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後編

リンカがこちらへ来た事情を知った後も、結局の所彼女の日常は変わらなかった。






「リンカ、もっと寄ってください」


「嫌ですやめてください触らないでっていってんでしょこのド変態!」


「相変わらずか・・・」



3人掛けのソファの端っこに居るリンカに、カナンが徐々ににじり寄る。

そうして端へ追い詰められていくごとにリンカの眉間の皺は深くなっているが、それすら目に入らないようだ。

そんな2人を真正面に設置された1人掛けソファに身を沈めながら、サイラスが苦笑して見守っていた。

既に、諌めることも諦めてしまっているサイラスである。

リンカが心底嫌がるなら考えものだが、最近はそこまで嫌ってはいないように見受けられた故、放置しているのだ。

相変わらず辛辣な言葉は出るし、態度も一見冷たい。

むしろ美貌の麗人に対して、非情なまでに冷たいものに見える。

しかし、サイラスだけは知っていた。

リンカがこの数年でカナンに慣れてきていることを。

そして、きっと本人も気づいていないが、触ることを許しているのは気を許した証であることを。

当初こそどうなるかと思ったものだが、今ではなんとなく先行きが楽しみになってきたくらいだ。

まるでリンカの父親か兄にでもなったような心境である。


「リンカ、いい加減私の館へ移りませんか」


「いつそんな話をしましたか。行くわけないでしょう」


「愛しています」


「・・・・・」


そしてここ数カ月で、カナンは本格的にリンカを手に入れようと動き始めたようで。

今日も今日とて、リンカを側に置くべく口説いている。

通常であるのなら、見てくれだけは良いカナンに口説かれたら誰でもすぐ落ちてしまうだろう。

しかし、相手はリンカである。

そう簡単には行かず、今もまた唐突に愛の言葉を吐いたカナンを、訝しげな眼で見つめている。

何それ意味分かんない、とその目が告げていた。


「・・・目線を合わせる様になっただけ、ましか・・?」


そんな2人を眺めながら、サイラスは呟く。

以前の彼女であれば、甘い言葉を吐いたところで、カナンのほうを見ようとすらしなかった。

彼ら2人の交流を、最初から見ていたサイラスからすれば、ものすごい進歩であることは間違いない。

しかし、今一歩足りないようで、何度カナンが愛を囁いても、リンカがそれを信じることはないようだった。


「リンカ、愛しています。結婚しましょう」


「頭湧いてんですか。一足飛びに結婚て。しかも『しましょう』って何」


忌々しげに吐き捨てられても、カナンの笑顔は揺らがない。

むしろ嬉しげにリンカとの間に空いている隙間を詰め、更には自身の膝に抱きあげた。

リンカはそれに悲鳴を上げることもなくなったが、嫌そうな顔を更に顰め、片手をカナンの顔に突っ張らせている為、カナンの顔が歪んでしまっている。

傍から見ると、ものすごい光景だな、と思わないでもないサイラスだった。


「リンカ、ではまず我が館で生活してみませんか。

 それからもっとお互いのことを知って行けば、結婚する気になるかもしれません」


「しませんし、したくありませんし、そんな気になるわけがありません」


相手を蕩けさせるような笑みを意図的に浮かべたカナンに、リンカはにべもなく突き放す。

突っ張っていた手はいつの間にかカナンの手に包まれて外され、身体は膝の上から逃れられない。

身動きの取れなくなったリンカのせめてもの抵抗か、顔を逆に背けている。

全力で拒否しているとわかる態度に、サイラスは苦笑を零した。


「サイラスからも言ってやってください」


「何をだよ。そもそも俺はリンカの味方だからな。

 リンカが嫌っていうなら無理やりさせたりなんかしないさ」


カナンが珍しく助けを求めてきても、サイラスは茶を啜りながら、そっぽを向いた。

