25日目
こんにちは!私、絶賛恋人と喧嘩中の桐生綾瀬!その子がデート中に別の女の子と話し始めちゃって、プッツンしちゃってもう大変!
「はぁ~……」
「急に家来たと思ったらなにそのため息」
そんなわけで友達の和泉楓子を拉致して目的もなくお散歩中です。
「なんでもないなんでもない!なんか話したいなぁ、って」
「なら電話でもいいじゃん。なんでわざわざ家来るかね」
「どうせ暇してたんだからいいじゃない。体を動かして少しでもメッツを貯めよう!」
「うわ、メッツ懐かし。去年やったなー」
目的なきお散歩の目的はもちろん恋人───凪沙ちゃんの件の相談とか、コンサルをしてもらうためです。足はなんとなく自然豊かな場所へ向かわせています。
「誘った綾瀬が話題提供してよね」
「いいよ。でも、途中でスマホとか見ちゃダメだからね」
「どうしてよ。まったく綾瀬は束縛が激しいんだからやーねー」
そう言いつつも口にはしなかった、スリープモードにするという要求を理解し、実行してくれる自慢の友達です。現代っ子にとっては、精神的軟禁でしょう。これで拉致に続いて軟禁。罪を重ねてしまいました。さて、何から話しましょう。
「映画って、好き?」
「雑な話題提供をありがとう。金ローで見るぐらい」
「私はねー結構好きなんだ。古めの洋画を見るぐらいには好きだよ」
「去年までは全然そんなことなかったのに。なに?こないだの恋人の後輩ちゃんの影響?」
「のん。その話題はまだ早い。また後で話そう、今はほかを話そう」
「……ふーん」
目的がバレてしまいそうです。というか、半分ぐらいはバレていそうです。少し足を速めようかな。
「ちょっと、なんで急にペース上げるの。疲れるじゃない」
「人には人のペースがあるの」
「私のペースは考慮してくれないのね」
「そゆこと。楓子は映画の最中に食べる派?私ポテチ」
「私ポップコーン。量は正義」
やっぱり楓子はやさしいなぁ、と今日この先何度思うのでしょう。まだ道のりは長いのに、すでに二回目です。
「ポップコーンて歯に引っかかるから苦手」
「そこは雑でおいしい、みたいなアメリカンを感じ取るのも楽しみだよ」
「ふぇ~アメリカンの認識の仕方こそがアメリカンだよ~」
「こりゃあ一本取られたかな!わっはっは」
アホな会話をしながら、住宅地とド田舎の境界線みたいに鎮座している病院が見えなくなり、いよいよ目的地の近さを実感します。すこしドキドキしてきました。なにせ恋愛相談なんぞ初めてな私ですから。
「んー!草と地元の香りー!」
「目的地ここ?初めてだよ、連れ出されてお寺に連れて来られたのは」
私の目的なき散歩の目的地のお寺に到着し、お客人もいないので適当なところに腰を掛けます。掛けました。
「実を言うと、楓子に凪沙ちゃんとのことで話したいことがあって来てもらったの」
「でしょうな」
「ええぇえぇぇえ」
驚きました。楓子はエスパーだったようです。驚嘆しながらも冷静にポッケに手を突っ込んでブツを取り出し、画面を見せます。
「これは?」
「これはねぇ、私たちが付き合う前の写真だよ。一緒に服を見に行って、お互いに服を選びっこして試着したの」
「へえ、この服凪沙ちゃんに似合ってるね。選んだ人は趣味がいいね」
「ほめても凪沙ちゃんはやらんぞ」
右にスクロール。
「これは付き合った記念に映画を見に行ったの。難しかったけど、面白かったんだ」
「そりゃあよかった。幸せになりやがれください」
右にスクロール。
「これは一緒にお散歩してる時に写真を撮ったら驚いて変な顔してる凪沙ちゃん」
「確かに変な顔だね。でもかわいいね」
「……あげないよ」
「もらわないって」
信じられません。こんなにかわいい子を欲しがらないなんておかしい。
「てか、綾瀬に変な趣味に付き合わせたの?お気の毒に」
「変とはなによ。凪沙ちゃんが、『綾瀬がしたいことをしたい』って言ったうえでのお散歩なのに」
右に、右に。
右に右に、右に右に右に、右に右に右に右に右に。
右に右に右に右に右に右に右に右に・・・
「なのに、なんでこうなっちゃったかなぁ……」
「それは凪沙ちゃんが悪いね」
