本当の終止符。
「さっきも言ったでしょう?私に誤魔化しは通用しないと」
「違うよ、エミリナ。僕は死んだりしない」
「嘘吐き!性懲りもなく、また私を騙そうというのね!」
ばっと手を振り払い、彼から距離を取る。両の目が痛いほどに睨めつけながら、ありったけの憎しみを込め声を荒げる。
「私だけが結婚することが許せないのですね」
「それは絶対に違う!君には誰よりも世界で一番、幸せになってほしいと思ってる!」
「それならばなぜ!」
――なぜ、私を捨てたの。
先に涙が溢れたのは、私の方だった。六年振りに流した涙は酷く温かく、止め方などとうの昔に忘れてしまった。
「貴方は一体どれだけ私を苦しめれば気が済むの⁉︎中途半端にこんなことをして、死ぬならそのまま黙って死ねば良かったのよ‼︎」
「……全部、君の言う通りだ」
オーウェンはまるでそれしか拭くものがないとでも言いたげに、ぎゅうっと私の体を胸に閉じ込める。そこから逃れようともがいても、びくともしない。
「本当にごめんね、エミリナ」
泣き虫のくせに、私が泣いている時には絶対に泣かない。かつての彼は、そんな人だった。
「私がいつ、貴方に見切りをつけたか分かりますか?」
温かいというには、あまりにも熱が高過ぎる。私までくらくらと目眩を起こしてしまいそうだと、必死で体に力を入れた。
「あのパーティーで、貴方が私に婚約解消を宣言した時です。馬鹿だと笑いますか?あそこまでされなければ、私の目は醒めなかった」
情けなくて、笑ってしまう。どれだけ冷たくされようとも私は、オーウェンに期待することをやめられなかった。きっといつかは、昔の優しい彼に戻ってくれると。
「ようやく決心をしたのに、またこうして私の心を弄んで。さぞや優越感に浸っておられるのでしょうね」
「……ごめん、エミリナ」
「謝罪などほしくないわ」
両手で彼を突っぱねた私は、乱暴に涙を拭う。心の箱に鍵を掛けて閉じ込めていたつもりだったのに、それをオーウェンが無理矢理こじ開けた。
「貴方は先ほど、自分を取り戻したとおっしゃいましたね」
気を抜けば鼻を啜ってしまいそうになるから、口を開く時はぐっと息を止める。
「では、この六年間のオーウェン殿下は一体誰だったと言うのですか?まさか、別人に身体を乗っ取られていたとでも?」
鼻先で笑う私を、彼の瞳が哀しげに見つめる。もしも「そうだ」と言われたら、許してしまいたくなる。
けれどそれは、今この瞬間だけ。実際にはあり得ないことに期待をして、いつまた彼が私を捨てるのかと怯えながら生きていく。そう考えただけで、背筋がぞっとする。
「……あれは、例え話だよ。ちょっとした反抗期から、目を覚ましたってだけのこと」
「よく、そんな言葉で済ませられますね」
だんだんと心が冷えていくのは、オーウェンから与えられる熱を失ったからなのだろうか。
「国王陛下から貴方との婚約を結び直すように命ぜられれば、それに逆らうことは出来ません。けれど未来永劫、私は貴方を許さない」
「……分かってる」
いいえ、何も分かっていない。そう続けようとした言葉を遮って、彼は上目遣いに私を見つめた。
「最後にひとつだけ、お願いがあるんだ」
「お願い?」
「三日間だけ。君の人生の大切な三日を、僕にちょうだい」
きっとオーウェンは、知っているのだろう。今日から数えて四日目の朝に、私がレオンハートと共にこの国を旅立つことを。それは正式に帝国へ嫁ぐわけではないけれど、彼についていけばほぼ確実に婚約が結ばれる運びとなる。
「そうしたら僕はもう金輪際、二度と君に関わらないと誓うよ」
「自ら命を絶つようなことは?」
「それもしない」
彼は嬉しそうに、小さく微笑んだ。そしてぜんまいが切れたように、へなへなとその場にしゃがみ込む。
「だ、大丈夫ですか?」
「熱があったの忘れてた」
恥ずかしそうに指で頬を掻く姿は、まるで昔の彼そのもの。危うく絆されてしまいそうになり、ふいっと視線を逸らした。そしてそのまま、ぽつりと呟く。
「分かりました。この三日間、貴方と共に過ごします」
「エミリナ……、ありがとう」
「それが、本当に私達の最後です」
そう告げた声がなぜ震えているのか、自身にも分からなかった。