ここでカナンに味方することも、正直に言うとやぶさかではなかったりする。

この二人がくっつく未来も、最近ではありかなと思うようになってきたからだ。

しかしここでサイラスがカナンに賛同すれば、リンカは当然怒るだろう。

既に大人の女性になったリンカであるが、サイラス達が甘やかしたせいか元々の性格か、まだ子どもっぽいところが残っている。

機嫌を損ねれば、口を聞いてもらえなくなることもあるのだ。

それは、リンカが自分の意思を素直に出せる様になったということなので、喜ばしいことである。

当初は我慢のしすぎで大人しかったくらいだ、そうしたリンカの我儘が、サイラスはとても嬉しかった。

しかし、実際口を聞いてもらえなくなるのは寂しいものがある。

いくらカナンの頼みでも、こればかりは聞いてやるわけにはいかなかった。


「リンカ・・・こっち向いてください」


「・・・なんですか」


味方も居なくなり、意中の相手はつれない態度。

流石のカナンも意気消沈したのか、若干しょんぼりとしたようだ。

為す術もなくなり、乞うようにリンカを見つめると、目線を逸らしたままのリンカが渋々と言ったように返事をした。

それに少しばかり嬉しげに微笑むと、今度はリンカの頭にすりすりと頬を寄せる。

膝上に抱きこんだリンカよりも上背がある為、ちょうど頭がカナンの顎あたりに来るのだ。

それに対して、リンカは鬱陶しそうな顔をして、しかし何も言わずしたいようにさせていた。

そんな2人を観察しながら、サイラスは柔らかな頬笑みを浮かべていた。


この先、リンカがカナンを受け入れるかどうかは、現状から見ても、さっぱりわからない。


そもそも2人の間にはまだ何も始まって居らず、どうなるかもわからない。





しかしいつかはそんな未来が来ることを、サイラスは楽しみにしながら、今はただ2人を見守るのだった。





































それから、また数年後。



「サイラス、ティラ、お仕事お疲れ様」


にこっと笑いながら、仕事を終えた彼らを、優しげな女性が出迎えてくれた。

腕に小さな子供を抱きながら現れた彼女は今では館を取り仕切る女主人だ。

産まれたての子が居ながらも、彼女の仕事にはそつがなく、仕える者達のことも良く把握しているらしい。

館に満ちる空気は暖かく穏やかで、訪れる者を優しく包んでいた。


「あぁ、元気だったか、リンカ」


「身体の具合はどうですの?」


サイラスが柔らかく微笑みながら、かつてのくせでぽんとリンカの頭を撫でる。

それに嬉しげな顔をしたリンカが大丈夫だと返すと、今度はティラが調子を気遣った。

美少女から美女へと成長した彼女との交流は、現在も続いている。

子を産んだばかりで体調が思わしくないと聞いていた為の言葉だったが、それにもリンカは大丈夫だと頷いて見せた。


「2人とも、来てくれてありがとう。

 もう、身体も大丈夫になったよ。さ、入って」


今日は2人が来るから、いっぱいご馳走作ってもらったのよ、とリンカは嬉しそうに顔を綻ばせた。

しかしそこで、後ろからぬぅっと腕が伸びて、子どもごとリンカを緩く抱え込む。

上から落ちてくる、自身より艶やかな髪がリンカの目の前を覆ってしまう。


「・・・旦那様に、おかえりの言葉もないのですか?」


頭上から恨めしげにそんなことを呟いたのは、リンカの旦那である、カナンだった。

3人一緒に帰ってきたことは勿論知っていたのだが、リンカは敢えてスルーしていたのである。

相変わらずカナンに対してそっけない態度を取るリンカに、サイラスは苦笑し、ティラは呆れたような顔を見せた。


「おかえりなさいませ、旦那様」


「・・・名を、」


「カナン、おかえり」


いじける様に、けれど甘える様にリンカに縋りつくカナンへ、ようやくおかえりと告げる。

結婚当初は旦那様と呼ばれることを好んでいたが、今は名を呼んでもらいたがる節があった。

