第113話:聖塔へ招かざる客
ロマヌス教団の聖女は、リーシャと瓜二つであった。
「教皇、これはどういうことだ?」
「わ、私に聞かれても……私も聖女さまを拝顔したのは初めてなので……」
教団の最高権力者である教皇に尋ねても、答えは返ってこない。お付きの侍女たちに聞いても、同様の返答であった。
なぜ北方の少数民族であるリーシャと、神聖なる象徴の聖女が同じ顔をしているのか?
その理由を知るのもは、この場にいる誰もいなかった。
「この子は……」
その中でも一番ショックを受けているのは、当人リーシャであった。
気絶している聖女を見つめながら、自然と身体が引き寄られていく。
「リーシャさん。ん……これは⁉」
その時である。
オレは急激な気配の変化を感じた。
「リーンハルト、シルドリア、ラック。皆を守れ! オレは聖女とリーシャさんを守る!」
室内にいた全員に、とっさに指示を出す。躊躇している暇はない。
「ヤマト⁉ くっ、これは⁉」
反応したリーンハルトが口を開いた、次の瞬間である。
聖塔が激しく揺れる。そしてオレたちのいる“祈りの間”の壁が吹き飛ぶ。
「みんな、大丈夫か?」
「いてて……なんとか大丈夫っす、ダンナ」
「妾たちも大丈夫じゃ……」
巻き上がった粉塵が落ち着き、全員の安否が確認できた。オレの咄嗟の指示のお陰で、退避が間に合っていたのである。
『あれ、少し強くしすぎちゃったかな?』
塔の外部から声が響き渡る。
だがここは地上から離れた塔の最上部。誰もいないはずのその空中から、声だけが聞こえてくる。
『へえ。塔の中は、こんな感じになっていたのか』
破壊された石壁の向こう側から、声の主が静かに姿を表す。
先ほどの衝撃は聖塔の外部から、何か強力な攻撃が仕掛けられたもの。そして、この声の主が攻撃を仕掛けてきた当人なのであろう。
(まさか……このタイミングで仕掛けてくるのか)
現れたのは一人の少年であった。
だが明らかに、人とは別次元の気配を発している。
『ヤマト……久しぶりだね』
オレに向かって少年は微笑んでくる。粉塵が巻き上がるこの場で、場違いなくらいな満面の笑顔。親愛なる友に向けるような、暖かい眼差しで見つめてくる。
「霊獣管理者……」
だが、その笑顔が偽物であることをオレは知っていた。
なぜならこの者の正体は、人を下等種として見下す霊獣管理者。人外である霊獣を使役する、危険な存在なのである。
「バ、バカな! この聖塔は強固な結界で守られていたはずだぞ⁉」
突然の襲撃者に教皇は目を見開き、声を荒げる。なぜなら天神ロマヌスの守るこの聖塔には、何人も寄せ付けぬ神の加護がある。それは攻城兵器ですらも防ぐ、強固な結界であると。
『神の加護? ああ、超帝国時代の結界術式のことか。たしかに強力だけど、憑代がその状態だと、性能も半減しちゃうからね』
少年は気絶している聖女に指差しながら、教皇を鼻で笑う。そして結界術式が弱まったのを感知して、ここまで転移してきたと語る。
(今すぐ攻撃を仕掛けるか……いや、前回と気配が明らかに違う……)
笑顔を浮べながらも、霊獣管理者にはまったくスキがなかった。
以前とは明らかに違う雰囲気。オレは最大級で警戒しながら、相手の出方を観察する。
「ここに来た目的は何だ?」
オレは聖女とリーシャを背中に守りながら、少年の目的を訪ねる。
霊獣管理者は捉えところのない謎の存在。だがその行動原理には、ある一定の目的と法則があることをオレは見抜いていた。
『前にも説明したけど、ボクの目的は“四方神の塔”を起動すること。でも、それには四本の“魂鍵”が必要なんだよね……』
たしかに樹海遺跡でも自分の目的を、そう説明をしていた。
魂鍵とは古代遺跡の塔がある範囲内に存在すると。王族や戦士などの強い意思を持った者の魂に、魂鍵は宿ると説明していた。
「つまり聖女……この少女も魂鍵の一人ということか」
『そう、ご名答だよ、ヤマト! さすがは下等種の中でも異質な“特異種”な存在だね』
オレの推測は当たっていた。少年は満面の笑みで称賛してくる。
特異種という単語は気になるが、この場ではあえて流しておく。おそらくは異世界から転移してきた、異質な存在を示すのかもしれない。
「ところで“四方神の塔”が全部起動されると、どうなる」
霊獣管理者は危険な存在である。だが引き出せる情報は多いに越したことはない。気になっていたその単語について情報を引き出す。
『“四方神の塔”が起動すると? それは、もう素晴らしい未来が、この世界を待っているのさ!』
まるで善意の塊のような笑顔で、少年は口を開く。この人類のために自分は尽くしてと言わんばかりである。
