第6話「労働者」
次の日。
清々しいほどの青空が広がっている。陽射しも柔らかで、このまま心地よい風の吹く場所で寝れば幸せになるんじゃないかというくらいの過ごしやすい一日。
そんな日に、俺はギルド近くの酒場へやって来ていた。
ギルドの隣にあるこの酒場は、パーティーの打ち上げ場所としてうってつけで、常に誰かが酒を飲んでは暴れていたりする。
今日は朝一番にやってきたものだから、いるとすれば昨夜に酔いつぶれてそのまま放置された無骨な男連中くらいなもんだ。
「よぉ、デッドか。どうだ、仕事は見つかったか?」
店先から中を覗いていると、赤髪の好青年に声を掛けられた。彼はそこら辺に散らかっている形容しがたい物体の処理をしていた。
そんな彼の名前はフォルテ・ダイア。この酒場の従業員であって、俺と歳の近い気の許せる相手だ。
「いいや、あいにくまだ無職だ。それ、なんだ?」
「あ、気にするな。貰うことになるぞ」
あー、それで理解できた。
粗相の跡なわけだった。
とすれば、自然と視線を外してあてもなくキョロキョロと動かす。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが、手の空いた時でもいいから」
「お、いいぜ。適当にカウンター近くに座っててくれ。そこならまだ綺麗だからよ」
まだましだと言われたカウンターに乱雑に並べられた椅子へと腰掛ける。
なるほど。
すぐ近くの椅子へと座り直す。
なるほど。
また別の椅子へと腰を下ろす。
これも、まぁ、マシか。
「なんで、椅子が濡れてるんだよ」
「酒でも零す奴が多くてな。漏らす奴もいるけどな」
最悪だ。
一瞬でもお尻をつけたことに後悔が募る。
浮かせて、触って確認しようとして、辞めた。
ここまできたら触りたくもない。
「こんなにする奴なんか追い出した方がいいだろ」
「はは。そういう奴は大抵浮かれてるんだよ。つまりは、羽振りがいいんだ。追い出そうにも金さえ出してくれるならいい。濡れた椅子なんか外に出しとけば乾くしな」
「衛生面終わってるだろ」
「傷だらけで酒場に寄ってくるお前達に言われたくないね」
うーん。ぐうの音もでない。
「大体、教会へ行くのなら分かるがよ。傷を治すよりも先に酒を浴びる奴はどうなってるんだよ。酒が一番の薬だとか世迷言と血液を垂らして、クダを巻かれるこっちの気にもなってくれって話」
「お前も大変なんだな」
「大変なんてもんじゃない。金払いの悪い奴は大抵そういう傷も治さない馬鹿だから余計に」
「ところで」
これ以上の愚痴は俺が受け止める必要はない。
そもそも、俺は真っ当に生きているはずだ。
こいつの不満の対象人物じゃない。
まずは、俺の目的を片付けてから、いくらでも聞いてやろう。
「ここら辺で軍服の奴を見たか?」
「あ? いくらでもいるだろ」
「そりゃそうなんだけど、その中でもおかしな奴さ」
隣の椅子へ、どかっと座って、腕を組んで唸る。
思い出そうと苦悩して、そのままの顔でこちらを見てくる。
「大半の奴はおかしいだろ」
「それはそうなんだが」
「こう、特徴とかないのか。人探しがしたいのならまずはそこからだろ」
人探し、いやまぁ、ある意味そうか。
どっちかといえば調査だが。
「こう……なんというか。無礼というか。上から目線というか、そんな感じ」
「んなの、門番の奴がそうじゃないか」
この街、重厚な石壁に囲われたディルムンには、多くの門がある。東西南北だけでなく、小さな門や古びた壁の穴なんかもある。そこら一帯を放置的に管轄しているわけでもなく、徹底的なまでに管理しているのがディルムンである。
国であり、街。
街であり、国。
故に、門番やらの重要な役回りには軍人が多く、軍による統制がされている証明でもあるわけだ。
