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第11話 おばけのかくれんぼ

第11話 おばけのかくれんぼ


 雨は、それからさらに三日降り続けた。毎日やることといえばほとんど同じで、朝起きたら各自、身支度を整え、たまごを回収(あの日以来、カイトとセシルが担当したがる)。そのたまごを使って、朝食づくりをする。メニューは特に決まっておらず、朝食当番の気分次第らしい。一昨日はゆで卵、昨日はたまごスープ。今朝はパンが固くなっていたので、薄く切ったパンを、ヤギ乳で伸ばした卵液に漬けて焼いた。柔らかいトーストの上には野イチゴのジャムが乗せられていて、甘さと酸味が実によいバランスだった。あのすましたレイラが作ったと思うと、美人は食い物までこじゃれているのかと腹が立ったが、食べ物に罪はないので二回おかわりした。

 そのあとは、皿洗いと洗濯。家畜への餌やりと、糞尿の処理。〈アルカの家〉では、鶏十数羽と、ヤギ五頭を飼っている。オスが一頭、メスが二頭、先日生まれたばかりだという子ヤギが二頭。名前は特に決めないらしいが、便宜上、オスを「ボス」、メスの白い方を「シロ」、黒い方を「クロ」と呼んでいる。子ヤギも見た目そのままなのだろうと思っていたのだが、片方は「ポポ」、もう片方は「ひげ丸」だというので、一緒に糞尿の処理をしていたオリビアに理由を聞いてみたところ、カイトとセシルが「名前がないなんて可哀想!」と勝手に命名し、それが定着したとのことだった。「カイトくんは、鶏にも名前つけてるんだよ」と説明を続けようとしたので、適当な理由をでっちあげて、その場を離れた。

 

 閑話休題。とにかく、朝はそれぞれ割り当てられた仕事をこなし、そのあとはそれぞれ好きなことをして過ごす。雨の日はやれることが少ないので、みんなでトランプをしたり、おしゃべりをしたりしていることが多い。あとは、本を読んだり、刺繍をしたり、一人でできる暇つぶし。そういえば、フィーナとノアが、都会で流行っているという盤上遊戯をしている日もあった。ミアは、読書も刺繍もできないし、フィーナともノアとも相性が良くないので、よくトランプに混ざっている。

 そうして過ごしていると、昼前に起きてきたレベッカが、そのまま昼食を作り始める。昼食作りはレベッカ固定らしい。「寝坊オッケー、朝仕事免除なんだから、これくらいはねえ」とのことだ。レベッカの作る料理はうまいのだが、なんだかよくわからない草が使われており、市場では食ったことのない独特の味がする。レベッカは一人一皿なんて上品な盛り付けはせず、大皿でまとめて出すので、毎度争奪戦である。その後は、また皿洗い。夕方ごろに洗濯物を取り込んで、湯を沸かして風呂の準備。湯船まで張るのは三日に一度程度で、それ以外の日は沸かした湯で体を洗うだけだ。基本は一人ずつ順番に入るが、幼いカイトとセシルは一人で入れないので、だれかと一緒に入る。その間に、大人が夕飯準備。夕飯というと、初日の焦げシチュー騒動の印象が強いが、普段はラウルかレイラかが作っているそうだ。あの日は二人とも仕事に出ていたうえ、レベッカも疲れて眠りこけていたので、「代わりにわたしたちで!」とオリビアが言い出したらしい。内心、毎日あの大騒動ならたまったもんじゃないと思っていたので、その不安が杞憂だったとわかり、ミアは胸をなでおろした。そのあとは、無論皿洗いである。

 つまるところ、〈アルカの家〉という場所は、ごく一般的な大家族の生活を送っているだけであった。田舎の古びた屋敷に能力者ばかりが集まっている、と聞くと、能力を悪用する犯罪組織か、はたまた能力者差別に対抗する革命組織か、などと妄想が膨らむが、実際のところは、縁あって譲り受けた屋敷が田舎にあっただけだし、たまたま拾った子どもが能力者ばかりだったというだけの話らしい。〈アルカの家〉での日々は実に穏やかで、平和そのものであった。

 そう、平和なのである。これまでのミアの生活とは最も縁遠い概念だ。平和というのは結構だし、実のところミアが内心求めてやまなかった安心というものの言い換えなのであるが、人間贅沢なもので、何事もない日々が続くと、今度は事件が恋しくなる。


