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第114話:仕掛けられた策

 聖女との面会の場所に突如、現れた霊獣管理者レイジュウ・マスター。その召喚した霊獣との、戦いの幕が上がる。


「リーンハルト、この異形の獣の群れは⁉」

「師匠、詳しい話は後に。この霊獣は聖女さまを狙っています!」


 弟子であるリーンハルトの説明を聞き、元剣聖は剣を構える。それに習い他の三人の四天騎士も戦闘態勢に入る。

 彼らとて大陸でも最高位の騎士たち。霊獣の恐ろしさを肌で感じていた。


「“呪い”の無いこいつらは、おそらくは霊獣の中でも下位に部類する。必要以上に恐怖せず、腹部の“コア”を狙え」


 戦闘態勢に入った四天騎士に、オレは相手の弱点を伝える。

 前回の黒狼フレキ級に比べて、今回の霊獣から発せられる霊気は明らかに弱い。そして一番厄介である“呪い”も感じられない。

 それから考慮して相手の戦闘力を、オレは分析していた。


「四天騎士は四人で三体の霊獣に当たれ」


 慣れない騎士たちに役割分担を指示する。彼らは対人戦闘では、大陸でも最高峰の騎士である。

 だが人外である霊獣との戦闘は今回が初めて。独特の動きをする霊獣に慣れるまで、多人数での戦闘が必須である。


「なるほど。ここはウルドのヤマト殿の指示に従おう」

「聖女さまを守るためだ。従おう!」


 元剣聖が先頭に立ち、他の三人の騎士も指示に従ってくれた。先ほどの闘技場での試練で、オレたちの実力を認めてくれていたのである。


「シルドリアとリーンハルトは……」

わらわたちは一人で一体じゃ。のう、リーンハルトよ!」

「はい。こっちは私たちに任せておけ、ヤマト!」


 頼もしい掛け声と共に、帝国とオルンの騎士は剣を構える。

 樹海遺跡と巨竜討伐を経た、この二人の対霊獣戦の経験値は高い。更にあの時よりも腕を上げており、心配はないであろう。


「ところでヤマト殿、残りの五体はどうするのか?」


 召喚された霊獣は、全部で十体。その差の数を計算した元剣聖は訪ねてくる。

 この“祈りの間”には他の戦闘員はおらず、計算が合わないことを危惧きぐしていた。


「師匠、残りはヤマトに任せておきましょう。我々は目の前の霊獣に集中を!」


 オレの代わりに、リーンハルトが疑問に答える。

 それは過信や推測ではない。死線を共にくぐり抜けてきた仲間を、信じているからの言葉であった。


「いくぞ、みんな!」


 タイミングを見計らって、オレは戦闘開始の号令をかける。最初の作戦の通りに、それぞれの霊獣に斬りかかっていく。


『へえ……見事な采配だね、ヤマト』


 霊獣管理者レイジュウ・マスターの少年はその光景を、感心しながら眺めている。その口元には相変わらず、余裕の笑みが浮かんでいた。


黒犬ジャッカル級の戦闘力を、見ただけで測れるなんて。さすがだね、ヤマト』


 召喚した十体の霊獣を、少年は黒犬ジャッカル級と呼んでいる。

 たしかに外見は黒犬に似ている。だが猪ほどの巨躯でありながらも、その動きは素早い。


「だが……前回の霊獣に比べたら、劣る!」


 オレはそう叫びながら、二体の霊獣の“コア”を切り裂く。はたから見たら神業のような一撃であろう。

 だが高速移動する魔人バアル級に比べたら、この黒犬ジャッカル級の動きは直線的で読みやすい。


「次だ」


 そして霊獣との戦闘は、息をつく暇もなく続いていく。“祈りの間”には騎士たちの気合の声が響き渡り、剣気がほとばしっていく。


「さん……よん、ご!」


 霊獣の“コア”を破壊しながら、オレはカウントしていく。

 相手の戦闘力の低さもあり、時間はそれほど多くはかかってはいない。またオレ自身の戦闘力が向上していたのも、勝因の一つであろう。


「ヤマト、こっちも終わったのじゃ!」

「残るは、霊獣管理者レイジュウ・マスターだけだ!」


 シルドリアとリーンハルトも無事に霊獣を倒していた。霊獣のコアを見事な剣筋で破壊している。


「これが霊獣か……」

