第一章 呼び合うふたり① ー離婚ー
「リコン?」
小学生の早紀にも、その意味はよくわかっていた。
久しぶりで家族四人全員で食卓についたかと思うと、父親は唐突に離婚の話を切り出した。
「そう、離婚。父さんと母さんは、離婚しようと思う」
悲痛そうに語る父。
しかし早紀は、特に何の感情も巻き起こらなかった。
両親はどちらも、自分の趣味に生きる人だった。
父は仕事人間で家にはあまり帰らなかったし、母は母で、しょっちゅう友達と旅行に出かけていた。
早紀は幼稚園の頃から、三つ年上の結衣に育てられたようなものだった。
早紀はいつも結衣に甘え、結衣も早紀の面倒を良く見た。
なので、両親が離婚しても、今までと何ら変わらないと早紀は感じた。
早紀は、隣に座っている結衣の手を、机の下で握って、結衣の顔を見た。
早紀は、結衣についていくつもりだった。
結衣も早紀を見つめてくれるだろう。
そう期待して覗き見た顔はこわばり、結衣の目の前に座っている母親の顔を凝視していた。
視線につられて早紀も母親の方をみる。
母親の顔は、恐ろしいほど引き攣っていた。
涙も枯れ果て、疲れきった、老婆のような顔。
母親の顔をまじまじと見たことがない早紀だったが、そこに座っている女性が自分の母親だとは信じられないくらいのかわりようだった。
いつもの母親は、いかにも社長夫人という、上品な女性だった。
「母さんには、父さんが新しい家を用意した。先月出来たばかりの、ここからさほど遠くないマンションの最上階を買い取ってあるんだ。窓からは海が見えるし、結構良いところだぞ。父さんは、新しい奥さんと結婚して、この家に住み続ける。先祖伝来の土地だからね。簡単には手放せないんだ」
父はどこまでも淡々と説明を続ける。
新しい奥さん。という単語が出た途端、母の顔が更に歪んだ。
「母さんの生活費は、毎月十分な額を父さんが支援するから大丈夫だ」
父はこともなげに言った。
会社社長の父は、実際、それだけの経済力を持っていた。
「それで。お前たちなんだが……」
父は少し顔をしかめて切り出した。
「二人とも父さんが引き取ろうと思う」
「私はお母さんについていきます。早紀はお父さんの言うように引き取ってください」
間髪入れずに、結衣は断言した。
え?
早紀は心臓がひっくり返るような想いだった。
おねえちゃんが、私を裏切るの?
どうして?
早紀の幼い頭では、到底処理できない。
パニックに近い頭の中で、早紀は、一つの結論をみつけだした。
ああ、そうか。
お姉ちゃんは、私が邪魔だったんだ。
今まで、早紀は結衣にさんざん甘えて来た。
子供だった結衣には、それが実は、たまらなく苦痛だったのだろうと早紀は思った。
そう思うと、結衣に意見する気はおこらなかった。
そうか。
私は今まで、お姉ちゃんに迷惑をかけてたんだ。
お姉ちゃんは、ほんとは私のこと、嫌いだったんだ。
泣きたかった。
いつも結衣の気を引くときのように、大声で。
早紀は、どうしようもない後悔と、とてつもない悲しみを、ぎゅっと唇をしばってこらえた。
そっと、繋いでいた手を離した。