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『隠れ里』への逃亡記録:――生存
風が、違う。
残り香と血の気が混じる微細な風を、黒き巨体が嗅ぎ取った。鼻腔の奥が熱を帯びる。人間の匂い。それも、五つ。
地を這うような気配が、静かに近づいてきた。
〈報せ〉だ。小型の使い魔──あるいは“徒”か。
無言のまま、そやつは黒き地龍の前に膝を折り、頭を垂れた。
どうやら、逃げられたらしい。
「……五つの命、動いたか」
地を震わせる低声が、地中深くにまで響いた。
人間どもは、その場から逃走した。
しかも、二手に分かれて。
分断。撹乱。時間稼ぎ。
それなりに知恵の回る連中だと見た。
だが愚かだ。
この地は、我の領域。
二手に分かれようと、千に分かれようと、逃げ場などあるまい。
――誰が“獲物”かは、我が決める。
黒い地龍の瞳が、ゆるやかに揺らめいた。
狩りの幕が、再び上がる。