「一国を滅ぼす伝承……ほどでは、ありませんでしたな」


 四天騎士も無事に三体の霊獣を倒していた。

 霊獣との戦闘は初めてにも関わらず、危なげなくコアを破壊している。さすがは大陸でも屈指の騎士といったところである。


「油断はするな。本当の霊獣……そして霊獣管理者レイジュウ・マスターの力は、こんなものではない」


 油断している四天騎士に警告する。

 この少年の召喚できる他の霊獣は、まさしく国を滅ぼす力を有していると。そして当人であう霊獣管理者レイジュウ・マスターは本当の力を見せていないと。


『ふむ……なるほど。これが下等種の中でも上位と自負する、戦士の力なんだね』


 これまでの戦いをじっと見ていた少年が、静かに口を開く。あえて値踏みするために、これまで観察していたような口ぶりである。


「下等種だと⁉」

「我々、神聖騎士を愚弄する気か!」

「黙れ……ボクはヤマトと話をしているんだよ……」


 不敬な発言に四天騎士は激怒する。だが少年の発する強力な圧力プレッシャーに、すぐに口を閉ざす。

 歴戦の騎士たちが、年端もいかぬ少年の眼力に負けてしまったのである。


『たしかに黒犬ジャッカル級は、あんまり強くはないよね。特殊な能力も持ってないし……』


 そう語りながら、少年は身体の向きを変える。

 自分で破壊して空けた塔の石壁に穴。その外の景色に視線を移す。


「でも、とても便利な点が、一個だけあるんだ……」


 初年はそう叫びながら、何かの術を瞬時に展開させる。それに反応して聖都の空に、無数の魔方陣が浮かび上がる。


「それは“数”さ! 強くない分だけ、一度にたくさん召喚できるんだ!」


 その言葉と共に、召喚の術は完成する。聖都上空の魔方陣から、無数の獣が降り立っていく。


『さっきより多めに、黒犬ジャッカル級を召喚しておいたよ』


 少年の言葉は誇張ではない。眼下に広がる聖都の各地に、漆黒の霊獣の群れが降臨したのが確認できる。


「バ、バカな……」

「あ、あの数は何だ……」


 その信じられない光景に、四天騎士たちは言葉を失っていた。

 十万人を越える住人が暮らす聖都。その中心部に人外である霊獣の群れが降臨する。昼食時で賑わう繁華街は、突然のことに騒然となっていた。


「うーん、数はさっきの五倍はあるかな? 早く助けにいかないと、みんな死んじゃうよ」


 霊獣管理者レイジュウ・マスターは状況を説明しながら、笑い声をあげる。

 数十体もの霊獣を召喚しながら、その表情にはまだ余裕があった。明らかに前回とは違い、その力は増大している。


「霊獣が暴れ出すまえに、お前を倒す」


 状況を冷静に把握しながら、オレは少年に刃先を向ける。

 無数の霊獣を使役しているのは、この霊獣管理者レイジュウ・マスター。前回の経験から召喚者を倒せば、霊獣の動きは止まるはずである。


「たしかに、それは名案だね! でも時間稼ぎをしていたのは、キミたちだけじゃないんだよね……」


 驚く素振りを見せながら、少年は塔の眼下に視線を移す。そこには聖塔の中から避難していく一行の姿が見える。


「まさか……」

「じゃあね、ヤマト!」


 そう叫びながら少年は、壁の穴から外に向かって飛び込む。ここは聖塔の最上部であり、地上までは数百メートルの高さはある。


「“四方神の塔”を起動した後に、ゆっくり相手してあげるよ、ヤマト!」


 飛び降りた直後、少年の足元に一体の霊獣が降臨する。羽の生えた翼竜型であり、そのまま地上に向かって下降していく。

 

「聖女さま、お逃げください!」


 状況に気がついた元剣聖が叫ぶ。

 霊獣管理者レイジュウ・マスターの騎乗する霊獣は、塔の最上部から降下している。その向かう先には、聖塔から退避する聖女たち一行がいた。


けいらよ! 早く階段を駆け下りていくぞ!」

「承知した。だが、ここからだ間に合わないぞ!」

「しかも聖都の霊獣も、何とかしなければ……」


 突然のことに焦ってはいるが、四天騎士たちの状況判断は正しい。

 ここから自分たちが地上に降りていくには、らせん階段を降りていくしかない。

 