「あいつら、他国の奴らに舐められないようにするためやってるだろ。そうじゃなくて、見下してくる奴で——」
後は。勲章の有無か。
「勲章を付けていなかった」
「……」
「フォルテ? どうした。深刻そうな顔をして」
「いやね。勲章以外にはつけてたか?」
「全く。腕章どころか、所属の色もついてなかった」
「……………………これは噂程度でしかない」
そうしんみりと、重苦しい前置きをしてフォルテは話し始めた。
「王国軍の中に、所属不明、経歴不明、顔も体格も声に至る全てが不明の人間がいるって」
「なんだ、怖い話か」
「そう思うのも無理はない……というか、誰も知らないんだよ。情報が無いから」
「にしたって、不明の人間が王国軍にいる、てのは情報があるわけじゃないか」
「王国軍にいる人間が必ず一度はその話を聞くらしい」
なるほど。
情報の出処は王国軍で、そこからじわじわと情報が漏れ出ている程度ということか。
つまりは、信ぴょう性がない。
「その勲章も腕章も、所属も不明な奴は何をしているんだよ。草むしりでもしてるのか?」
「なんでも屋をしているそうだ」
「なんでも屋?」
急に陳腐な存在になったな。
もっとこう、かっこいい名前でもつけてやれば良かったものを。
「暗殺も、重役の人間の護衛も、近隣の魔物を掃討したり、国境周辺の警備とか、色々やっているらしい」
「それだけやってたら顔見知りくらいいそうだが」
「言葉通りに受け取ったら俺もそう思う。でも、軍人が言うにはその程度じゃないらしい。秘密裏に、機密裏に、国密裏に、事を運ぶから、問題に気づいた時には既に解決しているらしい」
「軍内部で情報共有されていないことの方が問題のような気もするけど」
「あくまで噂程度だって言っただろ。俺達が知っていることは、偽物の情報の可能性だってある」
それもそうか。
国の、それこそ内政を知る由もない。
いや、そういった情報は漏れないようにするはずだ。
「それに、そういう秘密組織てかっこよくないか?」
「相変わらず、そういうの、好きだよな。フォルテは」
「当たり前だろ。このゲロ臭い、煙たい現実に少しでも魅力的な要素くらい希望しなきゃ損だろ」
フォルテは、生粋の妄想愛好者だ。
本人は希望的現実だと言っているが、聞いている俺からすれば現実味のない妄想だと思ってしまう。
国内外に秘密な組織。
現実的に見えて、到底不可能な空想。
それを楽しめるのがフォルテだ。
「そんなにこの仕事が嫌なら辞めればいいじゃないか」
「そう簡単に辞める選択肢はないぞ。お前、パーティーを組んでたから知らないかもしれないが、再就職なんぞ面倒ばかりだ。掃いて捨てるほどの労働者はいれど、今の立場を捨てる愚者はいないだろ」
——というか、そもそもパーティーだってそう簡単に解散なんか、追放なんかしないだろ。
と、耳の痛い話を追加された。
心苦しいのだろうか。悔しいからだろうか。耳の付け根の骨がゴリっと鳴る。
「まぁ、そもそも。パーティーだろうがなんだろうが、秘密を他所へ持ち出すこと自体は不思議じゃない。不自然じゃない。口伝てでも広がるものは広がる。感染力の高い毒のようなものだ。人々を蝕んでは食い物にする。その癖、言っている人間は気持ちよくて仕様がない。しょうがない。今まさに、俺が心地よくなっているのがその証明だな」
「かっこつけるのは構わないけど。結局はフォルテも知らないてことでいいのか」
「そうだな。詳しくは言えないが、俺達の商いは人との商売だ。王国に、楯突くのは本意ではないもんでね」
「要するに、言えないことがあるってことか」
頷きもせず、肩を竦めるフォルテ。
なるほど。肩透かしを食らった気分ではあるが、仕方ないことと言えばそうか。
そうやって納得させるしかない。
酒場である以上、吐き出す情報は精査しなければいけないんだろう。
酒場である以上、秘密は守らなければいけないんだろう。
