第105話:ガネシャ家
聖女への仲介役を頼むために、ラックの実父に会いに行くことになった。
ラックを迎えに来た豪華な馬車に乗り、オレたちは目的の場所へ向かう。
馬車は聖都の大通りを進み、上級街にやってきた。
「ヤマトのダンナ……ここが親父のいる屋敷っす……」
「ああ。ここがそうか」
ラックは少し重い言葉で説明をしてくる。城壁ほどの高さの塀に囲まれた、この敷地内に自分の父親がいるという。
厳重な警備の正門で検査受けて、馬車は敷地内の石畳を進んでいく。
「ほう。これはたいした実家じゃのう」
「シルドリアさま、たいしたどころか、これは普通ではないですよ……」
皇女であるシルドリアは感心していたが、リーンハルトは言葉を失っていた。何しろ屋敷の敷地の規模が尋常ではないのである。
「このガネシャ家の屋敷は、聖都上級街の面積の多くを占めています」
馬車に同乗していた女従者エルザが、この屋敷ついて説明してくる。
オルンのウルド商店にいた彼女は聖都生まれあり、実はラックの専任従者であった。
「聖都の一部を占めているだと……」
エルザの説明にリーンハルトは更に言葉を失う。
彼とて交易都市オルンの騎士貴族であり、屋敷には見慣れていた。だがこのガネシャ家は別次元の規模である。
「国を運営していく上で、あり得ない規模だぞ、これは……」
中世風なこの世界では、大貴族や王族たちは街に専用の屋敷を持っている。
だが城壁内の限られた土地を有効活用するために、その敷地面積は限られていた。なぜなら広すぎる屋敷は街の発展の妨げになるからである。
「それだけガネシャ家の権力が大きいのか……」
リーンハルトの推測の通りであった。
この屋敷はロマヌス神聖王国の都の一部の面積を占めていた。これだけで屋敷の主の権力が、尋常ではないことが伺える。
「ふむ、たしかに凄いのう。妾の屋敷よりも広そうであるな」
馬車の外の景色を眺めながら、シルドリアも感心していた。
ちなみに大国ヒザン帝国の皇族である彼女、その帝都にある屋敷もかなり大きい。だがラックの実家はそれを遥かに凌駕していた。
「たいしたものだな、ラック」
「いや、オレっちはあまり関係ないっす……ガネシャ家の歴史が凄すぎるだけで……」
オレの褒め言葉に、ラックは謙遜しながら下を向く。むしろ屋敷の規模の話に気まずそうにしていた。
「ヤマト……さま。先ほども言いましたが、この敷地内では必ず“ラクウェルさま”とお呼びください」
女従者エルザは釘を刺してくる。
ラックの正式な名である“ラクウェル”で呼ぶようにと。“ラクウェル・ガネシャ”それがラックの本名であった。
「ああ。気をつける」
ラックが実家に案内すると告白してから、このエルザは一変した。ウルド商店いた時の大人しい口調から、厳しい女従者へと変貌する。
おそらくはこちらの顔が、彼女の本当の姿のであろう。これまではラックの身分を隠すために、偽装していたのである。
それ以外にも気になる裏の部分がある女であるが、ラックの顔を立てるために気にしないでおく。
「ヤマトのダンナ……申し訳ないっす」
「気にするな。それよりもどうやら到着したみたいだぞ」
広大に敷地内をしばらく進んでいくと、馬車はゆっくりと停止する。雰囲気的にここが目的地なのであろう。
「これまた巨大な屋敷だな……」
またもやリーンハルトが驚くように、到着した屋敷は信じられない大きさであった。
オルンの街はもちろん、帝都でも見たことがない豪華絢爛な建物。宮殿のように富と権力の大きさを強調した屋敷である。
「では皆さん、ご案内いたします」
女従者エルザの案内で、オレたちは館の中へ進んでいくのであった。
◇
気の遠くなるような長い廊下を歩き、宮殿のような屋敷の奥にある応接室に案内された。
「ここでお待ちください。大旦那さまがいらっしゃいます」
エルザの指示に従い応接室で待機する。大旦那とはラックの父親の敬称であった。
「ほう、これは見事な椅子じゃのう。まるで羊毛の上に座る心地じゃ」
「たしかに、不思議な椅子だな……」
応接室にある椅子の座り心地に、シルドリアとリーンハルトは感動していた。
スプリングの無いこの世界で、椅子といえば硬い感触である。だがガネシャ家の物は見事な座り心地であった。
「それにこれらの絵画の作者は、どれも大陸最高峰のものばかりじゃ。これだけで小国を買えるであろう」
皇女として英才教育を受けてきたシルドリアは、応接室に飾られた美術品にも感心していた。
購買価格にして小国が買える価値。そのような絵画や彫刻が、応接室にずらりと飾られている。
「歴代のガネシャ家の大当主さまは、芸術家への投資を惜しまない方です」
エルザの説明の説明を聞きながら、オレも応接室を見回す。
たしかに優れた技術で創作された品が並んでいる。ヨーロッパの文化と比べても遥かに高い。
(だが悪趣味だな……)
オレの正直な感想はそれであった。たしかに高い芸術性の作品ばかりだが、飾るには趣味が悪い選定であった。
共通のテーマもなく、応接室に来た者に圧迫感すら感じさせる。その証拠にリーンハルトは緊張で口を閉ざしていた。
これだけでガネシャ家の歴代の当主の性格が推測できる。
「これから大旦那さまがいらっしゃいます。ですががその前に、一つだけ注意事項があります」
これまで以上に神妙な顔つきで、エルザが口を開く。
「大旦那さまには絶対に〝口答え”をしないでください。逆らったら最後、この屋敷から生きて出た者はおりません」
エルザの口にした注意事項はたった一つであった。だが冗談ともとれる、かなりの厳しい警告である。
「ヤマトのダンナ……今回だけはお願いするっす……」
いつもは軽薄なラックが、真剣な口調で頼んできた。
その表情が語るように、注意事項は冗談でも脅しでもないろう。これまで口答えした者は実際にして〝消えて”いたのであろう。
「ああ、善処する」
今回はラックの顔を立てるために、オレは大人しくするつもりである。
ここはラックの実家であり、相手は実の父親。他人の家の家庭事情に口出しするほど、オレも野暮ではない。
そして聖女と面会するためには、どんな不遜な相手だろうが我慢するつもりである。
「大旦那さまの御成りでございます」
その時、応接室に執事の声が響き渡る。そして部屋の奥にある扉が開き、豪華な服を身にまとった男が入室してくる。
「どこの誰が訪ねてきたかと思えば……我が息子ラクウェルによく似た愚者か?」
開口一番、その者はラックを睨み付ける、皮肉を口にする。その視線は氷のように鋭く、応接室の空気が張り詰める。
(この男がラックの実父か……そして大財閥ガネシャ家の当主か……)
ラックの実家は大陸最大の財閥家であった。事前の情報ではその権力は大陸全土に及ぶという。
(そして“かなりデキる”な……)
この大陸の経済を裏で操る大当主。マルネン=ガネシャとの命を賭けた交渉が、こうして始まるのであった。