 事件が起きたのは、ミアがこの奇妙な屋敷にやってきて五回目の夜を迎えたころである。春の長雨もようやく過ぎ去り、久々に雨音のない静かな夜だった。その晩も、「皺になるから服を適当にたたむな」とフィーナに小言を言われて嫌味の応酬を繰り広げ、オリビアにたしなめられて、なんだかんだフィーナと同じ二段ベッドに入った。ミアは例のごとく、毛布を肩まで引き上げ、体を丸めて目を閉じた。この家の住人のことはわかったようでわからないし、同じことを繰り返すまともな生活というのもかえって落ち着かないような気がする。だがミアは、〈アルカの家〉が安全な場所であるということだけは理解し始めていた。だから、睡眠という、動物が最も無防備になる危険な時間に対しても、警戒以外の感情をもって接することができるようになっていた。今日の風呂は湯船なしだったので、ミアは湯たんぽを抱えていない。多少心もとなさはあるものの、それでも心を落ち着けて眠りに向かっていけるようになったのは、ここ数日間で一番の収穫かもしれなかった。

 静かだ。本当に静かだ。既に住人はそれぞれの部屋に戻り、屋敷は活動を終えていた。真っ暗な屋敷を、ただ静寂だけが支配している。

 そのはずだった。カタンッと何か小さな物音が聞こえた気がして、ミアはベッドから身体を起こした。よく目を凝らすと、女子部屋の扉が開いている。それ以外に特に変わった様子はなく、同居人たちの静かな寝息も聞こえてくる。おおかた、誰かが用を足しに起き出したのだろう。危険の予兆でないことを確認したミアは、再びベッドに身体を横たえ、目を閉じた。しかし、しばらく時間がたっても、その「誰か」が帰ってきた気配はない。それどころか、部屋の外からは微かに、ごつん……ごつん……と何かがぶつかる音がする。それだけではない。よく耳をこらしてみると「……っ、……ぅう……」と小さなうめき声のようなものまで聞こえてきた。流石に気になって、ミアは二段ベッドの梯子に足をかけた。

 梯子を降り、慎重に床を歩き始めたミアは、直後、なにか柔らかいものに足が沈む感覚を味わった。ミアは瞬間的に、思い切りそれを蹴飛ばした!しかし、何秒経ってもそれは動く気配を見せない。ミアは、蹴飛ばした方向にそっと近づいていき、静止するそれを恐る恐るつまみ上げた。ミアが蹴飛ばしたのは、いつもセシルが抱きしめている小さな女の子の人形だった。

(驚かせやがって……)

 セシルのベッドは下段だから、何かの拍子にベッドから落ちてしまったのだろう。人形をベッドに戻して、起きたついでだ、水分補給でもして戻ろう。

しかし、セシルのベッドはもぬけの殻だった。暗いから見えづらい、とか、ベッドの足元に移動しているとかではなく、そこには命の気配というものが感じられない。毛布をめくり、ベッドの中を手探りで探す。薄い敷布団の上には、確かに子どもが眠っていたというぬくもりは感じる。だが今、そこにセシルはいない。

(まいったな)

 恐らく用足しに出ただけだろう。子どもとはいえ、ミアよりよほど長くこの家で暮らしている子だ。今更迷子になるとも考えにくい。放っておいても、そのうちふらっと帰ってくるのではないか。

 しかし、扉の外から絶えず聞こえてくる鈍い音と呻き声は、ミアが楽観的な考えに落ち着くことを許さなかった。

 もし仮に、なにか大変なことが起きているとして。翌朝、セシルが冷たくなっていたなんてことがあっては寝覚めが悪い。ミアは、ひとまずオリビアを起こして、今起きていることを話してみることにした。

「なあ……」

 壁に身体を向け、規則正しい寝息を立てているオリビアの身体を掴んで揺する。オリビアは、ビクッと大きく肩を震わせて、すぐにミアの方を振り向いた。

「あっ……ミアちゃん、どうしたの?お手洗い、一緒に行く?」

「おばけにおびえるガキじゃあるまいし。セシルのやつが……」

 かくかくしかじか、事情を説明しているうちに、オリビアは真っ青になった。

「セシルちゃん……っ!」

 オリビアはミアの説明を最後まで聞くことなく、ミアを押しのけ、梯子を慌てて降りて行った。オリビアは、あまりに気がせいていたのだろう。最後の一段を踏み外し、梯子は、がたんっ!と大きく揺れた。その余波で、いまだ梯子の上にいたミアも梯子から落ちて尻もちをついたが、オリビアは構うことなく、女子部屋を飛び出していった。

