第11話 忍び寄る糸
礼拝堂での密会から一夜。
メリッサは、自室で一冊の手帳を静かに閉じた。
そこには、侍女が昨夜書き留めた言葉が並んでいる。
『祭司長』
『聖獣』
『祭壇』
『元に戻る』
断片ばかりだった。
だが、その断片が、一つの答えを指し示しているように思えた。
「……やはり、おかしいわ」
ラインハルトは変わった。
それは気まぐれでも成長でもない。
まるで、別人になったかのようだった。
「陛下にお目通りを願います」
侍女が目を丸くする。
「今からでございますか」
「ええ。今夜のうちに」
メリッサの瞳には、強い決意が宿っていた。
◇
「失礼いたします」
国王の私室。
夜遅くの訪問に、国王は静かに視線を上げた。
「この時間に何用だ」
「王家に関わることで、ご報告がございます」
メリッサは深く頭を下げる。
「ここ数日、ラインハルト様のお振る舞いに違和感を覚えておりました。」
国王は黙って続きを促した。
「昨夜、ラインハルト様が人目を避けるように東礼拝堂へ向かわれたとの報告を受けました。」
「……ほう。」
「そこにはエルフィーナ様もいらしたそうです。」
国王の眉がわずかに動く。
「さらに、『祭司長』『聖獣』『祭壇』という言葉が交わされていたと。」
静かな沈黙が流れた。
国王はすぐには答えなかった。
やがて低い声で問う。
「その話、お前自身が見聞きしたものではないのだな。」
「はい。ですが、長年仕える信頼できる者からの報告でございます。」
「……そうか。」
国王はそれ以上何も言わなかった。
「ご報告は以上でございます。」
メリッサは一礼し、静かに部屋を後にする。
扉が閉まると同時に、国王は深く息を吐いた。
「礼拝堂……か。」
そこまで一致するとは思っていなかった。
ラインハルトの急激な変化。
アルヴィンの不自然な庇い方。
そして、礼拝堂。
偶然では済まされない。
「祭司長を呼べ。」
近侍が静かに頭を下げた。
◇
翌朝。
祭司長は国王の前で静かに一礼した。
「お呼びでしょうか。」
「聖獣の伝承について聞きたい。」
祭司長は目を伏せる。
「……何か、お気づきになられましたか。」
「断定はしておらぬ。」
国王は静かに言った。
「だが、ここ数日の出来事が、一つの伝承へ繋がっているように思えてならん。」
祭司長はしばらく沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「古くから王家には、一つの伝承がございます。」
涙を流した者の願いに聖獣が応え、時として二人の立場を入れ替えるということ。
そして――
「互いの人生の重さを知り、真に相手を認め合った時のみ、聖獣は再び祭壇へ導く、と。」
国王は静かに目を閉じた。
「つまり……今はまだ、その時ではない可能性もあるのだな。」
「はい。」
祭司長は頷く。
「儀式は、入れ替わりを起こすものではございません。」
「真実を映す鏡。」
「そのようにお考えいただくのが近いでしょう。」
「では、その儀式は行えるのか。」
「満月の夜であれば。」
祭司長は慎重に言葉を選ぶ。
「ただし、試練が満ちていない状態で無理に真実を暴こうとすれば、聖獣は沈黙したままかもしれません。」
国王はしばらく考え込んだ。
「……それでも構わぬ。」
今のまま疑念だけが広がれば、王家そのものが揺らぐ。
真実を知るためには、一歩踏み出さねばならない。
「準備を進めてくれ。」
「かしこまりました。」
祭司長は深く一礼した。
七日後――満月の夜。
王家に受け継がれる祭壇で、止まっていた運命が再び動き始めようとしていた。




