第1851話 創作者保護
関連回
第1033話 書籍課
第1034話 書籍課2
第1035話 書籍課3
第1366話 道徳フィルター
第1367話 陰の権力者
第1368話 聖王陛下VS物書き
第1369話 改稿
第1370話 出版契約
第1371話 物書きデビュー
第1565話 出版関係者交流パーティー
ここは業界でその名を知らぬ人はいない
大手出版店であるフェニックス出版の応接室。
テーブル上に備え付けられている筆や文鎮はどれも高級品であり、
格調高い雰囲気を醸し出している。
「それではメイツ先生、出版契約について説明させて頂きます」
「はい、よろしくお願いします。ハウ編集長」
「それでは始めます。先ず契約者ですが――」
とある物書き先生の作品がフェニックス出版で認められ、
晴れて書籍化することになり、契約手続きをしている最中。
「メイツ先生はお仕事をされているのですか?」
「はい、農家をやってます」
物書き(作家)という仕事は部屋の中で閉じこもってすることが多いので、色白の人が多いが、この物書きはそうではなく日に焼けていた。作業着姿も相まって一見して快活な肉体労働者であり、自分から言わない限り、物書きをしてるとは思われないだろう。
※補足※
この世界では、冒険者やメイドに限らず、職業ごとに服装が決まっており、自分の服装(仕事)に誇りを持っています。それゆえ、薬師なら薬師の、衛兵なら衛兵の、店員なら店員の、農家なら農家の服装を普段でもすることが多いです。それを見て笑う人はいません。服装から何をしてる人なのか判るのが、相手に安心感を与えます。ちなみに店員は店員の恰好でそのまま通勤します。メイドがメイドの恰好のまま外で買い物するのと同じ感覚です。どこかの世界のどこかの国では授業参観で親が汚れた作業着で行ったら、白い目で見られたりしますが、この世界の授業参観では、それはありません。全職業の大半がブルーカラーであり、ブルーカラーへの敬意は高いものとなっています。
「農家ですか、いいですねぇ。ということは兼業ですか?」
物書きは、それ一本で食べる専業と他の仕事をしながらする兼業とあるが、今はこのメイツのように兼業する人が多くなった。それは片手間という悪い意味ではなく、それだけ物書きという仕事が世に知られ、裾野が広がったことを意味する。今や農家であっても普通に物書きができる時代となった。
「ええ、農業を続けますから、そうなります」
農業をはじめとする一次産業の従事者とその家族が人口に占める割合は多く、昔は底辺職のように考えられていたが、今はまったくそうではない。きちんと教育を受け、仕事をしながら文化的な生活を営んでおり、また、自然に囲まれ、マイペースでスローライフを実現できる農業は憧れの職業となっている。実際、年を取ってから田舎に移住し、農業に就く人は多い。
どこかの世界のどこかの国では農業従事者が減り続け、かつ高齢化の進行により、将来を危ぶまれる危機的状況に陥っているが、この世界ではその様なことはまったくない。国による手厚い保護政策によるところが大きいが、農業という仕事へのリスペクト醸成が功を奏している。どの職業も尊いが、命を支える食に貢献できる農業という職業はことさらに尊い。その考えが社会的に浸透しているのだ。
「働く」とは傍を楽にすることであり、それだけでも尊いことだが、現実的には、それだけを心の拠り所にして働くのは厳しいものがある。やはり働くからには、他人からの評価が欲しい。他人から良く思われたい。その点をこの世界のリーダーたちはよく分かっており、労働推奨政策とともに各職業の素晴らしさを喧伝してきた。
作業着の汚れは仕事を真面目にした証。
他人に代わって自分が汚れたことを示す勲章でもある。
それを馬鹿にする者は自らの精神性の低さを露呈するのと同じこと。
そうしたことを学校で徹底的に教えている。
日本の江戸時代、士農工商という身分制度があったが、これは世界の歴史で見ても独特であった。通常、農業は底辺に位置するものだが、なんと支配階級である武士のすぐ下に位置したのだ。形式上、農業は二番目。こんな例は他で聞いたことがない。