「……なんの騒ぎですの」

 フィーナがむっつりと半身を起こす。

「いや、なんかセシルがいなくて」

「なんですって!?」

 寝起きが悪いはずのフィーナまで飛び起きたので、さすがのミアも、認識を改めた。状況としては、単に子どもが寝ぼけて帰ってこない、というだけの話なのだが、確かにセシルは、常に誰かにくっついていたがるような甘えん坊で、オリビアにもフィーナにも随分懐いていた。そのセシルが行方知れずとなれば、過敏になるのも無理からぬことかもしれない。

「わたくしは一階を探します。ミアさんは二階を探して下さい」

 そうしてフィーナは、手燭に火をつけ、駆け足に階下に降りて行った。

 「二階を探せ」と言われても、二階にあるのは、子どもたちが眠る男子部屋と女子部屋、ラウルとレイラの寝室だけだ。間違えてこれらの部屋に迷い込んでいるとしたら誰かしら気がつくだろうし、だいいち心配する必要もない。あとはせいぜい、実質的に物置になっている屋根裏部屋くらいしかないが、その屋根裏部屋にしたって、跳ね上げ式の階段を出して登らねばならないので、夜中に寝ぼけた子どもが迷い込む場所ではない。二階に探せる場所はないと思うのだが、これだけオリビアとフィーナが騒いでいるのに協力しないというのも何か気が引ける。かといって、手がかりもなしに闇雲に捜索し続けるのも非効率的だ。ミアは、フィーナと同じく手燭を持って、階段を降りた。ミアは、こういうとき頼りになりそうな人物に心当たりがあった。

「セシルちゃん、どこ⁉聞こえたらお返事して!」

「セシルさん、どこですのー?危ないから動かないでくださいまし!」

 階下では、オリビアとフィーナが、セシルを探し回っている。先ほどよりもセシルの声は大きく聞こえた。1階にいることは間違いないのだろう。

「おーい」

 ミアは、どんどんっと、乱暴に扉をたたいた。

「なんだい?今晩はやけに騒がしいねえ……」

  頭をかきながら出てきたのは、頬によだれの跡をつけたレベッカだった。心なしか息が酒臭い。また飲んでやがったな。ミアは、本当にこいつで大丈夫だろうかと疑問に思いながらも、手短にことの経緯を説明し始めた。

「……ってわけなんだけど、お前の透視でどうにかならねえ?」

 話を聞いているうちに、レベッカの顔つきは真剣になっていった。

「まずいねえ……あたしの目じゃ、セシルちゃんは探せない」

「なんだよ、使えねえ。なんでもお見通しじゃねえのかよ」

「……あたしが見えるのは、色や形があって、物理的に存在しているものだけさ。遮るものを通り抜けて、その先を透かし見るだけ。そもそも見えないものを見る力は、あたしにはない」

 レベッカは、ずり落ちていた上着を羽織り直した。

「セシルちゃんはね、透明人間なのさ」


 セシルは透明になることができる能力者であるという。レベッカによると、能力の対象は、セシル自身とセシルの身体に触れているもの。つまり、能力を発動するとセシルの身体に触れている服も巻き込んで透明化し、完全に見えなくなってしまう。セシルは、基本的には能力を制御できており、いつも透明化してかくれんぼをしたり、いたずらをしたりして楽しんでいるが、たまに意図せず能力が発動して見えなくなってしまうことがあるらしい。そういうとき、セシルは決まってパニックを起こす。つまり今は、能力が暴走してパニックになったセシルが、暗い屋敷の中でさまよい歩いているという状況のようだ。

「仕方ない、人海戦術だ。ラウルくんとレイラちゃんを起こしてきておくれ。特にラウルくんなら、耳や鼻で探せ――」

「ついでに男子部屋にも声かけるか?少しでも人手多い方がいいだろ」

 レベッカは少し考え、口を開いた。

「……いや、カイトくんやルークくんを巻き込んでも不安がらせるだけだ。ノアくんも……とにかく、セシルちゃんが家の中にいるのはわかってる。まずは、あたしたちだけで探すよ」

 確かに、この状況で子どもを巻き込んでも、状況がややこしくなるだけである。ミアは、レベッカからの指示通り、ラウルとレイラにだけ声をかけ、改めて一階に降りて行った。

「……うぅ……ぇえええん……」

 弱々しい泣き声とともに、ごつん……ごつん……と規則的な音が続く。暴走した能力と暗闇にパニックになったセシルは、自分がどこにいるのかさえも分からなくなっているのだろう。壁や家具に身体をぶつけながら、ただひたすらにさまよい歩いているようだった。ぺた、ぺた、と、子どもの湿った足音だけが響く。

