第13話 わたしの宝物
第13話 わたしの宝物
オリビアに連れられてやってきたのは、〈アルカの家〉の門の側にある、大きなリンゴの木だった。枝ぶりは立派だが、ここ数日降り続いた雨にさらされ、太い枝が一部折れてしまっている。
「この木は、ここが〈アルカの家〉になる前から生えてる古い木なの。毎年、たくさん実をつけて、わたしたちに恵みを分けてくれる、とってもありがたい木。去年収穫した分で作った干しリンゴが食糧庫に少し残ってるはずだから、あとでおやつに食べようね」
能力を教えてやる、というオリビアの申し出は願ったりだが、実のところミアは、当初ほどこの家の住人を恐れてはいなかった。
〈アルカの家〉に来て、はや六日。なんだかんだ言いながらも生活を回すために働き、くだらない遊びに興じて寝食を共にするうちに、この家の住人が、思ったより普通であるということがわかっていた。もちろん、気に食わないやつはいるし、常識では考えられない能力を平気で使う連中に囲まれることを意識してしまうと緊張する。だが、今はもう、以前ほど連中の能力や弱みを暴いてやろうという気は起きない。
しかし、今のオリビアの説明には、ミアが以前から持っていた疑問にかかわる情報が含まれていたので、ミアはここぞとばかりに質問を投げかけた。
「なあ、なんで貴族の屋敷に、お前らみたいな能力者が大勢住んでるんだよ。ラウルたちも、こんな屋敷買えるほど金持ちには見えねーし……あの落ちぶれっぷりからすると、フィーナ関係でもないんだろ?」
オリビアは、予想外の質問をされて目をぱちくりさせたが、すぐに質問に答えた。
「もう、フィーナちゃんに失礼だよ。……このお屋敷はね、元々はレイラさんの知り合いだっていうおじいさんの別荘だったの。そのおじいさんは、趣味の狩猟のためにこのお屋敷を持っていたんだけど、身体を悪くしてからは王都で過ごすことが多くなって……このお屋敷を持て余していたんだって」
それで格安で売ってくれたの、とオリビアは説明した。
「あのときは、わたしもまだ小さかったから、おじいさんが何者なのかも、レイラさんとどういう関係なのかもよくわからなかったけど、でも、すごく優しくて、立派なおひげのおじいさんだったよ」
「んん?つまりお前は、ここが〈アルカの家〉になる前から知ってるってこと?」
ミアは頭をひねった。オリビアの口からは、想像以上に具体的な話が出てくる。
「うん。最初は、ラウルさんとレイラさんとわたしで、遠い森の奥で暮らしてたの。そのうち、レベッカ先生やフィーナちゃんも一緒に住むことになって、小屋じゃ狭くなっちゃったから越してきたんだ」
オリビアは、事もなげに答えた。
それから、リンゴの木の幹に額をつけて、目を閉じた。
「今のわたしがいるのは、ラウルさんやレイラさん、それからレベッカ先生のおかげ。大事なお友達もたくさんできて、毎日楽しいの。わたし、〈アルカの家〉が大好きなんだ」
さわさわ、とリンゴの葉がこすれる音がした。何とはなしに頭上を見上げると、先ほどまでぽっきり折れていたはずの枝が見当たらない。見間違いかと思って、目をこすって再び見上げてみたが、やはりどこにも、折れた枝はない。それどころか、先ほどよりも葉が生き生きしているような気がする。
「わかった?わたしの能力」
オリビアはそっと幹から離れ、ミアの方を振り返った。白いスカートがふわっと広がる。
「わたしは、植物に元気を分けてあげることができるの」
ちょっとわかりにくかったかな?とオリビアは恥ずかしそうに頭をかき、その場にしゃがみこむと、オリビアは足元に生えていた綿毛草に優しく触れ、ふっと息を吹きかけた。綿毛はふわふわと宙を舞っていき、土に着地すると途端に急成長を遂げ、一面黄色い花が咲き乱れた。
「みんな、ミアちゃんにご挨拶して」
オリビアがにこやかに言うと、一瞬で咲いた花々は、一斉にミアに向かってぺこりとお辞儀をした。ミアがあっけにとられていると、ミアの頭上に何か硬いものが落ちてきた。
「いだっ!!!」
「ごめん、ミアちゃん!大丈夫⁉……わたし、張り切りすぎて、リンゴの実がなったみたい。がんばってくれてありがとう。せっかくだから、今日のおやつは、生のりんごにしようか」