そして、三番目は工業、これは職人など、ものづくりの仕事だ。これも大切にされた。もっとも意外なのは商業であろう。世界のどの国でも、商売で財を成した者が力を得て上位にくるものだが、江戸時代はそうではなく最底辺だ。これは汗水流さず、右から左にものを流すだけでお金を得ることを労の足りない行為と見ていたからであろう。皆が皆、商売に走ったら世の中が成り立たなくなる。そのことに当時の国のリーダーは気付いていたのだ。かくして江戸時代は一次産業(農業)と二次産業(工業)が尊ばれる類まれなる時代となった。
他の国なら士商工農だろうが、日本は士農工商。こんな国は他に例がない。ものづくりの国と言われる所以だ。日本の偉大な先人は、他人の上前をはねる仕事、楽して金儲けの仕事を「労足りん」の仕事とみなし、人の道に外れるものとして心理的に距離を置いたのだ。ただ、西洋でも歴史上長く利ザヤで稼ぐ商売を忌避していたので、その感覚は普遍的なものかもしれない。
「兼業の先生は増えていますから、どうぞ頑張って下さい」
「ありがとうございます」
物書きになるのに特別な肩書や資格は要らない。昔は貴族や学者や研究者など一部のエリートが書き、それを読むのも一部のエリートだったが、聖王陛下の治世以降、賢民化政策の普及により、義務教育が行われ、識字率が劇的に上がり、誰でも本を読めるようになり、またギルフォード商会の商品開発により、本が安く購入できるようになり、本の普及が加速した。それと同時に出版店が成長し、本を書く「物書き」という職業が一般的になったのだ。
「メイツ先生の作品で出会えて良かったです」
「こちらこそ、認めて頂き、ありがとうございます」
メイツは新人の物書きであり、今回デビューとなる。
「それでは契約金額の確認に入らせて頂きます。
お手元の資料をご覧下さい」
□--------------------
本の販売価格
・1冊 銀貨1枚&銅貨5枚(1500円)
売上げ代金の按分
・メイツ氏 0.8割
・ムーラン氏 0.2割
・フェニックス出版 2.0割
・ギルフォード商会 7.0割
□--------------------
そこには知らぬ人物の名前が記載されていた。
「ムーラン氏?」
「ムーラン氏は絵師の先生です。本の表紙の絵とページ内の挿絵を
描いて頂きます」
物書きと同時に、絵師という職業も一般的になっていた。絵師以前にも画家など絵を描く仕事はあったが、画家が芸術性を追求するのに対し、絵師は娯楽性や親しみやすさを追求し、本のイラストで確固たる地位を築いていた。
ちなみにギルフォード商会では魔法アイテム『カメラ』が一部解禁され、写真を使う場面があるが、主にカタログ用の写真であり、販売用の本の表紙などの写真は制限されている。これは画家や絵師の仕事を守るためであり、そこには、近江商人のごとく三方よし(売り手よし・買い手よし・世間よし)を大切にするのがギルフォード流の考えが根底にあった。
「ああ、絵ですか」
「そう、絵です。絵が無くても販売できますが、絵が有った方が目に付きますからねぇ。絵が無ければ、メイツ先生の取り分は1割になりますが、先生の作品は絵が有った方が映えると思いますでの、そうさせて頂くことにしました」
一呼吸おき、メイツが口を開く。
「あの……」
「はい、何でしょうか?」
「訊きづらいことですが……」
ハウが優しく微笑み、メイツに質問を促す。
「どうぞ何でもおっしゃって下さい」
「私は始めてなので、よく分かりませんが、この割合は
こういうものなのでしょうか?」
これは新人物書きからよくされる質問だ。
「はい、創作者1割、出版店2割、ギルフォード商会7割、という割合は昔から決まっています。一見すると商会が多そうに見えますが、商会で製造・流通、販売をしていますからね。最大のリスクを商会が負っていますので、その分、商会へのリターンが大きくなります。ですが、ものは考えようです。これにより創作者はリスクなしで本の文章を書き、また本の絵を描くことができます。それに私たち出版店は創作者をサポートし、作品に関する問い合わせをすべて受けます。創作者にクレームが行くことはありませんので、ご安心下さい」
