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婚約者が「君とは婚約解消だ」と言った三日後に「やっぱりあれはなしで」といってきたのですが。  作者: 清澄 セイ


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20/27

夢の中だけのお伽話。

 その後宮廷医師による念入りな診察が行われ、私は扉の外で様子を窺っていた。さすがに、元婚約者とはいえ裸体を見るのは憚られたからだ。

「エミリナ、いる?もう入ってきていいよ」

「はい、かしこまりました」

 私は頼まれて仕方なくこの場所に留まっているのに、すれ違う誰もが「今さらなんだ」というような視線を私に向ける。先ほどライオネルの部屋にいた看護人達は、これ見よがしに「追放されたココットの後釜を狙っている」と話していた。

「……いい迷惑だわ、まったく」

 まずもって、後釜という表現がおかし過ぎる。ココットは婚約者のいる男性に手を出すという、非人道的な行いをしている。私の悪評を散々吹聴していることは知っていたが、ここまで綺麗に騙されているといっそ同情すらしたくなる。

「不機嫌そうだね、エミリナ」

「誰のせいだと?」

「僕のせいか」

 オーウェンの顔は、まだ少し赤い。目もとろりと垂れていて、起き上がっていると辛いのか背筋も丸まっている。大人しく横になっていればいいものを、彼は呑気な声でそう言った。

「お気になさらないでください、失言でした」

 今のオーウェンといると、どうも調子が狂う。感情を殺すことは私の得意分野なのに、彼の雰囲気がそれを許してくれない。

「僕の前では、無理しなくていいのに」

「なぜですか?貴方の前でこそ、私は取り繕わなければ」

 ああ、腹立たしい。あれだけ汗をかいたというのに、動くたびにさらさらとなびく金の髪も、水面を映したような碧眼も、私を案じるような表情も、オーウェンの何もかもが気に入らない。

「今日は何をしようか」

「一日中ベッドの中です」

「せっかく君と一緒にいるのに」

「病人の健全な過ごし方です」

 きぱりとそう言ってみせると、彼はくすくすとおかしそうに体を揺らす。なぜだか、こちらが気恥ずかしい気持ちにさせられた。

「じゃあ、傍にいてくれる?」

「ご命令とあらば、私は逆らえません」

「ありがとう、エミリナ」

 まったく、なんて図太い神経の持ち主なのだろう。普通、ここまで嫌味を言われたら諦めるか、腹が立って追い出すかしそうなものを。

 彼は哀しげに微笑むだけで、私から離れようとはしなかった。

「ただし、ベッドの上です」

「ソファーや、部屋のテラスもだめ?」

「午後になって、お医者様の許可が下りるまでは」

「うん、分かった」

 素直に頷いたオーウェンは、自身の真横のシーツをぽんぽんと手で叩く。それには応じず、昨日と同じ位置に置かれているカクトワールに浅く腰掛けた。

「僕の話を聞いてくれる?」

「はい。なんでしょう」

「この六年間、ずっと頭の中で物語を考えていたんだ。そうでもしなきゃ、見たくないものを見てしまうから。もちろん君は別だけど、最近は哀しい顔しかさせられていなかったし」

 妙な言い方に、片眉をくっと上げる。オーウェン自身は気にしていない様子で、さらに言葉を続けた。

「超大作だよ。覚悟して」

「そうですか」

「まず、主人公は君。魔法を使って悪を退治する、麗しき正義の女神」

 もうその時点で、うっと言葉に詰まる。止めてくれと視線で訴えたが、鈍感なオーウェンにそれが伝わるはずもない。

「真っ白なドレスには、ダイヤがいっぱい散りばめられていて、その銀髪に良く似合っていて凄く綺麗なんだ。それで、困っている人達を助けるたびに、そこから一つずつ千切っては渡し、また千切っては渡し」

「は、はい?なんだか話がおかしな方向に」

「そんなことないよ。エミリナは優しいから、そのくらい簡単にしてしまう」

 着ているドレスの装飾品を千切る女神など、恐怖以外の何者でもないような気がする。

「僕の役は、そんな君に一目惚れをするしがない花売り。命を助けられて以来、なにかと付き纏っては鼻であしらわれてる」

「……空想の中でくらい、ご自身を主役にしては?」

「ううん。僕は君が主役の方がいい」

 いつもほわほわとしているくせに、こういう時だけはいやにはっきりとしている。仕方がないので、私は続きに耳を傾けることにした。

「君がダイヤを配るたび、千切れたところに僕が花を縫い付けていく。その時は必ず愛していると口にしながら。そうしていつの間にか、エミリナはすっかり花の妖精になったんだ」

「魔法を使えるのなら、自分で繕えるのでは?」

「そこはほら、ファンタジーだから」

 だったら、もっと夢のあるストーリーにするべきだと思う。

「君のおかげで民は貧しさや恐怖から解放された。今度は二人で、国中を美しい花でいっぱいにする旅に出掛けましたとさ。第一部はこれでおしまい」

「意外と平和でしたね」

 第一部は、という文言には触れない方が無難だと判断した。

「エミリナと二人で、幸せに暮らしたかったんだ。それが、僕の一番の願いだったから」

 彼は柔らかく目を細め、愛おしげに私を見つめる。無意識のうちに身を乗り出していたことに気付かず、オーウェンの熱い吐息が微かに頬にかかる。

「もう二度と叶わないから、頭の中で作り出した物語に縋るしかない。せめてこの世界でだけは、たくさんの愛を伝えようって」

「……オーウェン様」

 私が名を呼んだ瞬間、彼の碧眼がゆらゆらと揺れる。嬉しいのか哀しいのか、どちらとも取れる表情でふにゃりと眉を下げた。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >ココットは婚約者のいる男性に手を出すという、非人道的な行いをしている。 婚約内定者との出立4日前に三日三晩を元婚約者と密室で2人で過ごす事は人道的だと思ってらっしゃる…? まだ、…
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