01.月姫の許嫁候補たち
月代家の長女、月代結姫の許婚候補を五大家より一人ずつ募る。
各家の当主にお触れがあったのが二か月前。
当主や側近たちは騒然となり、誰を許婚候補として選出するかでてんやわんやとなった。
『現当主から三親等以内』という条件があったものの、彼らにとって救いだったのは『家督継承に関わる立場ではないこと』とあったことだろうか。
神の血統であることを笠に着た鼻持ちならない連中だとばかり思っていたが、一応、月代家からの五大家に対する配慮が窺えた。当然と言えば当然の配慮ではあるけれど。
神の血統である三家。神統三家、通称『裏三家』。
そのうちの一つが月代家だ。
月代家が許婚を募った理由は、五大家に関わるところにいれば察することができる。
できるが――「まるで生贄のようじゃないか」と囁かれるのは致し方ないことだった。
◆ ◆ ◆
その日。
五大家の一つ、焔崎家の焔崎カヅチは月代家へ向かう車に乗っていた。
当主からの指名、周囲からの圧力により『許婚候補』となってしまった。
『月代結姫と婚姻するに相応しい年齢であること』、そして何より『神力が甲以上であること』で対象が限りなく絞られてしまい、爆発騒ぎなどを起こして一族の中でも煙たがられているカヅチに白羽の矢が立ってしまった。
(……マジで生贄だろ。上からの命令で逆らえない上に、相手の顔も知らねぇっつーのに。
家から出てーって思ってはいたけど、こういう意味じゃねぇんだよ……クソ)
月代結姫。通称『月姫』。
この国において政治、経済に対して大きな力を持つ五大家。その五大家を更に裏から操る――は、流石に言い過ぎだが、おいそれと逆らえない存在であることは間違いなかった。
裏三家は神の血統を継ぐ者。
五大家は神々の力のみを受け継ぐ血筋。
双方『神力』と呼ばれる特殊な力を持っており、過多によって甲乙丙というランクに分けられている。当然、神力が高い者――甲となる人間は限られていた。
月代家が出してきた許婚候補についての条件は以下の四つだった。
一、当主から三親等以内の血族であること。
二、甲以上の神力を有していること。
三、家督継承に関わる立場ではないこと。
四、月代結姫と婚姻するに相応しい年齢であること。
焔崎家当主から見て甥にあたるカヅチは全てクリアしており、まんまと抜擢されてしまった。どの家も数人は条件に合う血族がいるが、どのように選ばれたのかは――その家のみぞ知るというところだ。
焰崎家は特に悩みもしなかっただろうけど。
目の前にどどんと立つ月代邸。
都市部から少し離れた避暑地。俗世から隔絶された土地にある大きな建物はレトロで、ひと昔もふた昔も前のもののようだ。しかし、手入れが行き届いているため古臭さは一切感じない。
神の末裔が住まう場所というにはいささか人間臭さがある。
それを差し引いても、大きな建物も、広い庭園も、その全ては別世界のよう。
(はーーー……マジで憂鬱すぎる。単位もヨユーだったから、遊ぶ計画立ててたのによぉ……)
五大家からの許婚候補選定が終わった後、月代家から『招待』という名の招集命令があった。カヅチはそれに従う形で月代家に訪れたのだ。
ぼけーっと建物を見上げていると、着物に身を包んだ使用人がやってきた。
「焔崎カヅチ様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
「……ああ」
ぶっきらぼうに返事をし、彼女の後をついていく。建物はコの字型で、入口から目的地まではまぁまぁ歩かされた。価値はわからないものの、調度品やシャンデリアなどが置かれており、金持ちなのは伝わってくる。
案内された先はだだっ広い部屋だった。大きなバルコニーに面した日当たりの良い部屋。
中央にかなり大きな円卓が置いてあった。等間隔にアンティーク調の椅子が設置されてあり、椅子と椅子との間隔は広めだった。丁度六角形になるように配置されている。
カヅチの前に既に三人、席についていた。
五大家同士の会合などもあるので、三人は顔見知りである。お前らなのかよ、という気持ちが顔にありありと出てしまった。
「こんにちは、お久しぶりです。カヅチさん」
にこやかに会釈をする柔和な青年。
水鏡蓮。
すらりとした体躯に柔らかな物腰を感じさせる。淡い色の髪色と青い目が印象的である。
現当主の孫にあたる。現在二十四歳。
「やあ。君も選ばれたのか、奇遇だね」
金剛院比紗弥。
ゴツい苗字に似合わない爽やかな長身の青年だった。ウェーブがかった金髪を後ろで一つにまとめているので、少し軟派な雰囲気もある。対して、いかにもスポーツをやってます、という体つきだ。
金剛院家当主の年の離れた弟にあたり、現在確か二十六歳。
