第34話:【閑話】新しい草原の弓
岩塩鉱山を霊獣から開放して一ケ月ほど経つ。
村の子ども達の怪我も完治して、ウルドの生活は元の平和な日々へと戻っていた。
そんな中、オレは村から少し離れた山岳草原に来ていた。
「よし、これより"新しい弓”の試射を確認する」
目的は新しく完成した弓の調子を確認するためである。
「ヤマト兄さま……これが私たちハン族専用の弓ですか
「ああ、“覇王短弓”だ」
「“覇王短弓”……」
「オレの世界……大陸の偉大なる英雄の名からとった」
「英雄の名から……本当に素敵な名をありがとうございます! ヤマト兄さま!」
ハン族の代表である少女クランは、満面の笑みで感謝を述べてくる。
この美しい少女は草原の民ハン族の族長の直系。今は生き残ったハン族の子供で結成した弓騎兵を束ねる身分にある。
「では、駆射の試し射ちをしてきます、ヤマト兄さま!」
「ああ。何かあれば遠慮なく言え」
「はい、ありがとうございます! よし、皆の者、行くぞ! ハッ!」
「はい、クランさま! ハッ!」
草原の少女クランの号令と共に、三十騎近い騎馬隊が駆けだす。
彼らはハン族の生き残りの少年少女たちで、今はウルドの村の新しい住人だ。
生まれもっての草原の民である彼らは子どもながらも、手足のように巨大なハン馬を操って疾走していく。
「ヤマトさま……あれが新しい弓なのです」
「ああ。リーシャさんのその“機械長弓”と仕組みは同じだ」
「なるほど……そうなのでね」
ハン族の子供たちが遠くで新しい弓の試射を始めた。
オレの隣にいた村長の孫娘リーシャは、その光景をじっと見つめている。狩人でもある彼女の視力は良く、遠目でもはっきりと見えているのであろう。
「あの揺れる馬上で……本当に見事な弓術ですね」
「あの“覇王短弓”は、ハン族の適正に合わせてオレが設計した。馬を操りながらでも使える」
「なるほどです。さすがはヤマトさまです」
今回、オレが山穴族の老鍛冶師ガトンに作ってもらったのは、前回のリーシャの機械長弓と同じ複合式の短弓であっあった。
設計図はいつものようにオレが汚い図面に描き、ガトンのジイさんが製作した。
「短弓とは思えない、凄い射程距離と貫通力ですね……」
「オレの計算だと、ハン族が今まで使用していた短弓の数倍の威力はある」
「数倍ですか……本当に凄いです……」
遠目で起きている試射の様子に、リーシャはしきりに感動している。
あの覇王短弓はオレのテコの原理や力学など機械的な知識と、山穴族ガトンの匠の技術を組み合わせた結晶である。
「威力はリーシャさんの機械長弓よりも少し劣る。だが連射性と騎上での使いやすさは覇王短弓が上だ」
「なるほど……使い手により色々と適性があるのですね」
ちなみに覇王短弓は老鍛冶師ガトンの一族以外には全く同じ物の複製はできない。
ウルド式の弩と機械長弓と同じで、内部の心臓部に特殊な歯車を使って加工しているからだ。
「それにしても、ハン族の子ども達は本当に凄いで部族ですね……」
「ああ、そうだな。生まれながらの環境と才能の成せる賜物であろう」
草原の少女クランをはじめとする、ハン族の子ども達の馬の操作術は本当に凄い。
オレも経験をしたことがあるが、馬を扱いながらの弓を射るのは、本当に特殊な技術と鍛錬を要する。
地震のように揺れる全力疾走の馬の上で、目標を正確に射る才能が必要だ。
更には足元の馬を手足のように扱いながら、自分の有利な位置に移動。相手の死角から精密な射撃をするなど、草原の民にしかできない芸当であろう。
「クランたちには今後、広範囲での巡回や偵察を頼むつもりだ」
「山林部はウルドの民の子ども達に。そして街道沿いや草原部はハン族の子たちに……ということですね、ヤマトさま」
「ああ、そうだ」
遮蔽物の少ない草原や荒野・山岳地帯などでは、彼ら弓騎兵は圧倒的な戦闘能力を持つ。
覇王短弓の数も揃ってきたので、ハン族の子供たちにも新しい仕事を与えていくつもりだ。
一日に数百キロを駆ける優れたハン馬を操るハン族は、平地の王者。今後の活躍が楽しみである。
「ヤマト兄さま! この覇王短弓は本当に凄いですね!」
「これまでのハン族の短弓の何倍も飛んだぞ!」
「しかも扱いやすいのです!」
覇王短弓の試射会も終わり、ハン族の子供たちが戻ってきた。
みな興奮して新しい弓の性能をベタ褒めしている。
この分だと後は、個人の成長に合わせて微調整していくだけで良さそうだ。
「それにしてもクラン様は流石でしたね……“ハン中て”で十六個もの的を射たのですから」
「二十個も中てられた我が亡き父上に比べらたら、私もまだまださ」
どうやらハン族に伝わる騎乗射撃の腕比べをしていたようだ。
時間内に指定された場所を駆けて、正確に射撃した点数を競う鍛錬だという。
このハン族の子供たちの中では、族長の血を引く少女クランが圧倒的に優れているらしい。
ちなみにクランの亡き父親は、この大陸でも有数の騎馬使いだったという。
「面白そうだな」
「ヤマト兄さまも"遊び”で挑戦してみますか?」
「ああ」
つい面白そうだったので、オレも“ハン中て”チャレンジしてみることにした。
前世の日本では、何回か乗馬の体験もしたことがある。落ちない程度には馬を進ませることは出来たはずだ。
「ヤマト兄さま、無理はなさらずにです! 初心者なら三個でも的中したら御の字です」
「ああ、無理はしないつもりだ」
覇王短弓と借りて、自分の愛馬となった巨馬“王風”にまたがる。暴れ馬だがオレだけには従順に従う。
「ちなみにハン族の歴代の記録は、クラン様の父上の二十個です、ヤマトさま」
「頑張ってみる」
そう言ってみたものの、ズブの素人は騎上では弓を射ることすら困難だ。
オレは慎重にゆっくり狙っていくつもりだ。
「では数えてくれ」
こうしてのオレの初めての駆射の体験が始まった。
◇
そして、数分が経った。
「す、凄いです……」
「さ、三十二個も的中だってさ……」
「凄いです! さすがヤマト兄樣です!」
「大したことではない」
オレの初めての“ハン中て”の遊びは終わった。
『制限時間内に三十二個の的中』という、ハン族の歴史を大きく塗り替えた記録と共に。
次話から、いよいよ第三章が始まります。
今後とも、どうぞよろしくお願いします。