オリビアはミアの頭にこぶができていないのを確認すると、安心したように胸をなでおろし、リンゴの幹を優しくなでた。おとなしくて、どこまでもお人よしの三つ編みという印象だったが、オリビアのこの能力は……
「すっげー!なんだよ、もっと早く言えよー!この力があれば、飢えと無縁じゃんか!オレとお前は友達だよな!いや、むしろ親友⁉」
ミアはオリビアに抱きついた。なんという圧倒的な能力だろう。スラムで生きてきた人間なら一度は夢に見る、「無限に食い物が湧いてくる」というやつではないか。ノアの野郎め。オリビアへの詮索をよせと言ったのはこういうことか。やつの独占欲の理由は、甘い恋心のみならずということだな。
「くるしい……くるしいよ、ミアちゃん……!」
オリビアは控えめに抗議しながらも、顔を紅潮させて笑った。
「急に飛びついてくるからびっくりしちゃった。もちろん、わたしとミアちゃんは、もうお友達だよ!これからもいっぱい遊ぼうね!えへへ……ミアちゃんからお友達って言ってくれたの、嬉しい!でも……『飢えと無縁』っていうのは、ちょっと違うかも」
オリビアは緩みっぱなしの表情をなんとか戻そうと、手で頬を抑えた。
「わたしの能力は、あくまで植物が元々持っている力を助けてあげるだけなんだ。何もないところからは何も育たないし、無毒な植物にいきなり毒を発生させたりするようなことはできないの。それに、能力を使いすぎるとなんだか疲れちゃうから、畑全部を能力で育てることはしちゃだめって、言われてる」
わたしは全然大丈夫なんだけど、とオリビアは困ったように笑った。
「植物がわたしの声に応えてくれるのは、わたしが、植物に分けてあげた元気――魔力っていうんだって……を操っているからじゃないか、ってレベッカ先生が言ってた。でも、本当のところは、よくわからないんだ」
わたしやミアちゃんみたいな能力者がどうして不思議な力が使えるのかは、だれにもわからないから、いろんな国で偉い学者さんたちが研究してるって、レベッカ先生が言ってたよ、とオリビアは続けた。
「んなこたぁ、どーでもいい!使えるもんは有効活用!原理なんぞ知らなくても、自分のことは自分が一番知ってるもんだ」
「そうだよね、わたしもそう思う。なんでこんな能力を持って生まれたのかはわからないけど、わたしは、大事な人たちの役に立てるこの力が好き。弱っている子を助けてあげられるこの力が好き。カイトくんやセシルちゃんを見てると思うの。能力って、本当はすごく楽しくて、世界を豊かにする素敵な力なんじゃないかって。悲しい思いをする人もいるから、言い切ることはできないけれど……」
オリビアはふっと畑の方に目をやった。草むしりを終えたラウルたちが、屋敷へ戻っていく。カイトとセシルは泥だらけになっていたが、すっかり仲直りしたらしい。つないだ手をぶんぶん振り回している。その後ろで、仲直りに貢献したであろうルークとノアは苦笑し、ラウルが「お前ら、いつもありがとうな」と少年らの背を、大きな手ではたいた。二人は少し気恥ずかしそうにしていたが、決して嫌がらず、その雑なふれあいを受け入れている。
みなが帰ってくる気配を察したのだろう。屋敷の扉を開けたフィーナは、泥と汗にまみれた彼らを見て、目を丸くして叫んだ。
「洗濯がやり直しですわ!」
「フィーナちゃんのエプロンも、殺人事件の遺留品みたいになってるから洗濯だねえ」
その後ろで、いつの間にか起きてきたらしいレベッカが苦笑する。家の中からは、甘酸っぱい野イチゴの匂いと、蜂蜜が焦げる匂いが漂って来た。
「今日は早めに、お風呂を沸かしましょう。ラウル、薪割りお願い」
「はいはい、仰せのままに」
レイラの尻に敷かれているらしいラウルは、再び畑の方へと戻っていった。ルークがそのあとを追っていき、その後ろにカイトが続きそうになったので、レイラはカイトを抱き上げて家の中に入っていった。
そんな彼らのにぎやかな様子をリンゴの木の下から眺めていたオリビアは、幸せそうに目を細めて、ミアの方に向き直った。
「わたしは、〈アルカの家〉が大好き!みんなと一緒に暮らせる毎日が、この世で一番の宝物!」