そっけなくも慈愛に満ちたリンカの態度は、母親がしょうのない息子に対するようなそれである。

昔を思い出せば格段に甘くなったリンカだが、それでもなんだか夫婦とはまた違うような気がする、とサイラスは2人を見る度に思うのだった。


「さ、中、入って。ご飯にしよう」


へばりつく背後霊をそのままに、リンカはサイラスとティラを中へと招き入れた。

今日は子どもを産んで初めて2人が訪ねて来てくれるとのことで、料理をいつもより少し豪華にしてもらったのだ。

出産後の肥立ちが悪く、以前よりは体が少し弱っているリンカだったが、それでも2人が来てくれたことで気持ちも上昇し、体調はすこぶる良い。

小さな息子を腕に抱いて穏やかに微笑むリンカは、立派に母親の顔をしていた。


「ディアをこちらへ。ご飯はもうあげたのでしょう?寝かせてきます」


「うん、じゃあお願い」


暫しリンカにすり寄って充電したのか、カナンがようやくリンカから放れて、息子を受けとった。

乳母は居ないが、食事の間は気心の知れた侍女が見てくれる手はずになっている。

息子を腕に抱くカナンの姿は、似合わないと思いきや意外に様になっていた。

しかし見た目が天女然とした美貌の為、息子を抱いていると聖母のように見えなくもない。

むしろ知らない人が見れば、リンカと並んだ所で、父親は?と問いかけられても可笑しくはなかった。

息子を部屋に運ぶカナンの後ろ姿を見送っていたサイラスは、ほっと安心したように溜息を吐いた。


「すっかり父親の顔だな。心配してたが、杞憂だったか」


「・・まさかあんな風になるとは、思ってもみませんでしたわ。

 愛妻家であることすら、未だに信じられませんのに」


そんな2人の言葉に、リンカはただ苦笑するだけだ。

何よりそう思っているのは、実はリンカであるとは、もはや誰にも言えない。

そもそも、数年前に求婚された時から、リンカはカナンがどうして自分に執着するのかわからないでいる。

愛してると乞われても、自身が彼と釣り合わないことくらい重々承知だ。

異世界から来た女が珍しいのかもしれないと穿った目で見ていた時期もある。

しかし、彼は初めて出会ったときから態度を変えることはなかった。

どれほど突き放しても、辛辣な言葉を投げつけても、いつだってリンカが側に居てくれることを願い、それ以外を彼女に求めようとはしなかったのだ。

そんなカナンだからこそ、リンカも絆されたのかもしれない。

今でも、正直夢なのではないかと思ってしまうが、リンカはカナンに嫁ぐことを承諾した日のことを一生忘れられないだろうと思っている。

あの日、リンカはきっと他の人は一生見られないであろうものを見た。

それが見られただけでも、求婚を受け入れた甲斐はあるような気がする。





異世界トリップをして、早数年が経った。



初めは、自分がどうなるのかなんてさっぱりわからなかった。


しばらく後にこちらへ来た事情を知った時は、心底自分の運の悪さを呪った。


しかし人生、何があるかわからないものだと思う。



昔は、心底恐ろしくて大嫌いだったかの変態と、こうして夫婦になって、子どもまでいるとは。




今までを寸の間回想して、リンカはまた苦笑を零す。

異世界へ来てから、目まぐるしい日々だった。

そしてそれは、これからも続くのだろう。

元の世界には戻れないが、兄と思えるような人も居るし、親友と思いたい人も居る。

何より大事な家族も手に入れて、今後増えて行く予定でもある。


リンカは、子どもを寝かしつけて戻ってきた旦那様の手をするりと握る。

握り返してくるその手を、愛おしく思うようになったのは、いつだったろう。



「・・さぁ、行きましょうか」



愛おしげにこちらを見つめてくる目を、同じように見上げながら、リンカは至極幸せそうに笑った。

ようやく。

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