02.月姫からの『ご挨拶』
全員が『月代結姫』に釘付けだった。
二十歳だと聞いていたのに、席に着こうとしている少女はどう見ても十歳程度だ。ランドセルを背負っていてもなんら違和感のない容姿と身長である。
しかも老人のように白い髪。月代家は全員黒髪だったはずなのに。
白髪の少女の登場に、誰もが戸惑いを見せていた。
五人が唖然とする中、彼女は椅子に座ろうとして――男の護衛を振り返った。短髪で野性味溢れる容姿の彼は「そら見たことか」と言わんばかりの顔をし、結姫の体をひょいっと抱き上げる。
その間に女の護衛がポニーテールを揺らしながらクッションを持ってきて椅子の上に乗せる。
(……おい。今更椅子をクッションでかさ増ししてんじゃねーよ……)
そんなものは事前にやっとけと言いたくなるのをぐっと堪えて三人の行動を見守った。
結局、結姫はクッションで高さを調節された椅子の上に座らされている。どこからどう見ても兄と姉に世話を焼かれる十歳の少女だった。護衛の二人は彼女のすぐ後ろに立つ。
ようやく席についた結姫は五人をぐるりと見回してニコリと笑みを浮かべた。
「はじめまして、月代結姫です。今日は私のためにお集まりいただき、ありがとうございます」
そう言って結姫が頭を下げれば、後ろの二人も静かに頭を下げた。
声も可愛らしく、『これ』が二十歳だとは到底思えない。
「今日こうしてわざわざ集まっていただいたのは今回の許婚の件について簡単に説明するためです」
「説明……?」
礼人が眉間に皺を寄せて結姫を睨むように見つめる。彼の視線に怯むことなく、彼女はにこやかに頷いた。
「そう。何故五大家から許嫁を募ったのか、五人の許婚候補の中からどうやって一人を選ぶのか。
皆さんは既に各当主から聞いているとは思うけど……一応ね。私の口からもちゃんと説明しておきたいので。
あとは――……何か質問があればこの場で受け付けようと思います」
そう言って結姫は五人をぐるりと見渡した。
結姫から反時計回りに礼人、カヅチ、ノワ、比紗弥、蓮という順番に並んでいる。結姫の正面にはノワ、カヅチの正面には蓮がいた。円卓であればよくある並び順である。
――当主からの説明。
これは候補者全員が聞かされているだろう。カヅチもことのあらましは聞いていた。
室内に使用人が入ってきて紅茶とケーキをそれぞれの前に置いていく。
(……何だよ、このラインナップ……)
皿に乗せられていたのはミルフィーユ、フルーツがふんだんに乗ったタルト、大きめのシュークリームだ。普通なら客にこんなラインナップのケーキは出さないだろう。なんと言うか、食べづらいものばかりなのだ。
そう思っても誰も顔には出さないし、すぐに手をつけようとはしない。
肝心の結姫の前には紅茶しか置かれてなかった。
彼女は紅茶を飲みながら視線を落とす。
「まずは、何故五大家から許婚候補を募ったのか……。
これは皆さんも知っての通り、遠くない未来に現れる『殃禍』に対処するためです。
……十年前、私は『殃禍』を封印することしかできなかった」
殃禍。
数百年に一度発現し、大規模な災害を起こすと言われている存在である。
殃禍は裏三家の血族が神力を用いて『浄化』しなければ消すことができない。裏三家は殃禍を浄化するために存在していると言っても過言ではなかった。
この世界には『禍』と呼ばれる現象がある。
人間の負の感情から生じる瘴気が凝縮、あるいは具現化することで人間に様々な害をなす現象の総称を差していた。
禍は核の有無、そして規模によって三種類に分けられている。
禍片。核を持たず、瘴気の影響を受けた人間、動物、植物、現象など指す。
災禍。核を持ち、数十年に一度発現する。広範囲にわたる災害や連続した災害を引き起こす。
殃禍。巨大な核を持ち、数百年に一度発現。大規模かつ甚大な災害を引き起こす。
禍片は五大家の人間でも十分に対応可能だが、災禍と殃禍は裏三家の血族でしか――『浄化』ができないのだ。厄介な話である。それは核の有無が大きく影響しており、詳細は秘匿とされていた。
「殃禍を浄化するためには、多分私一人の力では足りない……。なので、五大家の力を借りるために許婚を募りました。
