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賑やかな朝食~甘い準備~


「ふぁ……」


 早朝のキッチンにて。俺は朝食の準備をしながら寝不足から来る欠伸をしてしまう。

 ゴルド……さんにあの乙女ゲーム(カサス)の存在について迫られ、ヴァーミリオン殿下に対してはなにも言えずにいた。その後に部屋に戻り、ゴルドさん依頼の下着を縫うというなんとも言えない依頼をこなした後に軽く寝る時間しかなかったため、そんなに眠れなかった。お陰で寝不足である。


――寝不足は慣れている方だけど、慣れている精神の寝不足じゃないからなぁ……


 寝不足自体は前世の頃から慣れている。一ヶ月でコンテスト用の服を五着仕上げろとかいう時はほぼ不休であったし。そして今世でも領主の仕事とかが重なった時は寝不足な時も多く、慣れてはいるのだが今回は今までと種類が違う寝不足だ。


――ゴルドさんは何処まで知っていて、何処まで周囲に話しているのやら。


 なにせ今回の寝不足は俺だけではない立場に関わる不安から来る寝不足だ。

 あの乙女ゲーム(カサス)について何処まで掴んでいるのか、ただの勘違いか、掴んでいるとしたらどこからその情報を思考するに至ったのか。そんな事をぐるぐる考えていたらゴルドさんに頼まれた依頼の品が気付いたら出来ており、さらにはヴァイオレットさんの新たな下着の調整の方も出来ていた。無意識って怖い。


「大丈夫か、クロ殿?」


 そんな不安を抱えていると、今日は屋敷で朝食を食べる数が多いという事で、一緒に朝食を作っているヴァイオレットさんに体調の心配をされた。


「クロ殿も殿下達の存在などで精神的にまいっているのだろう。明日からは調査もあるからさらに忙しくなる。残りは私に任せて休んでいるといい」


 それもあるのだが、理由は少し別の所にある。

 とはいえ気遣いは嬉しいし、疲れている表情を見せるとこうして不安そうに俺を労ってくれるのならば疲れるのも悪くないかと思ってしまう。

 しかし心配かけるのは良くない。ここは不安を与えない様に振舞わなくては。


「大丈夫ですよ。むしろこのまま任せたら、そちらの方が申し訳なくなるので、このまま手伝わせてください」

「本当に大丈夫なのか? ……無理をして倒れられてはそちらの方が私は辛いのだぞ」

「なるほど、俺はこうして一緒に料理出来ることが幸せなんですが、ヴァイオレットさんは俺が隣に居ない方が気が楽であるという事ですか……寂しいですね」

「ああ。こうして傍に居られると、クロ殿の存在に惹かれて料理に集中できなくなってしまうからな。クロ殿は私にそう思ってはくれないのか?」

「む」


 心配かけさせまいと意地悪に揶揄ったつもりであったのだが、まさかさらに返されるとは。そんな事を言われて否定出来る訳ないじゃないか。


「……その言い方はズルいですね」

「いつもやられているお返しだ。ふふっ」


 しかも俺の反応を見て楽しんでいる。

 くそう、攻撃力がただでさえ高いけど、こっちの攻撃も通じるからどうにかなっていた所があるのに、反撃されたら俺が一方的にやられてしまうじゃないか。

 ……まぁヴァイオレットさんも頬が少し赤い辺り、恥ずかしいのは確かであるようだからこちらの攻撃が通じていない訳では無いのだろうけど。


「では肩でもお揉みしましょうか、お嬢様?」

「急にどうしたんだ、クロ殿」

「いえ、隣に立たれると集中出来なくなるなら、後ろに立とうかと」

「ますます集中出来なくなると思うぞ」

「まぁまぁ遠慮なさらずに。肩は凝っておりませんか、お嬢様ー」

「お、おい、クロ殿!?」


 とはいえこのまま一方的に負けていては立つ瀬がないし、言葉遊び的な感じでヴァイオレットさんの後ろに回って肩を揉む。戸惑っていたヴァイオレットさんではあるが、丁度包丁で切るものがある最中であったので動けず、背後に周る俺から逃げられず、ただ揉まれるがままになる。