「セシルはここだよ……パパ、ママァ……」

 セシルはしゃくりあげ、その声には痛々しい響きが混ざり始めた。

「セシルはいるの、ちゃんといるの……むししないでええぇ……」

 続々と捜索隊が集まり始め、一階全体に明かりが灯る。それでも、セシルは見つからない。確かに声は聞こえる。倒れた鉢植えや、乱れた椅子などの痕跡も見える。だが、肝心のセシル自身はどこにも見つからない。

「セシルちゃん!大丈夫、大丈夫だからね!わたしが見つけるから、セシルちゃんを絶対一人にしないから!」

 オリビアは、絶えずセシルに声をかけ続けながらも、自分の方が泣きそうな顔をしていた。フィーナも、服が汚れるのもかまわず、四つ這いになって机の下を探っている。ミアも、セシルがよく隠れているカーテンの裏などを探してみたが、やはりそこにもいない。

 ラウルは半獣の姿になり、鋭い嗅覚と聴力を駆使してセシルを探しているが、セシルが動き回っているせいで、新しい匂いも古い匂いも各地に残り、正確な位置までは特定することができないらしい。

「一階にいるのは間違いないのね?」

 レイラが問う。

「ああ、それは確かだ。今は多分、台所方面。しらみつぶしに探せばそのうち見つかるだろうが、完全に混乱しきって動き続けているし、俺たちのことも認識できてねえ。台所は子どもには危険だし……なにより早く見つけてあげねえと可哀想だ」

「それだけわかれば上出来よ」

ラウルに導かれ、台所に移動した一行は、先ほどよりもはっきりと、セシルの悲痛な言葉を聞いた。

「パパとママのおうちにかえるの、セシルはここだよ……はやくおむかえきてよお……」

「……もう大丈夫よ。あなたを無視する人はここにはいない」

 ひやりとした空気があたりに満ちた。窓はすべて閉められているのに、雨上がりの甘く冷たい夜気が流れ込んできたかのようだ。レイラは集中しているのだろう。身じろぎひとつせず、足元を見つめている。

 やがて、ガラスは曇りだし、足元には白い霧が生じはじめる。それは意志を持った生き物のように広がっていく。食器棚を避け、テーブルの足の間をくぐり……そのとき、突然、霧が不可思議な動きをし始めた。扉にほど近い、何もない空間。霧は、なぜかそこを避けるように、左右に分かれて進んでいく。やがて霧が台所全体に満ちると、そこには、ぽっかりと小さな人型の空間が現れた。

「ママァ……」

 人型が両手を広げ、よろよろと立ち上がる。開きっぱなしの扉にぶつかりそうな人型を見て、オリビアはたまらず駆けだした。

「セシルちゃん!」

 オリビアの両腕が空っぽの空間を抱きしめる。肩を震わせて怯える人型が、どこにも逃げて行かないよう、しっかりと。

「セシルちゃん、もう大丈夫だよ。セシルちゃんはここにいる。ちゃんとわたしの腕の中にいる」

「オリビアおねえちゃん……?」

「うん、そうだよ。わたしたち、セシルちゃんをお迎えに来たの」

 オリビアは、セシルの顔があるであろうあたりを見つめて言った。その言葉を聞いたセシルは、オリビアの身体にとびこみ、全身で抱きついた。

「オリビアおねえちゃああん……っ!」

 大声をあげて泣き、乱れた呼吸の中でセシルは言葉を絞り出した。

「セシル、きえちゃったの」

「うん」

「くらいのこわかったの」

「うん」

「パパもママもきてくれないの」

「……うん」 

 オリビアは、ただひたすらセシルの背をさすり続けた。怖かったね、悲しかったね、セシルちゃんは、ここにいる。こんなにあたたかいんだもの。絶対にここにいる。

「ごめんね……」

 セシルに話しかけるオリビアの声は、ほんの少し震えていた。

「すぐに見つけてあげられなくて、ごめんねぇ……」

 そうしているうちに、過呼吸寸前だったセシルの呼吸は落ち着いていき、今は鼻をすする音だけが聞こえる。やがて、霧の中に変化が生まれる。何もない空っぽの空間に、かすかに輪郭ができる。寝間着から覗く裸足の足、力いっぱい服を掴む小さな手。淡い金髪がオリビアの胸元に顔をうずめている。自分の変化に気がついたのだろう。セシルはぱっと顔をあげた。見上げたオリビアの顔は、眉を下げて笑っていたが、目元が少し赤かった。

「セシルちゃん、みいつけた」

 セシルもつられて、眉を下げた。涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔は晴れやかで、今にも消えてしまいそうな儚さは感じられない。

「……みつかっちゃったあ」

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