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第二章 囚われの記憶① ー激昂ー

放課後、物理の補習を受けた早紀は急いで部室へ行こうと席から腰を浮かした。


 補修の最後に行われた追試でも成績が振るわなかった早紀は、更に大量の課題を出され、それを終わらせてから部活へ行くようにと言われていた。


 ようやくそれを終わらせる頃には、早紀以外の生徒はみんな部活へと去っていっていた。


 最後の一人となった早紀は、荷物を鞄に詰め込みスポーツバッグを肩にかけて、教室の出入り口に立つののかがを横目で確認しつつ、かまわず横をすり抜けようとした。


 しかし、それはののかが立ちふさがったことによって阻まれた。


「どいてくれない?」


 早紀は静かにそう言った。


「水野さんさ、どういうつもりなの? 今日また荒木先輩と話してたでしょ?」


 その話か。


 早紀は心の中で舌打ちした。


 ののかは後ろ手に扉を閉める。


 教室には二人きり。


 補習でもないのに教室に残っていたのは、どうやらこの機会をうかがっていたからのようだ。


「は?」


 早紀は精一杯、わけのかわかないという顔をつくってみる。


 ののかと一秒でも言葉をかわしたくなかった。


「なんのこと?」


 ののかを無視して扉を開けようとした早紀を、ののかは押しのけた。


「とぼけないでよ。踊り場で二人が喋ってるの見たって子がいるんだから」


 どうしてこの人は怒ってるんだろう。


 たったそれだけのことで。


 私は先輩に絡まれただけなのに。


 早紀はののかを冷ややかな目で見た。


「だから何なの? 如月さんには関係ないでしょ」


 いつもなら穏やかに聞き流す早紀だが、今は二人きりだ。


 誰に何を言われることもない。


 ののかの味方をするものは誰もいない。


 それに、いい加減ののかの態度に嫌気がさしていたところだ。


 この際、はっきりさせた方がいいだろう。


 早紀は、心の億から怒りがわき上がってくるのを感じた。


「荒木先輩のことまた傷つけた」


 ののかが、小動物のように唸る。


 ののかの目は怒りに満ちていることは、否が応でも早紀に伝わってきた。


「は?」


 心の声が、思わず口に出てしまった。


 こいつは何を言ってるんだろう?


「荒木先輩は、あんたのこと好きなのよ? あんたにフラれたれたばっかで傷ついてるのに、あんたはそんな先輩の気持ちも考えずにまた話しかけにいって、更に傷つけた。先輩が可哀想だとは思わないの?」


 ののかは近くにあった机をどんどんと叩いた。


「如月さん、それは違うよ」


 早紀は肩にかけたスポーツバッグと鞄を下ろした。


 面と向かって言いがかりをつけられているのだ。


 訂正しない訳にはいかない。


「話しかけてきたのは荒木先輩の方。私は無視して通り過ぎようとしたのに、向こうから……」


「うるさい!」


 ののかは椅子を蹴飛ばして早紀の言葉を止めた。


「そんなはずないでしょ?」


 はなから早紀の言い分など聞く気はないようだ。


「荒木先輩があんたなんかに話しかけるはずがない! あんたが話しかけたのよ! 先輩の気持ちを弄ぶために!」


 金切り声で叫ぶ。


 なんて耳ざわりな音だろう。


「だいたい、先輩があんたなんかを好きになるはずがない。きっと先輩は、あんたのお姉さんの代わりにあんたを好きになったのよ」


 は?


「あんたのお姉さんは、学園中の憧れの的だったらしいからね。決してあんたを好きになったわけじゃない!」


 なんだって?


「あんたはお姉さんの代わりに愛されたのよ!」


 お姉ちゃんが、どうしたって?


「それなのにあんたは調子に乗って荒木先輩のことを弄んだ。最低だわ!」


 “あんたのお姉さん”という台詞が聞こえたあたりから、ののかの話はほとんど耳に入ってこず、何も考えられなくなった。


 ただ、マグマのような怒りだけが溢れてきた。


 今まで必死に抑えてきた何かが、ぷつっと切れた。


「うるさい!」


 早紀はものすごい勢いでののかに突進すると、胸ぐらを掴んで壁に叩き付けた。


 どすん! と、鈍い音がした。


「うっ……」


 その剣幕に、ののかは言葉を失い、恐怖に目を見開いた。


 これまでおとなしかった早紀が反撃するとは思いもよらなかったようだ。


「痛い……」


「荒木先輩のことと、お姉ちゃんのことは関係ない」


 必死に怒りをかみ殺しながら、早紀はやっとそう言った。


「だって……」


 何かを言いかけたののかの首元を、片手で思いっきり締め上げた。


「がはっ……」


 逃れようとするののかだったが、陸上部のエース候補の腕力に敵うはずもなかった。


 ののかをどうこうするつもりはなかった。


 ただ、理性が、体を抑えることができなかった。


 とめどなく、言葉が溢れる。


「先輩のこと心配してるみたいだけど、それって全部自己満足だよね? 先輩はあんたのこと、一ミリも見てないよ。あんたはただ、自分が振り向いてもらえないのを、私のせいにして、先輩のこと心配してる自分に酔ってるんでしょ? なんなのその意味の分からない正義感。あんたさあ、間違ってるよ? あんた、最低だよ」


 ののかの顔色がみるみる変わるのを早紀は逃げずにじっと見ていた。


「その、さあ。もしあんたが付き合えたとして、付き合ってどうすんの? 何すんの? 毎日一緒に帰るの? 電話で話すの? そんなの、友達とどこが違うの? そんなつまんなさそうなことして、何が楽しいの? そもそも人が好きって、どういうことかわかってるの? 一時の感情で面倒ごと起こして、馬鹿じゃん」


 ののかの目に、じわっと涙が浮かんだ。


「阿呆なの? この、ませガキが」


 泣きたいのはこっちの方なのに。


 一年も私をいびってきたのは、あんただろう。


 私のこと、無視して、阻害して、排除して。


 最低なのは、あんただろ。


 放心状態のののかから手を離すと、ののかはそのまま崩れ落ちた。


 口を開けて、目を見開いて、人形のようだ。


 ああ、これでまた明日からののかたちにいびられるな。


 そんな憂鬱なことを考えながら、しかしどこかすっきりした気持ちで、早紀は部活に向かった。

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