ここで指す創作者とは、物書き(作家)と絵師(イラストレーター)のこと。絵は必ずしも入るものではないが、現在、ほとんどの新書は、販売時、透明の包装をされ、中のページが読めなくなっているので、お客さんが購入を判断する際、表紙カバーの要素が大きくなっており、そこに絵が有るか無いかで大きく影響を受ける状況となっていた。
「そうですか、それは心強いです」
フェニックス出版は業界大手の一角であり、ドラゴン出版、プリンセス出版、ファンタジー出版、ミステリー出版等と同じく、ギルフォード商会の系列店である。ギルフォード商会本部の書籍課と密接に連携し、商会の意向(善の普及)に沿った作品の発掘に力を入れている。メイツの作品はそのお眼鏡に適ったのだ。
「今後ともよろしくお願いします。先生」
「こちらこそ。編集長」
二人は固い握手を交わし、契約手続きは滞りなくされたのであった。
――
――――
~メイツ視点~
「さ~て、僕の書いた本が売ってるかな~?」
契約してから半年ほど経過し、久々に王都のギルフォード書店までやって来た。普段、田舎で農作業してるので、王都に来ると人の多さに圧倒されるが、わざわざ王都に来たのには訳がある。王国最大の書店で僕の本が売られているのをこの目で見たかった。
うちの村にも小さい書店はあるが、こことは規模が全然違うからね。案の定、新人の本は置いておらず、だから、こうしてここに来た。ここなら僕の本も置いてあるはず。何たってここはどんな本でも置いてあると評判だからね。
おっ、あった、あった! 僕の本!
『いつの間にか本当の家族になっていた』があった!
この作品は記念すべきデビュー作であり、思い入れは半端ではない。ある日、主人公が遠い親戚の葬儀にたまたま出席することになり、そこで親戚たちが言い争いする現場に遭遇する。彼らは両親を失った子供の引受先を押し付け合っていた。それで、見るに見かねて主人公が子供を引き取ることから始まる物語だが、辛いシーンだけでなく、ハートフルに重きを置き、少しコメディを入れたのが評価されたと自己分析している。書いた後、ほんわかした気持ちになったが、読者にもそれが伝われば嬉しい。
発売開始から間がないからだろうが、いい場所に置いてある。
これは平台だね。入口付近に平積みし、最も目立つ置き方だ。
誰でも知ってる超有名な物書きさんの本の隣の隣か、いいね。
店員さん、ナイス、グッジョブ。
おっ、僕の本を手に取った人がいる!
なんか心臓がバクバクしてきた。
ここで、いきなり「これ、僕が書いた本なんです」なんて言ったら、
驚くだろうな。いや、しないけどさ。ふふふ。
こういう想像もなんか楽しい。
しかし、嬉しいなぁ。僕の書いた本が店に並ぶなんて。
ムーラン先生の絵もいい。可愛いし、ハートフルな感じがよく出ていて、
作品とマッチしている。
この作品は農作業の合間にコツコツ書き溜めたものだが、
デビューできて本当に嬉しい。これで僕も晴れて物書きの仲間入りか。
でも、まわりの仕事仲間には言わないつもりだ。
言いたい気持ちがないではないが、言って、いろいろ訊かれても困るしね。
編集長からは、さも当然のように「先生」と言われたが、
自分でそんな人物でないことは分かっているので慢心することはない。
ただ、まわりから、そう言われたら嫌なので隠しておこう。
だからこそ、ペンネームの「メイツ」だ。このお陰で日常生活に支障がない。
僕から言わない限り、誰も僕が物書きだとは思わない。
これって何か不思議な感じ。自分の中に秘密の自分がいるような。
こういうのを心境の変化というのかな。
でも、生活が変わることは特にない。
浮足絶たず、これからもまったり無理なく書いていこう。
最後までお読み頂きまして、誠にありがとうございました。もし拙作を気にいって頂けましたら、いいね、ブックマーク、評価をして頂けると大変有難いです。
書籍化作品へのアクセスは下記のリンクをご利用下さい。




