 普段は質素に暮らしている村人たちも、この日ばかりはご馳走と酒を卓に並べて賑わっている。

 ウルド族や草原のハン族の笛や太鼓が鳴り響き、スザクの民の子ども達が美しい音色が響いていた。


 そんな中。

 ウルドの少女リーシャは祭りの準備を終えて、裏方でひと段落していた。


「リーシャ姉ちゃん。じゃあ、僕たちも行くね!」

「ご馳走、たのしみ!」

「ええ。私も後から行くから」


 裏方でリーシャの手伝いをしていた子ども達は、われ先に宴の会場に走っていく。

 収穫祭はすべての村人たちが楽しむ祭りである。だがこうして裏方の準備も必ず必要である。


 村長の孫娘であるリーシャは準備をしていたのだ



「リーシャよ、この酒瓶さかがめはここに置くのじゃな?」

「あっ、シルドリアさま……はい、そこで大丈夫です」


 そんな彼女に赤髪の少女が話しかけてきた。ヒザン帝国の皇女であるシルドリアである。

 つい先日から村に住んでいる彼女も、率先してリーシャの手伝いをしていたのだ。


「分かったのじゃ。それからわらわのことは『シルドリア』と呼び捨てで大丈夫なのじゃ」

「はい……シルドリア……さん」


 生真面目な性格のリーシャは呼び捨てにすることは出来なかった。

 なにしろ相手は普通の少女ではない。

 

 大陸東部で有数の勢力を誇る大国家ヒザン帝国の皇女なのである。

 一介の村娘であるリーシャが呼び捨てにできる相手ではないのだ。


「まあ、よいのじゃ」


 シルドリアは変わった皇女であった。

 自分の身分を振りかざすこともなく、誰にでも平等に接している。特に村の子ども達とは友達にように親しく遊んでいた。

 

 天真爛漫てんしんらんまんというか、本当に不思議な皇女様である。


「それにしても、リーシャよ。ウルド村の収穫祭は、なかなか盛り上がるものじゃのう」

「はい、貧しい村ですが祭りの時だけは、みなで祝います」


 大陸北部にあるウルドは辺境の村である。

 人口は周辺の集落に比べても少ない。

 二年前に大人たちが悪い領主に連れ去れてから、ウルドの人口は減っていたのだ。


「老人と子どもしかいない村か……不思議な村じゃな」

「はい……」


「だが、ここまで他民族が寄り集まり、異文化の集約した素晴らしい村は初めて見たのじゃ」

「えっ……!?」


 シルドリアのまさかの褒め言葉に、リーシャは耳を疑う。

 帝都という大都市を見てきた自分にとって、皇女シルドリアの褒め言葉が信じられなかった。


 少数部族の血を引く彼女は、大きな街に対して劣等感があったのだ。


「ウルドの文化や工芸品は、独自でかなりの質じゃ」


 シルドリアは居候してから、村のいろいろな文化に接していた。

 

 ウルド式の陶磁器や革製品、織物と染物は独特でありながらも高品質であった。

 荷馬車隊で帝都の市場バザールで飛ぶように売れたことから、その人気の高さが伺える。


「ハン族とスザクの民、それに山穴族の文化が見事に花咲いている。これほどの場所は、大陸でもここだけであろう」


 シルドリアが村に住んで驚いたのは、ここの異文化の多種性である。

 村では各民が互いに尊重し合いながらも、独自の文化を高め合い融合していた。

 大陸でも有数の大都市である帝都、そこでも見たこともないような工芸品や技術が村にはあったのだ。


「そうでしたか。それも、すべてヤマトさまのお陰です……」


 皇女シルドリアの称賛に対して、リーシャは謙遜の態度で答える。

 ウルドの民には確かに誇るべき文化や風習がある。

 

 だが滅びに危機にあった村を救ってくれたのは、“北の賢者”ヤマトのお蔭だと。その知勇と勇気で多くの部族の子ども達と文化を、結び付けてくれたのだと答える。


「たしかにヤマトは不思議な男じゃ。滅多なことでは他人を認めないロキ兄さまも、意識しておったのじゃ」


 シルドリアもリーシャの意見に賛同する。

 