 だがどんなに急いでも時間がかかり過ぎる。直線で降下していく少年と霊獣には到底追い付けないであろう。


「なるほど……最初からこれが目的だったのか」


 オレも情報を整理していく。

 最初に霊獣管理者レイジュウ・マスターが十体の霊獣を召喚したのは、オレたちを倒すためではない。


 この最上階に腕利きの騎士を集めるため。つまり厄介な護衛を聖女から、引き離すための策であったのである。


「下にも神聖騎士団は控えている。彼らに持ちこたえてくれれば……」

「だが先ほどの翼竜型の霊獣……あれは普通ではなかった……」


 四天騎士は絶望に言葉を失っていた。

 下級の霊獣である黒犬ジャッカル級ですら、並の騎士は一対一では歯が立たない。そして翼竜型の霊獣は、更に別格の霊気を放っていた。


「落ち着け」


 動揺している神聖騎士を落ち着かせる。窮地に陥った時ほど、冷静な判断が必要とされる。

 ここにいる者たちの判断が、聖都の未来を担っているといっても過言ではない。


「だが、どうするのじゃ、ヤマトよ」


 “北の賢者”としての策を、シルドリアは求めてきた。この状況を打開できる冷静な判断を。


「四天騎士は霊獣の群れを制圧してくれ」


 まずは四天騎士に指示を出す。

 霊獣はたしかに恐ろしい相手である。だがあの黒犬ジャッカル級であれば、大勢の騎士で取り囲めば何とかなる。

 そのためにはロマヌス神聖騎士団を率いる、彼ら四人の指揮能力が必須となる。


「シルドリアとリーンハルトは、その手助けをしてくれ」


 次は帝国とオルンの騎士に指示を出す。

 霊獣との戦闘は経験がものを言う。変則的な動きや弱点であるコアの存在など、帝都の騎士団への助言は必須である。

 そして彼女たち二人の手助けがあれば、あの数の霊獣も何とかなるであろう。


「分かった、ヤマト。だが聖女さま……それにリーシャさんたちの方はどうする?」


 オルン騎士リーンハルトは確認をしてくる。

 なぜなら眼下では、聖女の一行が危険にさらされていた。危険な翼竜型の霊獣が、今まさに接近しているのである。

 あの霊獣が相手だと、護衛のリーシャやラックでは荷が重いであろう。


「聖女たちのことは、オレに任せろ。ここから追いかける」


 騎士たちに指示を出し終えたオレは、壁の穴に向かって進んでいく。自分であれば翼竜型の霊獣も何とかなるであろう。


「まさか……この高さから飛び降りるつもりか⁉ 自殺行為だぞ、ヤマト殿!」


 元剣聖は驚愕しながら引き留めようとする。

 たしかに地上数百メートルから飛び降りたなら、普通の人間は即死であろう。

 異世界で身体能力が強化されている、このオレですら命はないであろう。


「もちろん自殺するつもりはない」


 今は詳しくは説明をしている暇はない。

 オレは装備の入っていた木箱からロープを取り出し、塔の石壁に器具で接続する。

 これは三年前に転移してきた時、リュックに入れていたクライミング用のロープ。これまでも手入れと改造を続け、その実用性は確認していた。


「まさか、そんな細い綱で、この高さから……」

「無謀だ! 死ぬ気か!」


 時間が惜しいので、四天騎士たちの叫びは無視する。

 ロープの反対端を身体に固定して、オレは塔から降りていく。


「相変わらず無茶な男じゃのう、ヤマトよ」

「先に行っている。聖都の方は頼んだぞ」


 苦笑いするシルドリアに挨拶をして、そのまま垂直下降していく。

 これは切り立った断崖クライミングから下山する時に使う、垂直下降の技術の一つである。

 本来はロープと下降器の摩擦を利用して、岩壁を歩くようにしてゆっくりと下に降りていく。


「時間がない……すこし飛ばすか」


 だが聖女とリーシャたちを救うために、今は時間が惜しい。

 自然落下に近い速度で、オレは塔の外壁を駆け下りていく。普通の人間では決して出来ない荒業。

 だが身体能力が強化された自分の身体を信じて、地面に向かって駆け下りていく。


(間に合ってくれ……)


 こうして聖女たちの救出に、オレは単身で向かうのであった。



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