第71話:禁忌の存在
ヒザン帝国との交渉の最中、大剣使いバレスが霊獣に襲われ行方不明になったと報告があった。
「霊獣だと……そんなバカな!? 東樹海にいるなど記述はなかったぞ」
突然の伝令騎士の報告に、帝国の皇子ロキは声を荒げる。
先ほどまで氷のように冷静沈着だった男が、友であるバレスの窮地に動揺しているのだ。
「はい……バレス卿の探索隊が“例の遺跡”にたどり着いた直後に、数体の霊獣が降臨したとの報告です」
「まさか……遺跡の守護者……か」
オレやオルン太守代理の少女イシスが同室にいるのにも構わず、ロキは伝令騎士との話を続けている。
内容的にかなり重要な機密事項なのであろう。
だが人払いを忘れるほど動揺しているのが目に見える。
バレスがロキにとってかけがえのない友であることが、オレには推測できた。
「よしっ……真紅騎士団および帝都に残る全騎士団から、精鋭を集めて東樹海に向かうぞ!」
友であるバレスを救出するために、皇子ロキは精鋭部隊で出陣することを口にする。
もちろん総大将はロキ自身が先頭に立つと。
「ロキ殿下……落ち着きくださいませ。“呪い”を持つ魔獣にそれは愚策でございます」
「くっ……そうだったな、爺……」
後ろに控えていた真紅騎士が一人、初老の騎士がスッと進言する。
“呪い”を持つ霊獣相手に軍を派遣するのは、逆に愚かな策であると。
そのやり取りからこの老騎士が、皇子ロキに対して信頼と発言権を有していることが伺える。
(“霊獣”か……アレは厄介な相手だ……)
帝国のやり取り聞きながら、オレも霊獣に関する情報を思い出す。
この大陸には"霊獣”と呼ばれる謎の獣が、突如として降臨する。
外見はさまざま獣を模しているが、生態系などは一切不明。
降臨する場所や時期に規則性はまったく無く、ある日いきなり現れる。
霊獣は普通の獣を遥かに超える凶暴な力と、不思議な能力を持っていた。
そのため遭遇した地域の人々は、災厄や災害ごとく逃げ出し土地を破棄するしかないという。
(“呪い”……確かにアレの前には、どんな大軍でも意味を成さないな)
霊獣の持つ不思議な能力の中で、一番厄介なのが“呪い”だ。
"呪い”は射程圏内にいる敵対生物を強制的に操り、同士討ちにさせる恐ろしい効力を持つ。
それゆえに大人数での霊獣討伐は不可能とされ、たった一人の個人の武で倒すしかないのだ。
だが霊獣個体の戦闘能力も段違いに高く、大陸有数の腕利きの騎士ですら討伐が不可能に近い。
たった一人で討伐できたという公式情報は、ここ数十年は無いという絶望的な確率なのだ。
『霊獣の"呪い”は国を亡ぼす。去るまで手出し無用』
そんな禁忌の逸話もあり、王国や領主ですら霊獣には手を出さない。
降臨後は数百年経て消え去ると言われており、霊獣は決して触れてはいけない存在なのだ。
「私がバレスを救出に行こう! ……この魔剣と私ならば……」
「いけません、殿下! 霊獣相手に万が一のことがあれば、一大事であります」
単身で救出に向かおうとする皇子ロキを、老騎士は強い言葉で諫める。
皇帝の実子であるロキの身に万が一の事があれば、南に遠征中の皇帝陛下に顔向けができないと。
「だが今の帝都に、バレスと肩を並べる猛者は他におらんぞ」
「ここはバレス卿を信じて待ちましょう、殿下」
帝都には真紅騎士団や多くの騎士団、兵士団が駐在している。
だが大剣使いバレスと同レベルの騎士は、各地の前線に出陣しており不在。
ヒザン帝国でも三本の指に入る大剣使いバレス……今回はその猛者が突破できなかった複数の霊獣が相手。
同等の腕利きとなるとロキを除き、今の帝都には当てがないのだ。
「くっ……私は無力だ……」
友の窮地に皇子ロキは言葉を失っている。
心の奥では邪魔な皇子の地位を捨てて、今すぐ友の救出に向かいたいのであろう。
だがそれでは家臣たちにも、主を止められなかった罪が問われてしまう。
ロキ一人の勝手な行動のために、多くの部下の命が失われてしまうのだ。
「仕方があるまい……」
統治者は多くの命を救うために、一人の友の命を見捨てる冷静さも必要。
ロキは苦渋の選択を決意する。
まさに詰みの状況に、帝国の騎士の誰もが下を向いていた。
◇
「話は済んだか?」
ロキたちのやり取りが終わったのを見計らって、オレは口を開く。
時間がないから、早く次の話題に移ろうと。
「ヒザン帝国の第三皇子ロキ。もう少し骨がある男だと思っていた」
そして絶望に諦め顔をしているロキに、やれやれと言葉をかける。
騎士や指揮官としては有能であるが、男としてはまだ未熟であると。
「キサマぁ! ロキ様を侮辱するのか!?」
「許せん!」
「不敬罪で斬り捨てようぞ!」
オレの言葉に場の空気が一変した。
ロキの護衛の騎士たちは怒りで興奮し、剣の柄に手をかける。
それは誇り高き騎士の姿ではなく、感情に任せて荒ぶる獣であった。
だが理性のない獣に構わず、オレは言葉を続ける。
「ロキ、お前の配下から誰から道案内を頼む」
「なっ……」
「キサマなにを言っているのだ……」
まさかのオレの続く言葉に、この場にいた誰もが言葉を失う。
真意がつかめずに騎士の誰もが混乱しているのだ。
「まさか“東樹海の霊穴”へ……」
「ああ、正解だ」
この場にいる帝国騎士の中で唯一、皇子ロキだけはオレの真意を理解していた。
先ほどまでは友の危機に冷静さを失っていたが、オレの言葉にすぐさま聡明な頭脳をフル回転させていたのであろう。
やはりこの男だけは侮れない。
「勘違いするな。オレはあの男……バレスに貸しがある。それを取り返しに行くだけだ」
これは本当である。
他にもいろんな思惑がオレの頭の中あったが、今回の一番の目的はコレであった。
「ウルドのヤマト……貴殿は……」
「ヤマト……殿」
皇子ロキをはじめとする帝国の騎士たちは、誰もが驚き、言葉を失い、感動していた。
まさか他国の者が名乗りを上げるとは思ってもいなかったのだ。
「時間との勝負だ。準備を急ぐぞ」
こうしてオレは大剣使いバレスを救いだすために、霊獣の降臨した樹海へ行くことになった。
当作品の外伝短編を別作品として投稿しました。
ヤマトが転移する少し前の話。
よかったらご覧下さい。
【妖刀の見えし者 ~オレの恩返しはじまりの日~】
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