単純な協力要請としなかったのは……ちょっと、色々と事情がありまして……。
……申し訳ないのだけど、この事情というのは……追々。せめて、もうちょいお互いの人となりを知ってからで……」
それまですらすらと話をしていたのに、『事情』とやらの話題になった途端にしどろもどろになってしまった。しかも、後ろにいる二人の護衛の表情が険しくなったことも見逃していない。
何か余程ヤバい『事情』があるのだろうと嫌でも察してしまい、カヅチはこっそりと溜息をついた。
正面にいる蓮が軽く肩を竦め、「いただきます」と言って紅茶を飲む。そして、結姫へと視線を向けた。
「並々ならぬ事情があるのですね。その点については承知いたしました」
「ご理解感謝します」
蓮の言葉に結姫が僅かに頭を下げた。蓮は目を細めて結姫を見つめる。
「結姫様。敬語でなくとも結構ですよ」
「えっ。いや、蓮さんと比紗弥さんは年上ですし……?」
「気にしませんよ。ね、比紗弥さん?」
「えぇ?! あー、そうだね。堅苦しいのは苦手だし、フランクに話してもらえると嬉しいよ」
不意に名前を呼ばれた比紗弥はお茶を吹き出さんばかりに驚いていたが、すぐに人好きのする笑みを浮かべて頷いた。
処世術、という点においてはこの二人は優れていると感じる。急に名を呼ばれた比紗弥だって驚いたのは一瞬のことで、内心を悟らせるような表情は見せない。蓮に至ってはずっと穏やかな笑みを湛えているのだから。
その点、カヅチはすぐ表情に出てしまう。礼人はずっと仏頂面で、アレがポーカーフェイスだと思っているなら馬鹿すぎる。
ノワは話の間ずっとシュークリームを頬張っており、何を考えているのかさっぱりわからないので論外だ。
戸惑いを見せていた結姫だったが、周囲の様子を見てゆるりと肩から力を抜いたように見えた。
「それじゃ遠慮なく。いやー、ちゃんとしなきゃって思ってたからそう言って貰えると助かるよー。
あれ? 何の話だっけ? っていうか、どこまで話したっけ?」
「許婚候補を募った事情は秘密、までですよ」
「そーだったそーだった。ありがとね、みもりん」
先ほどまでの『月代家の長女・月姫』の像がガラガラと音を立てて崩れていった。背後から女の護衛にこそっと耳打ちされて、にこっと笑う姿はどう見ても十歳の少女である。
何とも言えない表情になってしまうが、比紗弥と蓮は笑顔を保ったままだった。
結姫はにこにこ笑いながら口を開く。
「どうやって選ぶかって話だけど……まずは殃禍を浄化するために背中を預けるわけだからね。
私が信じられて、私のことを信じてくれる――……。
つまり、ちゃんとした信頼関係が築けることがまず条件一つ目! 一番大事!」
元気よく言い放ち、人差し指を立てる結姫。
そこで初めてノワが顔を上げて、結姫を真っ直ぐに見つめた。シュークリームは綺麗に食べ終えており、クリームは少しも零してない。
「ハイ、質問」
「はい、ノワくん早かった! どうぞ!」
クイズ番組かよと心の中でツッコミながらどんな質問が飛び出すのか見守った。
「一つ目っちゅうことは、二つ目もあるん? てか、条件いくつあるんや?」
「おお、いい質問ですねぇ!」
結姫はさっき立てた人差し指を引き寄せて自分の頬に当てる。そして、謎のポーズを取りながらウィンクをし――何故か得意げにふふんと笑った。まるで、何か企んでいるかのように。
質問をしたノワは不思議そうに首を傾げている。
カヅチは謎のノリを見せる結姫をどこかうんざりした気分で眺めた。
「二つ目の条件。それを確かめるための審査は――……もう始まっています!」
「はぁ!?」
思わず声を上げてしまった。
比紗弥と蓮から嗜めるような視線が向けられるが、一方的な『審査』だと言われて「はい、よろこんで」と受け入れられる訳がない。見れば、礼人は窓の外を見て溜息をついていた。
(審査だ? ったく、神の血筋だからってふざけやがって……!)
悪態をつきつつ月代家に到着してから今に至るまでを思い出してみる。
カヅチの前にはミルフィーユ、タルト、シュークリームが「まだ食べないの?」と言わんばかりに並んでいた。