 帝都で出会った者たちも、ヤマトの不思議な魅力に惹かれていたと。

 特に才能あふれるシルドリアの実兄……皇子ロキが意識していたことは、彼女にとっても驚きであった。


 それもありシルドリアは、ヤマトたち荷馬車隊に付いて来たのだと語る。


「ところでリーシャよ。オヌシはヤマトのことをどう思っているのじゃ?」

「そ、それは賢人として村の助けを……」


「そうではない。女子おなごとして、男であるヤマトをどう思っているのじゃ?」

「えっ……それは……」


 突然の質問に少女リーシャは言葉を失う。

 話をはぐらかせようとするが、皇女シルドリアの真剣な瞳に射ぬかれて出来ない。

 彼女は本気で問いかけてきているのだ。


「……ヤマトさまは、大切な方です。できれば、これかも、ずっと側にいたいと思います……」


 真剣な瞳に応えて、リーシャも正直に話す。

 上手く言葉にできない。

 でも二年前に出会った時から惹かれていた。そんな自分の素直な気持ちを口にする。

 

「やはりそうか。わらわもヤマトの子を、授かりと思うのじゃ」

「えっ……!? こ、子を、ですか……」


 まさかの宣言にリーシャは絶句する。

 だが構わずシルドリアはヤマトに対する想いを続ける。


「そうじゃ……」


 自分が出会ったのはつい先日の帝都で偶然だと。最初は暇つぶし程度にヤマトにちょっかいを出していた。


 だが樹海遺跡の激戦と巨竜アグニとの決戦を通じて、いつの間にか惹かれていたと。

 帝国の皇女は誰よりも強い戦士を夫にして、血を残す宿命があるのだと。

 

 いずれは婿養子としてヤマトを帝国に引き入れることも考えていると、シルドリアは語る。


「ヤマトさまが……ヒザン皇族の一員に……」

「帝国は実力主義で、身分や出自は問わぬ国じゃ。あの者には十分に資格があるのじゃ」


 常に戦を強いられてきたヒザン帝国は、武勇と知勇を持つ者を優遇してきた。

 “霊獣殺し”そして“竜殺ドラゴ・スレイヤーし”の称号を有するウルドのヤマトなら、誰も文句は言わないのである。


「シルドリアさんの気持ちは、分かりました……でも、それでも、私はヤマトさまの側にいたいです」


 皇女シルドリアの重大な宣言を聞いても、リーシャの気持ちは変わらなかった。

 むしろ自分のヤマトに対する想いを、他の者に伝えたことにより強くなる。

 自分の命があるかぎり、誰よりも慕う人の側にいたい想いを。


「リーシャよ、思った通りに頑固じゃのう」

「すみません……でも、これだけは譲れません」

「オヌシはやはり、いい女子おんごじゃ」


 シルドリアとリーシャの間には、不思議な空気が流れる。

 産まれや育ちがまったく違う二人の少女。共通しているのは、一人の男に心が惹かれていることだけ。


 でも、それだけで長年の戦友のような友情が芽生えている。


わらわ以外にも、オルンのイシス……あの胸の大きな者も、ヤマトを好いておるな」

「はい……存じております」


 貿易都市オルンの太守代理の少女イシスも、ヤマトに惹かれている……そこことをシルドリアたちは勘付いていた。

 少し天然な性格であるイシスは、無意識的にヤマトに近づいていた。

 それを恋敵である彼女たちは見抜いていたのだ。


「北の賢者か……その割には色恋いろこいには、ずいぶんと鈍いようじゃな、ヤマトは」

「はい……そこがまた、素敵なのですが」


「面倒な男を好いてしまったものじゃ……わらわたちは」

「そうですね」


 シルドリアとリーシャは同時に苦笑いする。

 知勇と武勇と完璧で、まったく隙の無い男の、困った鈍感さに対して。



「こんな所にいたのか、二人とも。宴が始まるぞ」


 そんな時である。

 当人であるヤマトが裏にいた二人の元へやって来た。広場での収穫祭が始まるので呼びにきたのである。


「……行きましょう、シルドリア」

「……そうじゃのう、リーシャよ」


 相変わらずタイミングで、鈍感な人。

 二人の少女は満面の笑みを浮べながら、ヤマトと一緒に華やかな宴の場に向かうのであった。



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