「凪沙ちゃんを悪く言わないでぇ。それとも、私のこと抱くつもり?」
「それに綾瀬も悪いね」
「しってるからぁ」
一度あふれた感情はとどまるところを知らず、私は楓子ママにもたれながら赤ん坊になりました。こんな姿、とても人様に、凪沙ちゃんに見せられません。
☆☆☆
あれ以来、陽華と過ごすことが多くなった。陽華曰く、最近は部活に精を出してたらあんまり一緒にいれなかっただけで、ほんとなら今ぐらいの頻度で帰れる、らしい。
「凪沙って最近どんな曲聞いてる?」
「もっぱら洋楽」
「渋いねぇ」
「陽華に中学時代散々仕込まれたからね」
もともと積極的に音楽を聞くタイプではなかったが、昔休日にCDショップに時たま連れていかれたものだ。なんでも、たまには誰かの意見を聞きながら見繕いたいらしい。ジャケ買いというやつだ。今の時代珍しいねと言ったら、私が本を表紙やタイトルだけを見て買うのと同じようなものらしい。
「自分で漁ってくれるようになって教育者として鼻が高いよ」
教育者て……。
「でもなんで洋楽?私教えたっけ」
「往々にして教え子は教育者の道から少しはみ出すものさ」
「いまそういうのいいから」
「……はい」
今は違うらしい。いつならいいのやら。
いいとして、洋楽にいったきっかけか……。やはり、一番に思いつく理由はこれか。
「んー。好きな映画監督がいて、その人が映画作るとき音楽聞いて作るんだって。へーって思って、サントラとか聞いてたらハマっちゃった」
「例えばなに聞くの?ビートルズとか、クイーンとか?もしかしてボブディランだったりして」
「バンドとかで選んでないからなぁ。それこそサントラ聞いて、それでおすすめに上がってきたやつ聞いて……。の繰り返し」
「もったいない。一番好きなバンドだけでも色々聞いたらいいのに」
もったいない、もったいないか……。その言葉に私は弱い。コミュ力を除けば大阪でうまいことやっていけるだろう。
「で?だれ聞くの?」
いつもながら、音楽のことになるとテンション高いな。甘味でもこうはならない。
「ぱっと思いつくのは……。タンマ、確認する」
「えぇ……」
違うんだ、英語が覚えられないだけなんだ。外国人の名前は覚えにくいんだ。ティムロスみたいな語感がいい人しか覚えられないんだ。
心の中で無意味な言い訳をしつつ、いつものプレイリストで名前を確認する。
「そう、ブルースウェード!」
「おお、知らない名前だ。遠いところまで行ってしまった、我が教え子……」
なんか遠い目をしている。
「で、その人のどの曲?」
せっかくスマホを開いたことだし、人目がないことを確認した上で流し始める。
「……なにこのイントロ。笑ったらいいの?」
「歌詞はいいこと言ってるの、歌詞は」
「曲の英語を聞き取れるほど英語得意じゃないからなんて言ってるか教えて」
AIに聞くみたいな聞かれ方をした。
「端的に言ってラブソング。めっちゃ恋してる人の」
「……なるほど、ね。おーけー。いったん置いといて、明日からちょっと色々予定が入っちゃって、しばらく一緒に居れなくなっちゃった」
………え。
「私もさみしいよー凪沙ー!」
そう言って、私に抱きついてくる陽華。陽華もさみしいんだ、私もちょっとの間ぐらい我慢しよう。
と、思っていた時期が私にもありました。
陽華が私を抱きしめたとき、陽華の腕の中でタイトに抱きしめられていたときは、なんくるないさーと思ったが、こんなに長引くなんて聞いてない。
ご飯はゆずがいるけれど、帰りも週末も一人だ。少し前までは習慣化できていた勉強も最近はまったくしようという気になれないせいで、惰性に惰性を重ねた生活が板についてきた。しかし、どこまでも積み重ねられない惰性はバッテリー切れによって崩れるところまでがワンセット。
おかげで、あの日のことを思い返すことも増えて、胃がきりきりする。いつかは立ち向かわねばならぬ問題だが、今はちょっと……。もう少しぬるま湯に浸かっていたい。
置時計に目をやり、時間を確認すると夏なら朝日が昇っていてもおかしくない時間になっていたことに気が付いた。
よかった、真冬で。寝ましょうかね……。