そしてもう一人。カヅチを一瞥しただけで挨拶も寄こさない人物。
榊礼人。
腕組みをして眉間に皺を寄せている。神経質そうな雰囲気を強調するように眼鏡をかけていた。生徒会長か風紀委員でもやっていそうな見た目だ。実際、性格も神経質で規律に煩く細かい。
榊家当主の三男にあたる二十一歳。
いけ好かないやつだと思いながら、使用人からの「カヅチ様はこちらにお願いします」という案内に従って席についた。
「ドーモ。正月ぶりくらい?」
「そうだな、正月以外に顔を合わせることはないからな」
蓮と比紗弥に声をかけたつもりだったが、何故か返事をしたのは礼人だった。他の二人は苦笑している。
カヅチは(コイツ……)と呆れた気持ちになりながら、眼鏡越しに見える深い緑の目を軽く睨んだ。
「あんたは挨拶もしねぇで口だけ出すなよ」
「それは済まなかったな。改めてこんにちは」
「ボケてんのかてめぇ」
馬鹿みたいに真面目なのか、カヅチをからかっているのかわからない男だった。どこか機嫌悪そうに見えるのも要因の一つだろう。
五大家は五行になぞらえて、それぞれ木・火・土・金・水の力を持っていた。木は榊家、火は焔崎家、土は土御門家、金は金剛院家、水は水鏡家だ。
現在、四家揃っているのではあとは土御門家のみ。約束の時間まであと僅かだ。
土御門家からは誰が出てくるんだ、と考えたところで、扉がゆっくりと開く。
「あー、皆さんおそろいで。慣れへん場所やし駅で迷ぉてしもたわ。せやけど、まだ時間前やんな?」
入ってきたのは明るい関西弁の男だった。正月には見なかった顔だ。
黒いマスクに黒いパーカーフード、ひょろりとした体躯。手足は棒のように細い。フードから覗いているのは明るい茶髪と、同色の瞳。狐のように目を細め、円卓に座る面々をぐるりと眺めてからぺこりと頭を下げた。
「砂守ノワ言います~。よろしゅう頼んます~」
「ノワ様。申し訳ございませんが、マスクとフードをお取りいただけますか?」
「えっ。ああ、堪忍、堪忍。クセでつい……すぐ外すわ。マスクは自分で持っててかまへんよな?」
「ええ、構いません。ありがとうございました。では、こちらにご着席ください」
慌ててフードとマスクを外し、指定された席に座るノワ。
全員が着席したのを見た使用人は姿勢を正して口を開く。
「皆様、お時間になるまでしばしお待ちくださいませ」
そう言って彼女は部屋を出ていき、やたらと広い応接室に五人が残された。
カヅチは椅子を少し倒しながら最後に入ってきたノワを見る。
「砂守なんて聞いたことねぇんだけど、土御門の奴らはどーしたんだよ」
「分家なんや、砂守は。そやけど僕はいちおー当主の息子やで?
養子に出されとるだけやから条件的にはクリアしとるし、ちゃんと月代家に確認取っとる。
……まぁ、親子鑑定出せだの何だのと、ちょぉっと面倒やったけど」
「へぇ」
鑑定まで要求されたのかという驚きで、普通に声が漏れてしまった。やはり月代家、いや、裏三家は気に入らない。
「年は?」
「僕? 二十歳や。君は?」
「同い年じゃねぇか」
「お、奇遇やねぇ。仲良うしてな? てか、髪もやけどピアスもすごいな、自分」
年齢を聞いてみたらノワが人懐くこく話しかけてきた。ニコニコと親しげな笑みを浮かべ、カヅチを見つめている。
――髪とピアス。
思わず耳たぶを触ってしまった。右に五つ、左に三つ空けている。チャラいだのマイルドヤンキーだのと言われる容姿をしているが、燃えるような赤毛と赤い目は焰崎家特有のものだ。
神力を有する人間は髪や目の色が神力の属性によって左右されることが多い。焰崎なら赤、榊な緑、という具合に。普通の人間に混ざると奇異に見られることもあるが、こればかりはしょうがないことだ。
そして、特に話題もないので沈黙が落ちた。
ノワ以外の顔は知っているものの、別に親しいわけではない。
各家から選出された許婚候補五人をわざわざ集めるのも意味が分からなかった。仲良く雑談ができる間柄でもなければ、そういう雰囲気でもない。
気まずいと思っていると、時間ぴったりに扉が開いた。
「皆様、大変お待たせいたしました。結姫様が入られます。ご着席したままで構いません」
最後の一言がなければ、絶対に蓮が立ち上がって頭を下げていたはずだ。カヅチはホッとしながら扉へと視線を向ける。
小さな影が部屋に入ってきた時、誰かが息を呑んだ。
背中までの真っ白な髪。
月代家特有の金色の目。
そして、どう見ても十歳程度にしか見えない少女が、二人の護衛を従えて上座へと向かって行った。
新連載スタートです!
今日から10話分、11/15(日)までは毎日投稿です。よろしくお願いいたします!