酒場である以上、情報も売らなければいけないんだろう。
「ちなみに、いくらくらいなら言える?」
「そりゃ無理な相談だ。王国相手、ましてや軍人ともなれば金銭云々で解決できるものじゃない。というか、売ってしまえばおしまいだ」
「そうか。まぁ、そうだよな」
お手上げだ。
まさしく、八方塞がりというべきか。はたまた、一直線の解決策しかないと言うべきか。
未踏の地に踏み込む勇気も、蛮勇も、座面に押し付けてしまった俺としては、今回の仕事は遠慮するのが最善となるか。
まぁ、それが無難というべきか。
何をするのかも。何をさせられるのかも分からないところへ勤めることはできない。危険な目——それこそ、死んでしまえば、パピルを悲しませることになりかねない。それだけは嫌だ。死にたくない。
「……ただまぁ。お前を友人と思って、俺だけの、個人の考えを言うとだな」
トントン、トン、とテーブルを人差し指で叩く。
彼の癖だ。
自身を落ち着かせたい時に、焦った時によくやる癖だ。指先の速さが、そのまま不安の現れになるくらい、フォルテの無意識からの悲鳴。
だから、しっかり聞き遂げる。
それが責務というやつだろう。
彼の恩義を借りるのだから。
「勲章も、腕章も、所属不明な組織。どんな人間がいて、どれだけの人間が所属していて、どんな組織で、どんな仕事をしているのかさえ分からない。でも、ただ、一つだけ。たった一言だけ。唯一無二の情報があるとしたら」
「やけに勿体ぶるな。というか、いっそう胡散臭くなるな」
「仕方ないだろ。むしろ、情報共有したことを褒めて欲しいくらいだ。いや、光栄だと思ってもらいたいね。むしろ」
「はいはい。ありがとうございます。至極当然の振る舞いをした私めにご容赦くださいませ。これでいいか?」
「良きにはからえ」
どうやらご満悦らしい。
やれ、お調子者というかなんというか。
「どこでそんな言葉覚えたんだよ」
「これか? ここは酒場だぞ。色んな土地、国、世界の端っこからやって来る奴だって大勢いる。そいつらから教えてもらった。意味は分かるか? 良きにはからえていうのはだな——」
「ああ、いい。いい、いい、言わなくていい。フォルテが博識なのは分かったから」
閉じられないだろう口を予め閉じさせるのも友人の務めというやつだ。酒場に来る客はお喋りだからコイツも感化されているのかもしれない。黙っていれば、長身の面の整った騎士にでも見えるんだがな。
「すげないやつ」
フォルテはやれやれと首を左右に振る。
そして、すぐさま体勢を前のめりにさせる。
右目の下にあるホクロがやけに妖艶に見えるほど、顔を近づけて。
「近すぎだろ」
「聞かれたらマズイからな。お前も小声で話せ」
「出回ってる情報が他人に聞かれてマズイことなんかあるわけないだろ。かっこいい雰囲気に酔いたいだけじゃないか」
「面白みがないな〜。そう急くなよ、こういうのはムードが大事だろ。客連中、皆そうしてる」
「それはじゃれ合ってるだけだから。いいんだよ、真似しなくて」
「ふぅん」
フォルテは見定めるような目つきを一瞬だけする。
なんだよ、俺が真剣じゃなかったて言いたげだ。
イラつき。
「まぁいいさ。でも、他の奴には絶対言うなよ。何されるか分かったもんじゃない」
「何かされたことでもあるのかよ」
「俺じゃないがね。軍の連中に連れて行かれて帰ってこないやつがいる」
それは……なんともきな臭い話だ。
神妙になったフォルテの表情から、俺も自然と小声になってしまう。
「分かった。誰にも言わない。約束する」
「ん。なら、言うぞ。いいか。唯一無二の情報として、もしかしたらその秘密組織に加入しているんじゃないかって人がいる」
「……その人ってのは?」
「お前も聞いたことがあるだろ。……『アドバイザー』だよ」




