第87話:勝利の雄たけび
最恐と伝わる魔竜アグニを、オレたちは倒すことに成功した。
メイン核を切断されたアグニの巨体は、徐々に風化を始めている。ここまできたら復活も不可能であろう。
『バ、バカな……下等種ごときの武具が、魔竜級を倒すなどと……』
霊獣管理者を名乗る少年は、消えゆくアグニの光景に言葉を失っていた。
魔竜メイン核を守る防壁に、そこまで絶対の自信をもっていたのであろう。
「この強弩槍は普通の槍ではない」
『なん……だと!?』
唖然としている少年に説明する。
オレの使った強弩槍は、一見すると普通の短槍である。
だが自分が設計して、老鍛冶師ガトンの作ったコレは普通ではない。
何しろ槍として相手を突き刺す武器ではなく、巨大な弩の本体。つまり攻城兵器の強弩なのである。
『そのサイズで、攻城兵器だと……』
「ああ。原理は簡単だ」
個人が携帯する武器がまさかの攻城兵器。驚愕している少年に説明を続ける。
強弩槍の原理はウルド式弩を同じ。だが巻き上げと発射については、特殊な素材を使用している。
(特殊な素材……“火石神の怒り”のことは秘匿だ……)
“火石神の怒り”は山穴族の秘石で、特殊な刺激を与えることにより爆発する。
その特殊な性質を見抜いたオレが、老鍛冶師ガトンから譲り受けた物であった。元々は火薬ほどの威力はないが、オレの調合で強烈な破壊力を生み出す武器となる。
その秘石を発射時の槍の加速と、到達時の破壊力増加に使用していた。それで超硬度の巨竜の竜鱗や体内甲殻を破壊できたのだ。
“火石神の怒り”は埋蔵量が少なすぎるために、戦の兵器として利用するつもりはない。対霊獣用の秘密兵器としてオレだけが所有する。
『なるほどね……下等種の中にも特異種がいたのか……ヤマトとやら』
オレの説明を聞き終え、少年は表情を変える。特異種という謎の単語と共に。
先ほどまで舐めきった態度は、もうそこにはない。対等な存在と相対するように、オレの顔を観察してくる。うかつに踏み込めない殺気だ。
『特異種であるキミは、この世界には危険だ……』
つぶやきながら少年は、何やら術式を目の前に展開していく。
『でも今日のところは見逃してあげよう……“門”』
その言葉から何らかの移動の術と推測できる。それを証明するかのように、少年は足元から姿が消えていく。
『ヤマト……いくつかの月日が経ちボクの魔力が回復した時に、キミを消滅させる。完全に力を取り戻したボクの力でね……“四方神の塔”と“魂鍵”はその後だ』
数体の霊獣の召喚とアグニの魔竜覚醒で、少年は多くの魔力を消費していた。数か月後に完全回復したその時が楽しみだと、不敵な笑みを浮べている。
「オレの所に来るのは、いつでも構わない。だが対価は貰おうか」
『対価だって!? 面白い冗談を言うね、ヤマト』
少年の身体は八割がた転移を終えていた。
オレや他の騎士たちも、少年を追撃できる配置にはいない。不気味な殺気を向けられ、うかつに斬り込めないのだ。
巨竜アグニを倒し、謎の少年をあと一歩まで追い詰めた。だが最後に見逃してしまう格好となっていた。
それゆえに少年も余裕の表情なのであろう。最後に勝つのは自分だと。
だが余裕はオレにもあった。
そう、少年は気がついていなかったのである。
「ラック、今だ」
「ういっす、ダンナ!」
その時である。
オレの指示と共に、少年の背後から軽薄な声があがる。
遊び人ラックが誰にも気がつかれることなく、息絶えた巨竜の背中を駆け上がり接近していた。
警戒心の強い霊獣管理者ですら気がつかない、見事な隠密術を駆使して接近していたのだ。
「これはみんなの受けた痛みっす!」
転移中の少年に、ラックは飛びかかっていく。
樹海遺跡やこの平原の戦いで傷つき、死んでいった騎士たちの想いをのせて。
『へえ……下等種の分際で、たいしたものだ……でも、あと一歩遅かったね!』
だが少年はヒラリとラックをかわす。転移の途中の状態でありながらも、回避することができたのである。
決死の覚悟で飛び掛かってきたラックを見下して、笑みをうかべる。所詮は下等種の浅知恵であったと。
「おい、気をつけろ。そいつは手癖が悪いぞ」
『何を言っているんだい、ヤマト……』
オレの忠告の意味が理解できず、少年は首を傾げている。
ラックの突撃は完璧に回避しており、門の術による転移も終わる間際。もはや逆転のチャンスは失われたと。
『ん……なんだい、この小石は……?』
勝利を確信して少年は、服の中の何かの感触に気がつく。
いつの間にか自分の服の中に、赤い石を入れられていたのだ。
「それが対価だ」
「お土産っす。かなり熱々になるっすよ!」
『な、なんだって…………』
少年の叫びは最後まで聞こえることはなかった。門による転移が終了したのだ。
そして凄まじい爆発音が、消えた門の奥から鳴り響いてきた。
「へへ……」
ラックがすれ違いざまに少年の懐にスリ入れた、“火石神の怒り”が大爆発を起こした。オレが事前に渡して、指示しておいた策が炸裂したのだ。
「やったのじゃ! ラックよ!」
「流石にあの爆発では、無事であるまい!」
竜上の戦況を見守っていた剣皇姫シルドリアと騎士リーンハルトは、ラックの功績を称える。
これまで誰も触れることできなかった、霊獣管理者に攻撃を加えたことに。竜鱗すら貫通する秘石の破壊力は、彼らも先ほど目にしていた。
「よくやったな、ラック」
「ありがとうっす、ダンナ……でも、アイツはまだ生きているっす……ヤバかったっす」
「ああ、そうだな」
ラックの不吉な言葉に、オレも答える。
おそらくは霊獣管理者はまだ生きているであろう。
ヤツが底を見せない不気味な力を隠し持っているのを、オレは見抜いていた。それは実際に触れたラックも同じである。
最後に一矢報いたはずなのに、あの少年の恐ろしさを逆に体感していたのだ。
「だが今は胸を張っていくぞ、ラック」
そんなラックを慰めつつ、オレは身体の向きを変える。
眼下に集まってきた皆に、竜上から視線を向ける。
霊獣管理者とのやり取りを、不安な顔で見守っていた帝国の騎士たち。そしてウルドの村のみんなへ。
誰もがオレの次なる言葉を待っていた。戦いの結末を知りたがっているのだ。
「オレたちの勝ちだ。魔竜アグニを討ち取り、帝都は守られた!」
オレは勝どきの声をあげる。
直後に大歓声があがり、この平原にいた誰もが勝利の瞬間に酔いしれる。
巨竜から帝都を守り切った帝国の騎士たちは、その歓喜にひたる。愛する家族や仲間を守り、祖国の誇りを貫き通したことに涙を流し、雄たけびをあげる。。
「やれやれ……長い戦いだったな」
こうして帝国での戦いは、勝利によって幕を閉じた。
そしてオレたちはウルド村へ戻る時が来たのである。