『君たち下等種でも古代超帝国の話は、少しくらいは知っているよね……』
今から遥か昔の話である。
この大陸を統一した超帝国の支配者たちは、特殊な力を持っていた。彼らはその力を使い、先住民を奴隷として支配する。そして支配者たちは奴隷を使役して、大陸史上ないほどの栄華を誇っていた。
『“四方神の塔”が起動すると、あの繁栄ある古代超帝国の時代が復活するんだ! もちろん今いる全ての下等種は、ボクの管理下に強制的に置かれてね!』
今は失われた支配者たちの“力”が、“四方神の塔”を起動させた者に宿るのである。絶対者となった自分の姿を思い浮かべて、少年は誇らしげに語る。
「ということは、お前は古代超帝国の崇拝者か……」
霊獣管理者の話を聞き終え、オレはその推測を口にする。古き大国を夢見る妄想者は、どこの世界でもいるものだと。
『惜しいよ、ヤマト! でも少しだけ違うかな。ボクの魂は間違いなく超帝国人のモノさ。今は仕方がなく、下等種のこの身体を器にしているけどね』
「なるほど。魂の転生というヤツか」
その話が本当ならば、少年は転生者であった。
遥か昔の種族が記憶をもったまま生まれ変わるなど、実に非現実的である。だが、ここまでくれば何が起きても不思議ではない。
なにしろ異世界から転移してきた人間が、ここにいるのだから。
『さて、質問は終わりかい。それなら、そこをどいてくれないか、ヤマト』
「残念ながら、それはできない」
聖女の身柄を引き渡すように、少年は要求してくる。まるで自分の所有物であるかの傲慢な口調で。
もちろんオレは即座に拒否する。
『相変わらず下等種の肩をもつんだね。まあ、想定して返答だけどね』
苦笑いを浮べながら、少年は肩をすくめる。ちょっとだけ困ったなという表情であった
『もしかして前回の善戦で、キミたちは調子に乗っているのかな……』
少年のまとう空気が一変する。
冷たい殺気が室内に張り詰め、どす黒い魔力が現れる。
(これは……)
この空気には覚えがあった。
前回の戦いの時、本気を出した霊獣管理者である。それを初っ端から少年は発してきた。
「おい、小僧!」
「ジイさん、箱をくれ」
隣の控え室から、老鍛冶師ガトンが駆けつけてきた。その手に持つ木箱を投げ寄越すように、オレは指示する。
「いくぞ、小僧!」
「ああ。ナイスコントロールだ」
ガトンから木箱を受け取り、そのまま錠を開放する。
その中には無数の武具が格納されていた。ウルド式弩とガトンズ・ソードなど、それは自分専用の武具の数々である。
(こちらも武具の出し惜しみは、無しだ……)
オレは流れるような一連の動きで、その武具を全身に装備する。全力を出してくる相手に、出し惜しみをする余裕はない。
『やっぱり邪魔をするんだね、ヤマト』
「ああ。この聖女にはまだ聞きたいことがある。渡す訳にはいかない」
そう尋ねてくる少年も、戦いの準備を終えていた。
周囲には無数の霊獣が召喚されている。前回とは違う種類の獣型の霊獣。その数は十体を越え、こちらに向かって恐ろしい殺気を放っていた。
「ラックは親父さんと教皇を退避させろ。リーシャさんとガトンのジイさんは、聖女と侍女たちを」
「わかったす、ヤマトのダンナ!」
「ヤマトさまもお気をつけて!」
“祈りの間”にいた非戦闘員に、避難の指示を出す。
この霊獣にどんな能力があるか知らない。だが彼らがこの場にとどまるのは、間違いなく危険であった。
「シルドリアとリーンハルトは……」
「こいつらの相手じゃろう?」
「任せてもらおう、ヤマト」
指示を最後まで聞かずに、二人の騎士はオレの隣に進み出てくる。隣の控え室に預けていた武具を、二人とも既に装備していた。
『へー、やる気なんだね。でもたった三人で、この十体の霊獣とどう戦うの?』
少年は余裕の表情で訪ねてくる。
前回とは倍の戦力差がある状況。しかも霊獣管理者は他の霊獣も、更に召喚してくる可能性もあった。
「たしかに、この数はちとキツイのじゃ」
「ああ……どうするヤマト?」
「大丈夫だ。この聖塔には“大陸最強”を自負する連中がいたのだろう」
不安を口にした二人の騎士に、大丈夫だとオレは説明する。
そのために霊獣管理者に質問を続け、時間を稼いでいたのだから。
「聖女さま! 教皇猊下! ご無事ですか⁉」
その時である。
自分たちの主を心配する声と共に、四人の騎士が“祈りの間”に飛び込んできた。
彼らは大国ロマヌス神聖王国が誇る、最強の四人の騎士である“四天騎士”。爆発音を聞きつけて、聖塔の詰所から駆けつけてきた。
「ちっ、下等種の分際で……」
「さあ、これで数では差はないぞ」
こうして突如あらわれた霊獣との戦いが、幕を開けるのであった。