――自分でやっておいてなんだが、これはこれで緊張するな。


 それなりに筋肉はあるが、まだまだ細く薄い肩。それに触れるだけでも緊張はする。

 今が夏場じゃなくって良かった。元々露出を好むヴァイオレットさんでは無いが、服が薄手になる夏場であれば俺の方が緊張してすぐ手を放したかもしれない。

 いや、別にヴァイオレットさんの肩を揉むのが初めてという訳では無いのだけど。


「んっ……ぁ……」


 ……集中しよう。意外と凝っているから、それがほぐれている証拠の声だ。

 集中集中……色っぽいが色っぽくない……聞いていたくなるが聞いてはいけない……!


――……それにしても、昔と比べると変わったものだ。


 初めに会った頃は、俺はあの乙女ゲーム(カサス)における辺境の醜男扱いなのかと思い、ヴァイオレットさんも悪役令嬢として見ていた。

 だけど彼女の涙と弱さを見て、俺はこの女性を大切にしたいと思った。

 俺と彼女とグレイで家族として過ごしたいと思い、あの時から接し方を変えていった。今では仲良くやれているとは思う。

 ……だからこそ壊したくはないし、ゴルドさんに対する不安は早く取り除きたいというのが本音だ。

 今こうして肩を揉んで触れ合っていると、より一層そう思う。


「もっとほぐして欲しい所があったら言って下さいねー。望まれるならうつ伏せになって頂いて、腰とかも揉みますよー」


 別にだからという訳では無いが、ついそんな事を言ってしまう。

 ヴァイオレットさんは俺にとっての初めての妻であり、愛しき存在だ。そんな彼女が少しでも喜んでもらえるように、そんな俺なりの優しさではあるが、ご機嫌伺とも取れるような事を言う。


「……クロ殿、浮気か?」

「え?」

「夫が急に優しくなる時は、なにか後ろめたい事があって、大抵は浮気であるとメアリーが」

「違います」


 言いたい事は分かるのだが、誤解である。こればかりはメアリーさんに変な事を言うなとは言えない……いや、後で言っておこう。


「ふふ、冗談だ。クロ殿はいつも優しいからな。更に優しくなられてしまっても私が困ってしまう。だから困ってつい揶揄ってしまった」

「う……」


 ……そんな事を優しく微笑みながら言われると、照れてなにも言えなくなってしまう。……俺、こんなに弱い男だったっけ。


「だがやはり空元気にも見える。後は私に任せてくれ」

「ですが、それでは負担が……それに迷惑でしょうし……」

「クロ殿は偶には甘えて欲しい。私も甘やかして見たく思う事だってあるのだからな」


 そんな甘い言葉を言われると、不安とか疲れとか関係無しに……


「……では、疲れているので、後はお任せします」

「うむ、クロ殿は休んでいて――」

「では、失礼します」

「え? ――む」


 俺は折角なので厚意に甘えることにした。

 ヴァイオレットさんの背後に立ち、後ろから抱きしめる形をとる。


「……これでは任せられても料理が出来ないのだが」

「甘えて良いのですよね」

「そ、そうは言ったが……」

「嫌ですか?」

「……嫌ではない」

「ならば良かったです」

「……相変わらずズルいな、クロ殿は」

「ズルいのは嫌ですか?」

「その言い方は嫌だ。反論出来なくなる」

「ではこれからも言い続けますね」

「……どれくらいこうしている予定だ?」

「疲れが取れるまでです」

「……そうか。取れるまでずっとしていて良いぞ」


 疲れなんてとうに吹き飛んでいる。

 こうしていると不安なんてどうでもよくなっていく。

 ……現実逃避だが、この現実のためにも頑張ろう。

 そう心に誓えるほどの、心地良い現実であった。


備考

五分後、人数分の牛乳を買ってきたグレイによって抱きつきは終わりました。


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